薬師を探索 03
「名前と職業から探すのか」
「無謀ですよね。だからやめようと思ってました」
広大な大地のどこかにいる、生死の分からぬ女性を探すのは確かにとてつもなく無謀だ。手がかりがあまりにも少なすぎる。少女がやめようとしたのは懸命な判断と言えるだろう。
「でも俺たちの時間は有り余っているから、やってみよう」
肯定的な意見にヴォルトミネは目を瞬かせたのち、美しい笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
青年は暫し彼女に見惚れたが、その後の発言には苦い顔をする。
「私もユノスとウェリデナの国交のために、出来る限り協力したいと思います」
「いや……ユノスのことは考え直す」
「そうですか」
「あまり闇の深そうな国はどうにもな」
青年の答えに、少女はどこか安心したような表情を見せた。
「とりあえずどちらに向かいますか?」
「その薬師はユノスを既に出ているだろうか」
「国は彼女のことを長年探しているようですから、きっと国外に出ていると思います」
「……ウェリデナでは術士は生きづらいから、まさか来ているなんてことはないだろうな」
ブランダンは逃亡する人間が行きそうな場所を考えた。木の葉を隠すなら森の中。あるいは灯台下暗し。知恵の回る相手ならきっと、暗い過去も何もかも知らない顔をして町で平然と暮らしている。
「探してるんなら外見くらい情報が出てていても良さそうだが」
「極秘事項なんです。私に情報が漏れたのは想定外だったみたいで」
青年はどこか違和感を覚えた。はっきりと形作られる前に消えてしまったが、何かがどうにも引っ掛かる。
「その人は、お前の前任者だったんだよな?」
「そうなります。それから私はヴォルトミネです」
「すまない……ヴォルトミネ」
「なんでしょう」
ユノスが未だクレメンシェトラという女性を探しているのならば、ヴォルトミネはあくまで代わりでしかないのだ。あるいは機密事項を知っているから何としてでも処分する必要があるとか。しかし見知らぬ女にこの国では生き物を殺して実験をしていると言われても誰が信用するだろう。属国に流されればまずい情報だとしても、研究者が被験体と研究結果を共有するのだろうか。実験をしないブランダンにはなんとも想像がつかない。
果たしてどんな実験なのだろうか。ヴォルトミネが仔細を語ろうとしないのは、その結果がどのように活用されているのか知らないからか、口にするのもおぞましいようなことが行われているからか。
「……とりあえずは、人が入らなさそうな、深い森なんかを目指すのが良いと思う」
「確かに森を捜索するのは大変ですね。木をすべて切り倒すわけにもいきませんからユノスも後回しにしていそうです」
青年の胸の内に引っ掛かった違和感は、そう簡単には取れそうになかった。そんな青年を見ながら少女は馬を撫でる。近距離で二人が戦闘を始めても大人しく待っていた馬だ。図太いのか賢いのか。
「国に返したらどうです?」
「なぜだ? 足は大切だろう」
「長旅に馬は向きませんよ。餌の確保に苦労します」
「そうなのか」
確かに治安維持組織の遠征では、毎日夕方には補給基地に着くようにペース配分がなされていた。あくまでも第四皇子という身分に生まれたブランダンは、馬の世話をしたことがない。ブラッシング程度のもので、餌の管理や馬小屋の清掃は担当の者が行っていた。
確かに人間と同じで馬も動けば腹が減るだろう。青年は一日で町まで移動できるとも限らないことを念頭に置かなかった自分に呆れた。
「最低限しか持てませんから荷物は絞りましょうか。飲食物はありますか?」
「それならここに」
鞍から荷物を外して降ろす。ヴォルトミネの指示を受けて必要なものとそうでないものに分けた。
「天幕は重いので持ってきませんでしたけど、あると便利ですよね」
確かに天幕はそれなりの重量がある。考えたのち、予備の外套を羽織って天幕は諦めた。
「主を乗せていない馬が戻ってきたら騒ぎになるかもしれないな」
呟いて、思い直す。あの国に青年は自分の居場所を見いだせなかった。自分は必要とされていない。誰が心配するというのだろう。
「じゃあ、その時は私と新しい国を造りましょうよ」
「本気か?」
「はい。術士も、そうでない人も対等に扱われる国を」
差別のない国など夢物語にも等しいように思われた。かつてウェリデナが術士を排除したように、きっと歴史は繰り返す。術士は再び蔑まれ、畏怖され、排除される。
叶わないと考えれば空しくなるだけだ。夢は夢のままでいい。青年は努めて明るい顔を作った。
「最初のダンスは私と踊ってくださいね」
「ファースト・ダンスを貴女と?」
「そういうことではありません!」
むきになる少女の顔に、つくりものの顔が壊れる。思わず笑ってしまった。ファースト・ダンス、新郎と新婦のダンスを、自分もいつか誰かと踊るのだろうか。そんな未来は少しも想像がつかない。
ヴォルトミネは妙に真面目腐った表情になって呟いた。
「もし私たちが国を造ればあなたは正真正銘の魔王なので、私は魔女になってもいいかなと思ったんです……魔王と魔女のダンスですよ?」
「それは確かに上等だ」
二人して笑う。魔王と魔女は世界を震撼させるだろう。なにせ魔王だ。伝説の再来だ。誰も二人に逆らえない。
「でも私、踊れないんですよね。社交界は存在しか知らなくって」
「女性は基本のステップが分かれば簡単だ。リードの腕が良ければな」
「一曲目は魔王と魔女に相応しい曲を流しましょうね」
「もちろん」
ブランダンは馬の背を叩く。ウェリデナのほうに走り出した馬は、無事に治安維持組織の馬小屋まで辿り着くだろうか。何か手紙でも荷物に入れておけば良かったと考えるが、筆記具は持っていないし馬も行ってしまった。せめて血でも付けておくべきだったか。役に立たない第四皇子は出先で死んで死体も残らなかった。なんて馬鹿なのだろうかと笑い者になって仕舞いだ。
「そういえば、なぜ薬師の女性を探すのかを、聞いていなかった気がする」
「言いませんでしたっけ」
「聞いていない」
ヴォルトミネは少し考えた。彼女はユノスから逃げ切れるとは思っていない。巻き込まれたブランダンが無事でいるには、知らせることは最小限に留めるべきだ。
「その人がいなかったら始まらなかった実験なんです」
しかし情報があまりに小出しなので、ブランダンは整理をするのに苦労した。彼女に漏れた情報がどれくらいのものなのかは聞いていない。名前と、職業。それだけのはずがない。彼女が人を探しに国を脱走する理由には欠ける気がする。
「本当はもっと知っているだろう」
「そうですね」
「例えば?」
「何だと思いますか?」
質問に質問で返した挙句にくすくすと笑う少女の顔には、若い娘特有のあどけなさは見られない。踏んできた場数が違う。青年は、初めに違和感が浮かんだのはいつだったか思い出す。服装や髪だけでなく、発言もどこかおかしかった。
「お前は何歳なんだ」
「女性に年齢を尋ねるなんて、紳士のすることではないですよ」
「下衣が短いのは若い世代には普通のこと、だったか」
自分のことを若い世代と呼ぶだろうか。まるで自分は年寄りのような言い方だ。理由にもやけに詳しい。普通のことならば、そうなった理由をわざわざ知ることはないだろう。まるで以前の時代を経験していたかのような言い方だった。
「そこにお前は含まれていないだろう、ヴォルトミネ」
ヴォルトミネは観念したように手を挙げた。この手の人間は一筋縄では引かないし、仮に引いたとしてきっと機会を見計らっては聞いてくる。
「そうです、その通りです。でも年は教えませんよ」
具体的な年齢が分からなくとも、彼女はブランダンの母親より少し若いか同じくらいの年齢だということは分かってしまう。彼女は三十年前には既に生を受けていて、その頃の記憶があるのだから。
「薬師の、せめて身体的特徴は教えろ。知っているんだろう」
「銀髪で変わった色の瞳をしていました。オレンジと紫で、まるで朝焼けのような」
青年の中ですべてが繋がった。髪を結ったり帽子を被ったりすることが禁じられたのは、恐らく薬師が消えたあとだ。珍しい髪と瞳を隠させないために。同じ理由で足にも何か身体的特徴があるのだろう。
「やはり探すとしたら森の中だな。町では目立つだろう」
初めから外見だけでも説明しておくのだったと思っても、後悔先に立たず。ヴォルトミネはひっそりと溜息をつき、薬師探索のための新たな一歩を踏み出した。




