(八)文化祭当日:わんこじゃない
午前も陽が高く昇るにつれ、いつの間にか校内は、一般客で溢れて賑やかさが増してきていた。
俺のクラスの『わんこ茶屋』も、なんだかんだで客足が途絶えず、順調に営業していた。おかげで予備人員扱いの俺も、休む間もなく手伝いに追われている。特にお椀の数が圧倒的に足りなくて、洗っては拭き洗っては拭きを繰り返している状態だ。
「わんこそばのつゆには、『ふつう』『あまめ』『からめ』『むぼう』の4種類がありますが?」
「じゃ、じゃあ、『むぼう』で」
「無謀の勇者様、お一人様ご案内でーす!」
「へーい、喜んで!」
「いらっしゃいませ、ですの!」
……何かがいろいろおかしいが、まあ、それは置いておこう。
◆
そんな目まぐるしかった午前があっという間に終わりを告げ、ハノンの昼休み休憩を迎えた。
「はあ……さすがに疲れましたですの」
教室の片隅に設置されているカーテンの引かれた着替え兼待機所で、ハノンは机に突っ伏した。机の上に飛び降りたハムスター精霊のロッキーが、ハノンの頬に優しく擦り寄っている。
「ハノンちゃん、ゆっくり休んでね〜。まだまだお客さん来るかもだから」
「はぁーい、ですの」
返事の声も、どこかぞんざいだ。
「おつかれ。立ちっ放しだったもんな。もうたくさん、って感じ?」
「そんなことはありませんの! みなさんに喜んでいただくために、わたくしはまだまだがんばりますですの!」
そう言って、キリッと顔を上げるハノン。そういうところは真面目なんだな。
「でもちょっとだけ、ダラ〜〜っとしてたいですの〜……」
消え入るように独り言を呟くと、再び、フニャフニャと机の上に伸びてしまう。大きな耳もペタンと垂れ下がり、疲労でクタクタといった様子だ。
ハムスター精霊のロッキーも、ハノンの周りをグルグルと駆け回って心配げだ。
この調子じゃ、昼飯どころじゃないかな?
とはいえ、休憩時間もそんなに長くはない。俺もあと20分か30分ほどで、お化け屋敷の方に行かなければならないし。
教室の時計を見ながら、思わず、『ミッションS』の事が気になってしまう。機密車両はもう通り過ぎただろうか? 『ピーワン』『ピーツー』に不審人物は現れていないだろうか?
双破の検知魔術が作動してないから、きっと問題はないだろうが……。
お化け屋敷の担当に行く前に、ユリルの店にも行きたいが、『ピーワン』『ピーツー』も見て回りたい。
店の手伝いに忙殺されていたが、解放された瞬間にそんな思いがグルグルと駆け巡り始めた。こんなことなら、無理にでも途中で見て回るべきだったかな?
「……そういえば、なんで『わんこ茶屋』なんでしょう……?」
気が急いてモヤモヤする俺とは裏腹に、ハノンがボヤ〜っとした声で独り言のように問いかけてくる。
「そりゃあ、『犬』と『わんこ』を掛けてるからだよ」
「犬とわんこ……? どうしてですの?」
「ハノンが犬型獣人だからだよ」
「はい?」
ハノンが眉をしかめながら、耳をピンと立てて顔をあげる。
「ナットはまたそんなことを……! わたくしに何か恨みでもあるんですの!?」
「へ?……俺、なんかヘンなこと言ったかな?」
もしかして、”獣人”って差別用語かなんかだっけ……?
「わたくし、猫型獣人ですの!」
「……えええええええええええええええええええええええええ!???」
と、とんでもない事実が発覚した!!! クラスのみんなは絶対、犬型だと思ってる!! 教授だって「犬耳の」って言ってたし!!! 小さくついてるお尻の尻尾だって、犬のモノっぽいじゃないか!!!!
「どこからどう見ても猫でしょう!? ホントにナットは酷い人ですの!」
ハノンは犬耳……もとい、猫耳をピーンと後ろに引き絞り、頬を膨らませると、再び机の上に突っ伏した。
「はあ〜〜〜〜っ、疲れが抜けませんの〜〜〜〜……暖かいヒナタでドロのように眠りたいですの〜〜〜〜〜」
……もしかして、それでいつも寝てばかりなのか……? 確かに、これまでのハノンの行動を思い返してみると、犬っていうより、どことなく猫っぽいような……。
……ハッ!?
────今日、店が繁盛しているのはハノンの招き猫効果なのか!?
「(……有り得なくもないな……)」
愕然とする俺の背後で、サッとカーテンが開く音がした。
「こんにちは。天使様のご機嫌はいかがかな?」
振り向くと、開いたカーテンの向こうで、双破タケルが颯爽とした笑顔を輝かせていた。
「やあ、双破。ご覧のとおりだよ」
「う〜〜〜、足が重いですの〜……わんこそばが絡みついているかのようですの〜……」
「ははは、かなりお疲れのご様子だね」
「お客さん、いっぱいでさ。休む暇もなかったからね」
「双破さんの方は、どうですの?」
「もちろん順調さ! 午後の準決勝と決勝を残すのみ、だよ」
キランと白い歯を輝かせて、双破が自信たっぷりに言い放つ。うーん、『ミッションS』のことなんて、これっぽっちも気にしてなさそうだ……。
「おーい、双破〜。教室の前の追っかけ、なんとかしてくんねーか?」
双破の向こうから、さも鬱陶しいといった様子の男子の声がする。見ると、教師の外は、戸口から窓まで、ぎっしりと女子生徒たちでうめつくされていた。
皆一様に、双破タケルにハートマークな視線を注いでいる。
「ははは、参ったな! ちょっと目立ちすぎたかもね」
双破のことだ、ちょっとどころじゃないだろう。
「そういえば双破」
「なんだい?」
「『ピーワン』と『ピーツー』の状況は確認した?」
俺の問いかけに、双破が呆れたように肩をすくめた。
「確認なんかするわけないさ」
……やっぱりな。
「はははっ、またまた、そんな顔して。相変わらず日向くんは心配症だね! でも心配ご無用さ。僕のかけた検知魔術は反応してないでしょ?」
「それはそうだけど、ちょっとは心配にならないか? 実は賊がもう現れてて、上手く精霊魔術をすり抜けたんじゃないかとか……」
「全然」
双破は、俺の言葉が愉快だといわんばかりに、満面の笑みを浮かべたまま首を横に振る。なんだかとても機嫌が良さそうだ。
「僕の精霊魔術は万全だし、万が一何か起こった後だったとしても、こっちに通信が入ってないとおかしいと思わないかい?」
そう言って、耳に引っ掛けているゼノリスの専用ヘッドセットを指し示した。
……あー、なるほど。
確かに、賊に機密車両が襲われるようなことがあれば、即座に滝宮隊長から連絡が入っていてもおかしくないな。
これには俺も納得せざるを得ない。さすが双破だ。
双破の考えを聞いて、心が少し軽くなった気がした。さすがに、俺一人で深く考えすぎてたかな……。
「それより、ユリルちゃんのお店に行く約束だよね?」
「行きますですの! それを楽しみにしてましたですの!」
双破の言葉に、ハノンが飛び起きる。そしてニコニコしながら俺の腕に絡みついてきた。
ハムスター精霊のロッキーも楽しげに「モキュッ」と鳴いて、ハノンの肩の上でクルリと回ってみせた。
「おっとっと……なんだよ急に元気になって」
「いい笑顔だね。その様子なら大丈夫そうだ」
「さあ、行きますですの!」
まあ時間が惜しい今の状況では、早め早めに行動するのが一番だ。ハノンの勢いに押されるようにして、俺たちは待機所の外へ出た。
クラスメートたちに「ちょっとご飯を食べてくる」と言い残して、教室の戸口へ向かう。ハノンに腕を取られているせいか、男たちの視線が痛いが……。
さらに教室を出た途端、女の子たちの「キャー」という歓声とスマホのシャッター音に迎えられた。やっぱりみんな、双破のおっかけらしい。
当の双破タケルはというと、まったく意に介す様子もなく、廊下を歩いて行く。
「おい、双破……」
声を潜めて双破に囁きかける。
「なんだい?」
「あれ……どうにかしなくてもいいのか? お前、完全放置じゃないか……」
「どうする必要もないさ。好きにさせておくのが一番だよ」
チラッと後ろを振り返ると、女子たちの一団が「後姿もカッコイイ」とか「歩き方がカッコイイ」とか「良い匂いがする」とか「どんな食事をするんだろう」とか言っている声が聞こえてくる。
「(……小学生みたいな子からお婆ちゃんまでいるけど……)」
どうやったらこれだけ幅広い女子たちの支持を集められるんだか……。
わがままなワンコじゃダメなのか? 従順なネコがいてもいい……いや、それはいいや。




