薬師を探索 02
青年と少女は荒野に佇んでいた。これからのことを話し合うのだ。男は少女のほうをひっそりと窺って溜息をついた。
「……目のやり場に困る。これを羽織らないか」
青年は外套を脱いで差し出した。ウェリデナでは一般に、性別年齢を問わず人前に足を晒すことをすることは、下品であるとされている。遊女でさえつま先が見えるか見えないかくらいのスカートを穿くのが普通だ。
対して隣にいる彼女は膝までむき出しなのである。初めはその存在の異質さに、全く意識していなかったが、いざひと段落してみればどうしようもなく気になる。少女はあっけに取られた顔で外套を受け取り、理由に思い当たると納得した。
「え、ああ……確かにこれは普通ではない長さかもしれませんね」
「向こうでも長いのが主流だったのか」
「はい。でも暗殺の際に衣服の下に刃物を仕込むのが主流だったとかで、武器を隠しやすい長さの衣服は禁止されてしまったんですよ」
今度は青年があっけにとられる番だった。それはなかなかに凄まじい話である。長く根付いた風習を変えることは、一筋縄ではいかない。よほど暗殺が横行して、大人数が命の危機に晒されたのだろう。
「幸いにも温暖な土地なので、軽装でも過ごしやすいんです。動きやすいので私はこっちのほうが好きですね」
少女は青年を見上げながらにこやかに説明する。青年は少女の顔から白い足へと、視線を滑らせた。彼の道徳観ではすべやかな白い足に嫌悪感を持つべきなのに、ある種の背徳感さえ覚えてしまう。
「髪も、結っていれば毒針なんかを仕込むことができますから禁止されたそうです。同じ理由で帽子も。かれこれ三十年とか、もっと前の話なので若い世代には普通のことですね。邪魔なので短く切る人も多いですよ」
「そうか……それから、なぜ敬語?」
「旅人というのは気さくに他の人と話すらしいじゃないですか。あんまり口調が堅いと怪しまれるかと思ったんです。素はこれです」
視線を戻す。彼女の旅は今さっきここで終わってしまったということだろうか? 新しい生活をここで始めるということだろうか?
違うのは分かっている。彼女は自分がただの旅人でないことが知れてしまったから、そういう風に言ったのだ。しかし旅人は皆等しく旅人だ。ただの旅人も只者でない旅人も存在しない。
「旅はまだ続いているだろう」
そして不敵な笑みを浮かべる。
「俺は術士を嫌厭する時代は終わったと思っている。お前と話してそう思った。ユノスについて知りたいし、状況が整えば国交を持ちたい」
青年は承認欲求を満たすために何でもやった。学業に励み剣技を磨いた。しかし青年には三人も兄がいた。政治にも軍にも教育にも、何一つ携わることを求められなかった。臣籍降下を願い出るだけでは足りず、皇子として生まれてきた過去すら捨てることを渇望していた。そして旅が始まったのだ。
今ここで早速希望が見えた。もし他国と国交を結べば、青年が外交を任されるかもしれない。そんな期待があった。魔王の国が侵略してくる危険性はないと分かった以上は気楽なものだ。
少女も思うところがあるようで深く頷く。
「実は私、逃げ出してきたので架け橋にはなれないと思いますが、協力しますよ」
「逃げてきた? 何から」
「国家そのものです」
それはあまりに物騒だ。
「それはまた、なぜに」
少女は考え込む素振りを見せた。言葉を選んでいるらしい。
「……知りたいことがあったんですよね。諦めたんですけど」
「諦めたのか」
「そうです」
少女が口ではそう言いつつ未だ諦めきれていないことに、青年は気が付く。意志の強そうな瞳に諦めの色は宿っていなかった。
「それから私の体ってちょっと特殊らしくて、それで研究に協力させられていました」
協力は強制されるものではない。正しくは実験台にされていたとか、従事させられていたとかではなかろうか。
「私一人で数人分の戦力になるらしいんですよ。一体何と戦うつもりなんでしょうね。それで嫌になって逃げてきました」
やはり魔術士と呼ばれただけある。青年にはその国の人間が何を考えているのかさっぱり分からない。
「反乱の抑止力にでもするつもりだったんじゃないのか」
「逆らえば殺すんですか」
「……それは」
民をむやみに殺めることはしたくない。軋轢を生む行為だ。国の調和を乱す行為だ。自分の本意ではない。しかし王族は個人の感情で動くことを許されなかった。
兄の言葉が甦る。お前は優しいんだな。しかし不穏分子は徹底的に取り除かなくては。お前も正しい判断ができるように、治安維持組織に入るといい。
正しさとは何のことなのか。青年には分からない。
「研究では、生き物を殺めていたということか」
耐え切れなくなり話を逸らす。少女は俯いた。
「そう。色々な方法で生き物を殺すんです。さすがに人間ではやらなかったけれど、あのままではいつかそうすることになっても不思議ではなかった」
青年はユノスと国交を持てたらと思ったことを後悔した。なかなか危ない集団ではないか。少女の方はといえば何も気にしていない素振りで、小石を蹴って遊んでいる。少女が蹴るたびに小石が音を立てて跳ねた。
「そういえばお互い名乗っていませんでしたよね」
少女は佇まいを正して青年に向き直った。
「私はヴォルトミネです。あなたは?」
「ブランダンという。よろしく」
魔女と魔王は握手を交わした。
「そういえば知りたいことというのは?」
「その話はもう終わったと思っていました。いいんですよ別に」
「いや、三人寄ればなんとかの知恵と言うだろう。一人足りなくてもうまくやれるんじゃないかと思ったんだ」
青年は魔王の治めていた国に行くことを諦めつつある。少女も新しい生活を諦めつつある。
少女は青年の意図を解した。旅はまだ終わっていない。むしろこれからが本番だ。青年のオリーブ色の瞳を見つめて、初めに抱いていたユノス脱走の目的を口にする。
「薬師を探したいんです」
「薬師?」
「その人は自分のことを薬師だと言ったらしいです」
青年は首をひねった。ウェリデナでは医師になり、薬を処方できるのは聖職者のみだ。他人に勝手に薬を販売すれば厳重に処罰される。かつてはそういう職業があったのだろうか。
「ユノスでは薬師は一般的な存在なのか」
「いえ、得手不得手あれど術士は治癒魔法が使えますし、ユノスは術士の人口が多いですから薬は必要ないはずです。彼女自身術を扱えたとも聞いています」
その答えに軽く目を見開く。術で治癒ができるだなんて、夢のようだ。あらゆる病もあっと言う間に完治し、皆が健康で幸せに暮らせることだろう。
そんな中に薬師とは確かに不可解な存在だ。時代にそぐわない、必要とされていない技術を継承していたというのか。
「他国との国交は」
「ありましたよ。ほぼユノスの属国でしたが」
「そこには術士があまりいなかった、とか」
少女は首を振る。
「他国へは行ったことがないので分かりませんが、私たちの暮らしが術に密接していたことは確かです」
術があれば薬はいらない。薬がいらないから薬師も必要ない。必要とされていないのにわざわざ薬師と名乗るのだ。そこに込められた意図は掴みようがなかった。そもそも少女自身人伝に聞いたことであり、真相は闇の中である。
「薬師が何なのか、その人がどこから来たのか、どうしていなくなったのか。教えてくれた人たちも知らないようでした」
「で、その薬師というのは」
青年は続きを促す。少女は風になびく髪を押さえて告げた。
「私の前に実験に協力していた、クレメンシェトラという女性です」




