(八)文化祭当日:こんなところで
「よお、オマエら」
ゾロゾロと一団を引き連れて階段に差し掛かった時、下から上ってきた矢茨カズマと鉢合わせた。まだ海賊衣装のままだが、口ひげと眼帯は外しているようだ。
しかしこんなところで鉢合わせるなんて、どういう偶然だ?
しかもその後ろには……数人の女子の一団を引き連れているようにも見えるが、気のせいだろうか?
「カズマさん!」
ハノンは俺の腕から離れると、すぐさま矢茨に駆け寄った。
「ハノンちゃん、がんばってるか〜?」
「はいですの!」
今はもう、疲れた素振りは微塵もなく、ハノンは元気よく片手をあげてニコニコ顔で答えると、小さなしっぽをゆっくりと揺らした。その肩の上で、ハムスター精霊のロッキーが「キキキッ」と鳴き声をあげる。
矢茨はガシガシとやや乱暴な手つきで頭を撫で付けているが、ハノンは気にならないらしい。その光景に、矢茨の後ろを付いてきていた様子の女子たちが「キャー」「やだ、羨ましい〜」などと小さく歓声が上がる。
やはり、矢茨の追っかけのようだ……。
「矢茨も休憩時間?」
「ああ、そんなとこだ」
「お宝を奪い取られて廃業、の間違いじゃないかい?」
「バーカ。んなわけねーだろ。文化祭運営の仕事は山ほどあんだよ」
「ほほう? キミにしては珍しく、真面目に手伝ってるんだね」
「ああ、そーだよ。鬱陶しいが、無視でもしようもんなら、コト姉に絞め上げられるんでなー」
言いつつ、矢茨が自分の首を締めるフリをしながら、舌を出しておどけてみせる。随分とご機嫌な様子だ。
「ははは、ちょうど良いじゃないか! 是非にも締め上げてもらいなよ。なんなら僕から副会長さんに、その要望を伝えておこうか?」
「うっせー。チャラチャラ詐欺王子は黙ってろ」
「おやおや……そうやって尾ヒレを付け足していくの、やめてもらえないかな」
「ハハハッ! 事実真実現実だろーがよ!!」
「キミのせせこましい了見では、とても真実に辿り着けるとは思えないがね」
「はあ? なに言ってやがる。真実なんざその辺に寝転がってるもんだっつーの。それをわざわざ小難しく考えるヤツが詐欺師っつーんだよ!」
「浅はかすぎて哀れみの涙を禁じ得ないね!」
「うっせー、ペラペラはそっちだろーがよ」
いきなり、矢茨カズマが細身の剣を構えて腰を落とす。
「昨日の続き、この場でやってやんぜ?」
「良いだろう。いつでも決着をつけてやるとも!」
言うなり、双破タケルが腰のサーベルをスラリと抜き放った。
すると、周囲の女子たちからは悲鳴……ではなく、なぜか歓声が上がった。
「キャー! どっちもがんばってーー!!」
「あたしの海賊さん! 負けちゃイヤ!!」
「え、これもお芝居なの?」
まったく、こんなところで……。
俺としては変に目立ちたくないんだが、この二人と一緒だと、どうやらそういうわけにも行かないらしい。
唐突に、盾冬教授の言葉が思い出された。
「二つ、人目を引くような真似はしない────」
屋敷でお世話になることになったあの日に、教授から言われた三箇条のひとつだ。もう幾度と無く破られてしまったが……。今日もまた、俺には無理なようです、教授……。
「ヘヘッ! 剣術で対抗するってか? 上等だ!!」
「僕が無意味に剣を持つと思っているのかい?」
双破タケルが嘲笑う。矢茨カズマも一歩も引かない様子だ。
「おい、二人ともやめろよ」
「邪魔すんな、日向」
「キミも切られたいのかい?」
二人の間に割って入ろうとしたその時だった。正面から、パシャパシャとカメラのシャッター音と共に、まばゆいフラッシュが焚かれた。
「お?」
「やあ、ナツトの坊っちゃん。こんにちは、でやす」
小さなデジカメを構え、ニヤッと笑うナマズ顔。オカルトブログの記者、小倉さんだ。
小倉さんは無造作にデジカメをポケットに突っ込むと、双破の前にツカツカと歩み寄った。
「お初にお目にかかりやす。『双破宇宙開発プロジェクト』の御曹子、双破タケル坊っちゃんでございやすね?」
ハンチング帽を脱いで恭しく胸に添えると、腰を低くし、ニヤッとした愛想笑いを口元に浮かべて問いかけた。
双破は突然のことに、無言のまま少しムッとした表情を返した。
「ああ、いや失礼失礼。あっしはこういうものでして……っと、どこやったっけな〜?」
言いつつ、小倉さんはしわしわのトレンチコートのポケットをあちこちまさぐり始める。
「ちょっとお待ちくださいよ。たしか1枚2枚は持ち歩いてんでやすけどね〜……」
どこかのんびりした口調で上着の内ポケットやズボンのポケットを覗きこんでいく。見る人をイライラさせそうな仕草だ。
周囲の女子たちからは「なにこのオジサン?」「チョー汚れてる〜」「臭くない?」などというヒソヒソ声が上がっている。
この人も何気に目立っちゃってるな。なにもこんなところで、ズケズケと出てこなくても……。
矢茨がどやしつけて、騒ぎがさらに大きくなりはしないかな?
そう思って矢茨の方をチラッと伺ってみる。するとやはり、まるで射殺しそうな目つきで小倉さんを睨みつけていた。
「(……まずいな)」
と思ったその時、意外にも、矢茨が構えていた細身の剣をスッと下ろして鞘に収めた。
矢茨のことだからきっと「邪魔すんじゃねーオッサン! 八つ裂きの火炙りにされてーか!?」ぐらいのことを言い放つかと思ったが……。
「……ああ、あったあった。へへへっ……あっしはこういう者でやす。しがないアフィリエイトブログをやっておりましてね……」
地肌の見える薄い登頂をペタペタ叩きながら、小倉さんは双破にヨレヨレの名刺を差し出した。
双破は怪訝そうな表情を浮かべたまま、その名刺を片手で受け取った。
「ブログのフリーライターが僕に何か?」
「ええ、大したことじゃございやせん。ご高名はかねがねお伺いしてまして、ここでお会いしたのもご縁と思いやしてね。是非ともご挨拶を、と……げへへへ……」
下卑た笑みを浮かべながら、脱いだハンチング帽を手もみする小倉さん。どこからどう見ても媚を売ってるようにしか見えないな……。何か理由があるんだろう。
「今日は別件で、文化祭を楽しみに来ただけでやして。それが、たまったま、ねえ。こうして双破タケルさんにお目にかかれたものだから、どうぞお見知り置きを、と」
「ふぅ〜ん……いいけど。さてはキミかい? 最近、父上の会社に妙な電話をかけてきてるのは?」
「うぇへへ! めっそうもございやせん! そんな強引な取材は、あっしのモットーに反しやすんで」
ニタッとばかりにあからさまなごまかし笑いを浮かべてみせる小倉さんに、双破が口角を上げて薄く微笑み返す。しかし、その目は笑っていない。ものすごく冷たい視線だ。
双破はそうしてしばらく小倉さんを見据えたあと、懐からいかにも高そうな革製の白い財布を取り出した。そしてその中から名刺を一枚抜き取ると、優雅な手つきで小倉さんに差し出した。
「……これが僕の連絡先だ。すぐそこのマンションだから、用があるなら来てもいいよ。コーヒーぐらいなら、いつでもお出しするから」
「うぇ〜〜〜!! こりゃあマイッタ! ありがてえ話で!」
小倉さんは頭を水平に下げながら、両手で丁重に名刺を受け取ると、目をキラキラさせて双破を見上げた。
周囲で女子たちも「双破様のご住所?」「え、どこに住んでるって言ってた?」などと色めき立っている。
……いやあ、どういう理由かはわからないが、どうも小倉さんは何か双破の周囲を嗅ぎまわってるようだ。
「(変なことに首を突っ込んでなきゃいいけど……)」
矢茨の記事で、『混沌創』の事を書いてた小倉さんだ。少し不安にさせられる。
……双破も双破で、なんで名刺なんか持ち歩いてるんだ?
「チッ! オレ、腹減ってんだわ。もう行くわ」
ズボンのポケットに両手を突っ込んでいた矢茨が、さもつまらなさそうに言い捨てる。
……そういえば、双破と矢茨の決闘が始まりそうな雰囲気だったのに、いつの間にか収まったようだ。
「どーせならハノンちゃんとこで昼飯でも、と思ってたんだが……」
「わたくしも休憩時間ですの! 今からユリルさんのところに行くんですの!」
「真舟の? へぇ〜〜」
矢茨がニヤリとして俺と双破の顔を交互に見る。
「カズマさんも一緒に行きますですの!」
「おう、ハノンちゃんがそうおっしゃるならしゃーねえな。付き合ってやんよ」
「無理に来なくたって良いんだけど? 海賊が踏み込んで、店の雰囲気を台無しにされるのは御免こうむりたいね」
「うっせー、バーカ。さっさと案内しろよ、ボロ雑巾」
「おお、ナツト坊っちゃん。ユリルさんのところへ行くんでしたら、あっしもお供しやす」
大事そうに双破の名刺を仕舞った小倉さんが、ハンチング帽をかぶりながら近づいてくる。
……そういえば、小倉さんもユリルに誘われてたっけ。
双破と矢茨とハノンの顔色を伺ってみるが、どうやら特に気にしてなさそうだ。
しかしこのまま、この大人数を引き連れて行っていいものかどうか……それも気になってくる。
「ナット、早く行きますですの!」
こんなところで渋ってたって仕方ないか……。時すでに遅し、余計に目立つばかりかもしれない。
ニコニコ顔のハノンに肩をすくめてみせると、俺は上り階段へと足を向けた。
こりゃまたゾロゾロとw団体様になりましたね~




