薬師BCE 04
新しい生活を始めて五年は経った。やはり町で暮らすのはイーフィネイアには少々難易度が高い。どこに行っても、女は髪が長くあるべき、という文化なり風習なりがあるからだ。男性でも髪の長い者はいる。長くても問題はないが、短いのはまずいのだ。髪が短いのは罪人や奴隷の証。
ということで肩までしか髪のないイーフィネイアは相変わらず町はずれに住んでいた。単に伸ばせばいいだけの話なのだろうが、手入れが面倒ですぐに切ってしまう。
町へは月に数度ポーションや薬草茶を卸しに行く。かもじとヘッドドレスをつけてさえいれば髪の長さは分からない。女は髪が長くあるべき。そう唱えておきながら、こんなものに騙される彼らは滑稽だ。結局大切なことは外見を取り繕うことであり、髪の長さではないのだ。常に自然体で居たいならばやはり町には住めない。
森が焼けて以降、上辺だけを大切にする人間としか触れ合わないので、毎日が酷く退屈だった。単身魔物狩りに行ってみても、どこか味気なさを感じる。それにしても魔物は随分少なくなった。収穫が野うさぎ数匹のこともしばしばある。毛皮を剥いでなめし、肉は燻製に。達成感が少ないだけで、すべきことは変わらない。女一人の狩りの獲物は、これくらいがちょうどいいのかもしれない。
今日は町に出ていた。警備組織の本部に用事があるのだ。警備組織といってもお堅い場所ではない。魔物の襲撃に備えた講習の受講や、定期的な魔物討伐への参加が可能な新しい組織。人々が日頃から討伐に参加することで、いざという時怯えず対処できるようになる狙いがあるらしい。また町の住人の交流の場も兼ねている。酒屋ではないので飲食物は持ち込みだが、常ににぎわっている印象が強い。今日も今日とて男たちが大声で何かを話している。あまりの声量にイーフィネイアは顔をしかめたが、聞こえてきた会話は実に興味深かった。
―― とてもこの世のものとは思えないほど、美しいという花園があるというのだ。
「そりゃ比喩だな。女たちがキノコの群生地見つけて宝の山だって言うのと同じだろ」
「だがよ、花園だとよ」
死にかけの人間が視た幻覚だと誰かが言うと、別の誰かが賛同して自分の憶測を述べる。死の間際に美しい花園といい女の夢が見れたならばもう何もいらないな。酒も忘れるんじゃねえぞ。その他諸々。
イーフィネイアは花園の話を始めた男に近づいた。
「いまの話、詳しく聞かせて貰える?」
「……あんた、見ない顔だな」
「町はずれに住んでるの。腕のいい薬師の話を聞いたことは?」
聞きなれない単語だったか、クスシ、と呟いた男は顔色を変えた。心当たりはあるらしい。薬師そのものに対してか、彼女に不敬な態度を取ることによりポーションが手に入らなくなることの恐怖か。しかしイーフィネイアが今日ここへ来たのは、ポーションを直接買い取りたいとの要請があったからだ。警備組織にも一定の備蓄があるのだろうが、確かに薬屋を経由するよりか安くつく。要は商談というわけだ。
約束に遅れるわけにはいかないので、男から細かく話を聞くことはしなかった。二、三の質問に男は実に詳しく答えた。おかげで情報をそれなりに得ることができている。大切な商談の間も頭から離れなかった。
噂の花園は南東の国にあるのだという。
南東の国、レナグド。国力はそれなりで、取り立てて特別な産出品はなかったように思う。術士を受け入れているが、ユノスにもウェリデナにも付くことはない。それだけの実力がある。一つ国を挟んだその国へ行くには、険しい山を越える必要がある。とはいえ遠回りすれば楽に行けるはずだ。
不安要素があるとすれば、酒場での噂話は決定打に欠けるということだろうか。せめて不思議な動植物が生息しているとか、美しい少女がいるとか、そういう情報も揃っていれば良かったのに。それでも現実離れした花園にクレメンシェトラの影を見たイーフィネイアは、長旅をする決意を固めた。
あの森、かつてクレメンシェトラが暮らしていた森も美しかった。この世界にあんなにも美しい森は二つとないだろう、本当にそれが言い過ぎでないほどには美しかったのだ。
イーフィネイアの旅支度は簡素なため、大して時間を必要としない。飛んで行けたらどれだけいいか。はやる気持ちに反して旅路は長い。女の一人旅が過酷であることは重々承知していたし、それだけの度胸がある彼女は、聞き込みをしながらふた月かけて、山あいにある町へとやって来た。
町の様子はおかしかった。不作でも流行り病に侵されているわけでもないのに、空気が荒んでいる。人々が互いに威圧し合っているような気さえする。
窓辺に、玄関前に、店先に、並べられた鉢植えに咲く白い花が不気味だった。
「旅人かい。あんたもあの噂を聞きつけて来たのか」
宿を取ろうとすると、そんなことを言われる。
「あの噂? 花園が綺麗なんでしたっけ。その割に旅人はあまりいませんよね」
「とぼけてんじゃないよ」
金を渡すと札を投げつけられる。この札に描かれた番号が、ベッドに付けられた番号に対応しているのだ。貴族ではあるまいし一人一部屋などという贅沢はできない。
部屋にあがって荷物を広げる。他に宿泊客もいないようなので大きな鞄はベッドの下に置いて、ひとまず町を見て回ることに決めた。手始めに宿の前の大通りを、来た方面とは逆に歩く。
「これは凄い……」
町中のありとあらゆるところで白い花は育てられているらしい。しゃがんで鉢の中の花を観察した。
白く美しい大輪の花。ガーベラのようだが、太い茎は途中で別れていくつもの花が咲いている。それになんだか甘い香りが漂ってくるような気さえする。花の自然な香りとはまた異なる、酔わせるような香に、イーフィネイアは思わず顔をそむけた。
「うちのは一等綺麗だろ?」
「え? ええ、はい。とても美しいですね」
上の窓が開いて、家の主に声を掛けられる。
「皆さんこの花がお好きなんですね」
「なんだ、旅人か?」
「はい、大層美しい花園の話を聞いて。一目でも見ることができたらと思って来ました」
「……花の種が欲しけりゃ、そこに行けば貰える。ここからは早く出た方がいいぞ。理由は言えんがな」
男はそれだけ言って、窓を閉めてしまった。
だがいい話が聞けた。花園では花の種を配っているのか。元々クレメンシェトラがそこの主ではないかと考え、やって来たのだ。実際に行ってみるのがいいだろう。さっきの人に花園の場所を聞いておけばよかったと、少し後悔する。
路地を覗きながら歩いていると、少し行ったところに広場が見えた。子供が遊んでいる。大人には聞きづらいので丁度良い。植木鉢によって幅が狭くなった路地を歩く。やけに過剰に他人に反応するな、と思いながらも、遊ぶのをやめた子供たちに近づいた。
「あの、花園はどこから行くのか教えてもらっても?」
「お姉さん、よその人? やめとけば?」
「少しだけ見て帰るつもりなの」
「……南にある丘の上。出し抜こうとしたって無駄だよ。みんな狙ってんだからさ」
何を、とは聞かなかった。お礼の言葉だけを残して引き返す。あの花園には帰りに寄ればいい。彼らは何かに怯えて余所者を監視している。今日は大人しくしているべきだ。早く出て行くよう忠告を受けたからには、三日後にはここを出よう。ひっそりと頭の中で計画を立てながら宿に向かう。どこからともなく視線が向けられるのを、服越しの肌でも十分感じ取ることができた。




