(七)文化祭前夜:ミッションS
パンパンと手を叩きながら、副会長がホワイトボードの方へと近づいていく。
双破とハノンは、ホワイトボードのすぐ近くの席に並んで腰をかけようとしている。
矢茨は長机の上に腰掛けたままのようなので、俺はその対面の長机の方へ行って、パイプ椅子に腰を下ろすことにした。
副会長は長机の上に置かれたダンボールをゴソゴソ掻き回すと、何通かの茶封筒を取り出した。
「みんな、こういう手紙が生徒会宛に送られて来てるのって、知ってる?」
どうやら生徒会宛に届いている手紙らしい。
全員の顔を見回しながら、一通ずつ手渡して回る。俺も一通受け取ると、中の手紙を引っ張り出した。
「『サイアク は ひとつ の 喪失 を 意味 し
黒キ光 が 白き輝き を 覆い 尽くス 時
腐屍界 への 扉 ヨリ 13 の 亡霊 が 集い たもう
即刻 文化祭 ヲ 中止 セヨ』」
『チャンネル743』で書き込まれていた文章のひとつだ。やっぱり、本当に手紙の内容が書き込まれていたんだ……。
なんとなく分かっていたことだが、こうして現物を見ると、ゾワゾワとしたものが込み上げてくる。
「新聞雑誌の切り抜きで、脅迫文ですか。流行らないですね」
双破が「フン」と鼻でせせらわらう。その横で、ハノンは頭にはてなマークを浮かべながら手紙を縦に横にと回転させていた。
「んで、このつまんねーイタズラがどうしたってんだよ、コト姉」
手紙の中身を見ようともせず、矢茨が茶封筒をヒラヒラさせる。
副会長はホワイトボードに、黒ペンで地図のようなものを描いていた。どうやら埜之平高校の体育館裏と学生食堂裏に隣接する車道らしい。
車道を挟んだ反対側は、背丈の高い雑草が生え放題になっている資材置き場がある。突き当りは信号の無いT字路になっていて、右折すると住宅街へと続いている。
その車道の上に、赤ペンで右折する矢印をビーッと引くと、副会長がクルリと振り返った。
「明日の文化祭当日にね、この体育館裏の車道を国際魔術評議院の機密車両が通る予定なの」
赤い矢印を指し示しながら、副会長がみんなの顔を見渡している。
「だったらなんだっつーんだよ。もったいぶってねーで要件を言えっての」
矢茨カズマがさも鬱陶しそうに声をあげる。
「あ〜ら、その手紙とこの国際魔術評議院の機密車両とで、ピンと来ない? それと、昨日の連絡用SNSへのナットくんの書き込み。『チャンネル743』の固定IDで、この手紙と同じ内容を書き込みしてる人がいるって、報告があったでしょ?」
副会長の言葉に、双破も矢茨も黙ったまま素知らぬ表情をしている。ハノンは頭にはてなマークを浮かべたまま、小首を傾げているようだ。
さてはみんな、連絡用SNSを見てないな……。
みんなの顔を見回す副会長が、分かっていたとばかりに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ま、要するにね、その機密車両が通る時に、怪しい出来事が起こるかもしれないから、あたしたちゼノリス第二十六地区4班に対応よろしくってことね」
ニコニコ顔で赤ペンをポンと振る副会長に、双破がスッと手を上げた。
「はい、双破クン。何か質問?」
「国際魔術評議院の機密車両を狙う、怪しい人物もしくは集団がいるということは理解できます。となると、この手紙はつまり、その怪しい集団からの密告ということでよろしいですか?」
「ええ、まあそうなるわよね。隊長も、そういう見立てをしてるみたいよ」
「もうひとつ。ゼノリスの内部連絡網を使用せず、わざわざ口頭で指令が下るということは、国際魔術評議院内部にもその怪しい集団への内通者がいるということでしょうか?」
穏やかに問いかける双破の言葉に、「あっ」と思わずにはいられなかった。矢茨もジロリと双破を見やり、「へえ」と言葉を漏らした。
副会長の顔を見ると、腕組みをして「うんうん」と頷いていた。
そう言えば滝宮隊長も上からの通達がどうとか言ってたっけ。『ゼノリスが勘付いたと気取られぬように』だとかなんとか……。
「ピンポ〜ン、さすがは双破クンね。まさしくその通りよ」
ニッコリ笑うと、副会長は再びホワイトボードに図を描き始めた。
『国際魔術評議院』『怪集団G』『埜之平高校』の文字を丸で囲んで書き記す。『埜之平高校』の上には車のような絵を書いて、『機密車両』と書き込む。
そして『国際魔術評議院』から『怪集団G』に矢印を引っ張り、『スパイ、情報漏洩』と記す。さらに『怪集団G』から『埜之平高校』に矢印を引っ張り、『謎の手紙で密告?』と書き記した。
「まあ、こういうことね」
副会長の説明によると、以前から国際魔術評議院の機密車両に関して、『怪集団G』による襲撃事件が何度か起きているとの事だった。機密車両の搬送ルートや搬送品、搬送日時などはごく限られた内部だけの極秘情報であるから、本来、外部に漏らされることはないはずだ。
それが『怪集団G』に正確に把握されているということは、つまり……。
「つまり、国際魔術評議院の中に、スパイがいるってことね」
「スパイの存在に気づきつつも、なぜ、それを捕獲できていないんでしょう?」
「隊長が言うには、国際魔術評議院には幾つかの派閥があって、その派閥同士の争いに関連してるみたいなのよね。変に刺激すると、お互いのメンツの潰し合いから内部崩壊に繋がり兼ねないでしょ? だから内部調査もなかなか上手く行かないみたい」
「フンッ、図体だけデカくなりやがった組織にシロアリが入り込んで、無力化してるってこったな」
「上級精霊魔術師に昇格して、1班に配属されれば、そういう内部のドロドロした状況に嫌でも頭を突っ込まなくちゃいけなくなるのよ。心しなさい」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、副会長が双破と矢茨の顔を交互に見た。矢茨が「くだらねー」と舌打ちしたのに対して、双破は口元に薄く笑みを浮かべたまま、涼しげな表情をしている。
「それで? この手紙の差出人の身元は割れたんですか? 『怪集団G』に繋がる証拠があったということですよね?」
双破が手紙をスッと机の上に置いて問いかける。
「うん、そのことなんだけど」
副会長が俺の方に視線を向けた。
「ナットくんの書き込みから、隊長がすぐに手を打ったみたい。ゼノリスの強権を発動して、固定IDの身元を調べてくれた結果……」
思わずゴクリと生唾を飲む。
「……身元は割れませんでしたー」
明るく言い放つ副会長にガックリと項垂れるしか無かった。
双破が鼻で嘲笑い、矢茨が「ケッ、使えねーな」と嘲る声が聴こえる。
「まあまあ、ナットくん。そんなに項垂れてないで」
「……はあ」
「身元は割れなくても、『怪集団G』に繋がる形跡は見られる、って隊長は言ってたわ」
「どういうことですか?」
副会長を見上げると、右手で丸の形を作っていった。
「だからもったいぶってねーで、要点だけ言えっての、コト姉」
「固定IDは携帯電話から登録されてたんだけど、その携帯電話がね、身元不詳の端末だったわけ」
「ははあ、そういうことができるのは世界的犯罪組織か国際魔術評議院だけ、ってことですね」
「そうっ! さっすが双破クン」
「ケッ、んなのオレだってわかるっつーの」
なるほど、世界的犯罪組織か国際魔術評議院だけ、か……。
双破も矢茨も不敵な笑いを浮かべている。矢茨の方は、さっきまで興味無さそうだったのに、今は手紙の中身を引っ張り出して文章に視線を走らせている。
「ガフィレフだな……そうだろ、コト姉?」
矢茨がさも嬉しそうにニヤリと笑う。
『ガフィレフ』という言葉に思わずぞっとする。いつか俺の前に現れるはずだと、予期していたけど、その名前を盾冬邸の人間以外の人物から耳にすると、こんなにも意識してしまうものなのだろうか……。
あの日、俺の記憶を奪い、そしてユリルの『吸血器』を持ち去ったと思われる魔術犯罪者組織ガフィレフ……。
そして、矢茨をチラリと見る。すぐに頭に思い浮かんだのは、昨晩見た小倉さんのブログ記事。
もしかすると矢茨は、過去に彼らとやりあった経験を持つかもしれないのだ。
身を固くし、動機が激しくなる俺をよそに、副会長は肩をすくめて首を振った。
「断言はできないわ。でも、国際魔術評議院の機密車両を狙うだなんて、そういう輩しか考えられないでしょうね」
「それは滝宮隊長と1班の南鹿渡さんと柴崎さんの考え、ということでよろしいですか?」
双破タケルも口元は笑っているが、その眼光は鋭い。
「まあ、そういうことね」
「なるほど。それで1班の南鹿渡さんと柴崎さんが、学校に来られてたんですね」
「え、ホントに?」
尋ね返す俺に、双破は「フフッ」とクールに笑った。
「さっきね、校内で見かけたよ。調査班と一緒に、その地図にある車道を重点的に視察してた様子だったね」
「そっか」
さすが双破だ。忙しそうにしてるようで、見てるところは見てる。
「しかしそこまで警戒していて、さらに魔術犯罪者相手ってことでしたら、1班の仕事なんじゃないですかね? いいんですか、僕たちで?」
「ふふ〜ん、そこが今回の作戦のキモなのよね」
人差し指をおでこに当てながら、副会長が不敵な笑いを浮かべた。
「はっきり言って、あたしたちは囮なの。1班は他の任務を理由に別の場所に出てるってわけ」
「要は、まんまと『怪集団G』の思惑通りに事が進んでいるように見せかけるわけですね?」
「そういうこと」
なるほど、そういうことか。
「双破クンとカズマからは不平が出ると思ってたけど?」
チラリと双破と矢茨の顔色を伺うが、二人とも嫌そうな表情をしていない。
「相手に不足はねえ。魔物相手と人間相手じゃ、緊張感が違うぜ」
「珍しく、矢茨に同意ですね。不届きな輩を、僕たちの手で捕まえてやろうじゃありませんか」
二人揃って不敵なことを言う。人相手となると、魔物を相手にするのとでは随分勝手が違うと思うが……。
しかもその相手が『ガフィレフ』となると、何が起こるかわからない。悪魔術や精霊魔術はもちろん、俺の身体に細工を施した『護符』も駆使してくる相手だ。
ふと気づくと、武者震いだろうか、俺の身体は小さく震えていた。
チラリと左手首にはめられた『絶対運命の枷』に視線を向ける。わずかに角度のついた黒い針。この前気づいた時から、特に変化は無いように見える。
それでも、『ガフィレフ』が忍び寄ってきているという気配に、何かが大きく動き始める予感がしていた。
あ~、ようやくガフィレフの出番ですかね~?




