薬師を探索 04
しかし森を探すとはいえ、二人はその場で周囲を見渡しても赤い土しか、目に入らない場所にいた。どこに行けば森があるのか見当もつかない。
「俺の来た方はウェリデナだから、向かうなら北西以外のどこかだな」
「ユノスに近い森でもないような気がしますね。南なんてどうでしょう」
向きを変えて歩く。日はまだ高い。埃を含んだ風を吸い込み、ブランダンは少し咽せた。ヴォルトミネは平然としている。外見からし大方、砂埃に影響を受けない術でも使っているのだろう。便利なことだと思った。ウェリデナでの伝承では、魔術士はあまりに凶悪な存在として語られる。ヴォルトミネは本性を隠しているのか凶悪さの片鱗も見られない。
小石と砂を踏む音と、風が小石を吹き飛ばし砂を巻き上げる音だけがする。黙っているのもきまり悪いが、気を紛らわせるような何かがあるわけでもない。二人はまた話し始めた。
「ウェリデナの他にはどんな国があるんですか?」
「ユノスとかその属国じゃないのか」
「そういうことじゃないですよ……」
青年の厚い外套の上からでも、女ががっくりと細い肩を落としたのが分かる。大まかな年齢を知ってしまった以上、少女と分類するのは憚られたブランダンだ。
「ウェリデナには現在交流のある国はないんですか?」
「ないな」
即答である。ヴォルトミネは意外そうに青年を見上げた。
「結構閉鎖的なんですね」
「国内のことで手一杯なんだ。それに国外にいる奴らには言葉が通じないと言われて育った」
「……そういえば見事なほどに会話が成立してます」
ヴォルトミネは口に手を当てる。
「変ですね」
「何がだ」
「言葉が通じることが、です」
しかし青年の反応は薄かった。
「そういうものではないのか」
「ユノスの属国でも若干言葉のニュアンスや発音は異なりますよ。長年交流のない国の人と不自由なく意思の疎通ができるなんて」
青年は考え込む女を見下ろす。彼女は少しうつむいて考え込むと、勢い良く顔を上げた。
「やっぱり何かがおかしいです。ユノスとウェリデナがこれまで意図的に干渉しなかったことも、私たちの言葉が通じることも。作為的な何かを感じます」
「言語は偶然だろう。大昔は一つの国だった」
「それは確かに……そうかもしれませんけど」
かつて大陸一体を支配していたレーン帝国。やがて衰退し、分裂して消えていったが、未だ人々はその国の言葉を話す。帝国崩壊から長い月日が経ったために、地域によって差異はあれ、元は同じ言語なのだ。青年には取り立てて問題があるように思えない。
「……だがユノスとウェリデナがいつから断絶されたかは知らないな。帝国崩壊のほうが時系列上では古いはずだが、当時の資料は多く残っている」
「ですよね!」
やけに嬉しそうだ。ブランダンが訝しげに見やると、女は慌てたように弁明した。
「誰かと対等に話ができるっていいですよねっていうことです」
「対等か」
「あなたは私の発言を全面的に否定していないじゃないですか」
「なるほど。違わないな」
二人はひたすら野宿と移動を繰り返した。小動物を狩るのがうまくなった。雨が降れば水を溜めておくのを忘れなかった。
大地はあまりに不毛だった。地面を掘り返せば時折煉瓦に似た何かが出てくる。他にも布の切れ端や金属片などもあった。
「元々大きな町があったんでしょうか」
陶器のコップと思しきものを取り上げて、ヴォルトミネは呟く。残されている文明の痕跡は風化していて、既に人のぬくもりはない。ここで最後に人が生活していたのは、一年や二年前のことでないことは明らかだった。ここは放棄されて長い。
「建物のひとつやふたつ、残っていても良さそうだが」
瓦礫はかなり広範囲に広がっているので、何か不都合なことが起こって放棄されたにしては不自然だ。これほどの町をつくるのには、かなりの時間と労力を要する。町というのはいずれも一朝一夕にできあがるものではない。
二人は使えそうな道具が埋もれていないか探したが、徒労に終わった。昼間には狩りをし、寝ているあいだに罠をかけるのでは足りなくなっていたのだ。二人の熟練度の都合もあるだろうが、罠は上手く機能しないことがほとんどだった。狩りの成功率も十割ではない。持ってきていた食料はとっくに尽きていたため、二人は限界を感じ始めていた。
それでも歩き続けていくと、少しずつ植物が増えて荒野から草原になった。これ幸いと野草も食べるようになった。人間、満足のいく食事ができると心にも余裕ができる。二人はまたくだらない話をしながら歩くようになった。
「術というのは何でもできるのか」
「何でもは無理です。無から有は生み出せませんからね」
それでもここ数十年で目覚ましい発達を遂げていますよと付け加えた女は、特に嬉しそうでも誇らし気でもない。祖国の発展など興味もないというふうだった。
青年はこの女が自分の母と同じかそれより年下だと結論づけたが、よく考えてみればそれはおかしい。ヴォルトミネは髪の色のせいで老けて見えるが、実際その顔は十六、七で、どう頑張っても三十年生きているようには到底見えない。しかも実年齢はそれ以上なのだ。どうしてあのときすぐに変だと気が付かなかったのか。
恐らくは妙な雰囲気のせいだ、と青年は考える。ヴォルトミネはやけに哀愁を漂わせたり、物憂げな表情をすることがある。外見と雰囲気がちぐはぐで、どうも雰囲気に引きずられるのだ。艶のない髪としゃんと伸びた背筋は、教育係だった夫人を思い出させる。後ろから見ればなおさらだ。ヴォルトミネの後姿は年老いた貴族の女でしかない。
「……人の生き血でも啜っていたのか」
「なにかのおとぎ話ですか?」
「三十年前にいなくなったのならば、既に死んでいてもおかしくない。が、探そうと思ったということは生きているという確信があるんだよな?」
青年の始めの発言の意図を理解したヴォルトミネは、思わずといったように吹き出した。
「生き血なんて飲みません。そういう実験もあったみたいですけど、結構な割合で嘔吐していたはずですよ」
そんな実験をするユノスに寒気がする。青年は寒くもないのに鳥肌が立った腕を押さえた。
「魔術士というからには何でもありなんだと思っていたんだが、やっぱり普通ではないんだな……」
「ユノスの実験場では普通でしたよ」
普通の定義は時代と場所によって異なる。共同体内では当然の習慣も、一歩外へ出ると異常になり得るのだ。
「ウェリデナの普通はどんなですか?」
「普通の説明は難しいな……」
異常と対して初めて普通が見えてくる。
「術士は排除すること、だが殺人は禁止で刑罰の対象になる。術士は人間ではなく魔物と同列だから、殺しても人を殺めたことにはならない」
「それなら殺人の偽装がいくらでもできそうですね」
「一応捜査はなされる。術士である証拠が見つかれば、家族も術士を匿っていた罪で処罰される」
「なるほど、そうやって団結するんですね」
ヴォルトミネは感嘆した。特定の敵をつくることで、大人数を簡単に纏め上げることを可能にする。もちろんリーダーにはある程度のカリスマが必要になるが、難易度が大幅に下がることには間違いない。人間は自分と違う何かを排除する傾向にあるからだ。とても効率的で、そして部外者から見れば非人道的であるとも言えるだろう。
「他にはないんですか?」
「要は日常生活について話せばいいんだろう? ……俺は学校に通ってみたかったな」
「学校」
民衆の識字率を上げるために、農漁村では閑散期、ある程度大きな町では夕方の数時間に文字の読み書きを教える場のことだ。これにより情報の伝達に正確性が増した。噂話より書面の方が情報が確かなことに間違いないからだ。
「だが貴族や王族には家庭教師が付くから、学校には行かないんだよな」
「でも庶民より多くのことが学べますよね?」
「家庭教師と二人で授業ってのは、ちょっと堅苦しいんだよ」
「……でもいいですよね。機密の漏洩を防ぐために、私には文字が教えられていないんです」
「は」
まるで研究施設で育ったかのような言い方だ。薬師を探す上では関係ないために話さなかったのだろうが、女の妙に秘密主義なところは青年の気に食わなかった。
「字なら教えてやれる……とはいえこの地面じゃあ、何か書くのは厳しいな」
地面には草が根を伸ばしてすっかり覆ってしまっている。数日前までいた荒野ならば、字を書くことは容易かっただろう。青年は暫し考えたが、良い案は浮かばなかった。
「まあそのうちにでも」
「期待してますよ」
文盲の魔女は美しい笑みを浮かべた。




