薬師を探索 05
二人は旅を続けたが、森はなかなか見つからなかった。それどころか他の人に出くわすこともなかった。変わりない生活に習慣が出来つつある。今日もお互いに疑問をぶつけて答えることを繰り返していた。
「ユノスはなぜ荒野に手を付けなかった?」
「植物が育たないからじゃないですか?」
人が不毛な土地で生きることは困難を極める。だが青年にはそれだけが理由には思えなかった。かつて人がいたという確かな痕跡がある。彼らはなぜいなくなったのだろうか。なぜ戻ってこなかったのだろうか。ヴォルトミネは少し真面目に考えた。
「魔王と魔王が争った名残、とか」
「なるほど、あり得る」
「私たちが手合わせしても、こんなにはなりませんでしたね」
「名の通った魔女と魔王の子孫なのにな」
ヴォルトミネは初日の戦いを手合わせと呼ぶ。実際の戦闘はもっと苛烈で気が抜けず、話をしている暇などないからだ。青年は平和ボケしているので、あれで手合わせかと苦笑いするのは間違いない。
ところでブランダンは自分の答えに内心疑問を抱いた。
「研究施設から出たことがないのに有名とはどういうことだ?」
「出たことない話、しましたっけ? 有名になれば国内に行き場がなくなるので、逃げられないとでも高を括っていたんでしょうね。薬師のようにはさせないつもりだったのでしょう。施設の外に出ると、とても注目されたので慌てました」
「するとこれはあれだな。ざまあみろ」
「ざまあみろ?」
王族としては褒められた言葉遣いではないが、ブランダンはスラングを多く知っている。彼は一国民でありたかった。血筋がそうはさせなかっただけだ。意味を深く考えたことがなかったので、説明するには少しの時間を要した。
「失敗した悲惨な様子を笑うんだ。お前の思い通りにはならなかったぞ、ってな」
「言い得て妙ですね」
くすくすと女が笑うので、青年も笑った。二人はもう何のしがらみにも囚われない。自由を謳歌している。
旅路には少しずつ木々が増えていた。そして二人は森を発見する。中に入らないという選択肢はない。草をかき分け、垂れ下がる蔦を払って進んだ。頭上から鳥の声が響き、木々が思い思いに茂った普通の森だ。小さいが川が流れ、木の実や野草もふんだんに採れた。体を清めたり存分に飲み食いしたりしながら森を探索したが、人影や住居を見つけることはできなかった。
「森は広いですからね」
「そうだな」
ついでに二人は迷子になっていた。道のない深い森であるから致し方ない。二人は薬師を見つけるまで諦めるつもりはなかった。森の中を十数日さまよい、二人が再び陽の光を存分に浴びたのは、とある昼下がりだった。
「ここ、入ってきたところからはどれくらい離れているんでしょうね?」
「さあな」
森の中でたった一人の人間を探すというのは、想像以上に無謀だった。森の中は食べるものには困らないが、虫がいるし足場も良くないところが多い。おまけに高い木々で空が遮られていて太陽を見ることができなかった。太陽が見えないと方角も分からない。同じところを何度か回った気もする。もう一度入りたいとは思わなかった。
青年は隣を歩く女に聞いた。
「この森、どれくらい探索できたと思う?」
「一割もできていたら上出来じゃないですか?」
二人の衣服は無理な長旅でかなり劣化していた。穴が開いていたり染みができていたりするが、補修の道具もないのでそのままだ。ブランダンが術でどうにかできないのかと聞いたが、さすがに無理だとヴォルトミネは答えた。
ヴォルトミネの術が役に立ったのは、火を熾すときくらいである。そもそも針と糸があったところで、研究施設暮らしの長かったヴォルトミネは裁縫ができない。ブランダンも縫物は女の仕事だという認識だった。皮をなめすのも上手くないので、結局ずっと同じ服を着ている。
青年は、最悪森に定住するのも悪くないと思い始めていた。広く地図も道もない森の探索には辟易していたのである。彼は国を捨てたが、文明に触れていたかった。しかし自分からやってみようと言った手前、ここで投げ出すことは許し難かった。プライドが高いのである。それでも弱音の一つや二つは吐き出したくなるものだった。
「この調子で見つかるのか……」
「大丈夫ですよ。多分私、その時になったら分かると思うので」
「根拠は」
「女の勘です」
青年はがっくりと肩を落とす。女は胸を張る。
「意外と当たるんですよ。国を出られたのも勘のおかげだと思います」
「……期待はしないでおく」
二人はその後も森を見つけてはさまよい、出ては再び森を探した。人には不気味なほど会わなかった。
「俺たちがこうして旅をしているあいだに、人類が絶滅しているなんてことはないよな」
「あまりに人がいないので信じてしまいそうです」
やがて四つ目の森に入った。植生はこれまで通った森と特に変わりなく、二人は気の向く方に進んでいた。しかし今までと違ったことが一つある。途中、ヴォルトミネが小さな川の上流を凝視したのだった。
「ついに女の勘か?」
青年にとっては冷やかしのつもりだったが、女はやけに真剣な顔でそちらに行こうとする。さすがのブランダンも只事ではないことを理解した。
「どうした? 何があるんだ」
「すみません、後で必ず説明しますから急がせてください」
真剣に懇願されては引き下がるしかない。ブランダンは諦めてヴォルトミネに行かせることにした。
しかし何をもってその道を選ぶのかを聞きたくなるような道だった。森の中、そもそも道ですらないのだがヴォルトミネは迷いなく歩を進める。ブランダンは何度か濡れた石で滑りそうになったり、倒れた木に躓きそうになった。反面、ヴォルトミネは今までにない速度で、休むことなく川沿いに歩いて行く。青年同様、躓いたり引っ掛かったりしているが、全く気にならないらしかった。
そしておもむろに立ち止まると、身をひるがえして茂みに消えた。ブランダンも後を追った。




