(七)文化祭前夜:泊まりがけで
「でね、具体的に何をするか、って話だけど」
副会長がホワイトボードに描いた地図を再び指し示す。
国際魔術評議院の機密車両は体育館裏の車道を通り、校門とは逆の右側に曲がって行くらしい。赤い矢印はそれを示したもののようだ。
「まあ、単純にこのルートを重点的に見張ってろ、ってことね」
言いつつ、副会長は車道が並走する体育館裏から学生食堂裏の塀に挟まれた細道をグルっと赤丸で囲んだ。さらにその横に、赤文字で『重要監視地点』と書き込む。
「滝宮隊長と1班の南鹿渡さん・柴崎さんの見立てでは、この地点に賊が潜む可能性はあるかも、だって。あとは屋上かしら?」
「屋上に、一般人に紛れて『怪集団G』の監視要員が張り付く、というのはありそうですね」
「でしょ?」
副会長が赤ペンをフラフラさせながら、双破の言葉に相槌を打つ。
手紙による密告を信頼するなら、文化祭の行われる埜之平高校に一般客として紛れ込み、機密車両に接触を試みるのではないか、ということらしい。とするなら、車道に一番近く、日中も薄暗くて人目につきにくい『重要監視地点』は恰好の場所ということになる。もしくは、見晴らしのいい屋上などに監視員として紛れ込む、という可能性も考えられる、というわけだ。
その『重要監視地点』を『ピーワン』、屋上を『ピーツー』と命名し、重点的に不審人物の監視に当たりたいとのことだった。
「その車両はいつ通るんですか?」
「それについては残念だけど、あたしたちにもナイショ」
「はあ? じゃあナニか? オレたちに四六時中見張ってろってか?」
「仕方ないでしょー。本来、重要機密事項なんだから〜」
「チッ! 人をなんだと思ってやがる!」
「まあ、上の意向は仕方ないとして。いつから始めますか?」
「もちろん、今からよ」
「えっ、今から? 学校に泊まれってことですか?」
唐突な話に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「そういうこと」
副会長はクスリと笑うと、「うんうん」と頷いた。
副会長によると、こうだ。
すでに謎の手紙の対応として、生徒会と文化祭運営メンバーが昨夜から校内の点検強化を行っている。それにゼノリス第二十六地区4班も自主的に協力する、というのが表向きの理由らしい。
昨日、生徒会室に来た時に文化祭運営メンバーが宿泊体制だったのはそれが理由のようだ。
もちろん、機密車両のことは文化祭運営メンバーにはナイショだ。
あくまで埜之平高校の生徒としての自主的な行動なので、仮に不審人物などを確認した場合、近隣の警察に通報して協力を仰ぐのだという。
その了承を滝宮隊長から得た、というのが現状の状態ということのようだ。ちなみに、双破が目撃したとおり、1班が埜之平高校を軽く調査したが、「特に問題なし」と報告されるとの事だった。
「警察に通報する程度なら、日常よくあることでしょ?」
「まあ確かに。でも勘付かれるんじゃないですかね? その、派閥争いしてるって人たちには」
「うん、いいの。こっちはあくまで囮だから」
「あからさまながら、表向きは僕たちの自主行動、ってことですか。小細工ですね。上手くいきますかどうか」
「あはは、まあそれはあたしたちが今、心配することじゃないから」
副会長はどこか素っ気ない笑みを浮かべながら、パタパタと手を振った。
「てなわけで、巡回の順番を決めなくちゃね。文化祭運営にやってもらってるように、二人一組のチームを編成してもらうわ。っと、その前に……ナットくんと双破クンは着替えを取りに帰ってもいいわよ」
「あ、はい。そうですね」
「僕は大丈夫ですよ。自宅はすぐそこですから」
双破は涼し気な表情で、生徒会室からもよく見える学校すぐ横の7階建てマンションを指さした。
「えっ、双破の家ってあそこなのか?」
「そうさ。通学の時間って、もったいないと思わないかい? だから父上に頼んでね、あのマンションを建ててもらったのさ」
「建ててもらった……?」
「もちろん、僕の部屋はあそこの一室だけだけどね。使用人一人と、家庭教師一人を置いてるのさ」
マンションの一室で暮らしている、って問題じゃなくてだな……。そんなことのためだけに軽々と言えるおねだりじゃないだろう、普通……。
それはともかく、だから双破って、いつもユリルを校門前で待ち構えてられるのか。なんとなく納得してしまった。
「ああ、なんなら、僕の部屋で寝泊まりしてもらっても構わないよ?」
「ケッ、いらねーっての。テメー1人で尻尾巻いて逃げ帰ってろよ」
矢茨カズマが気に食わ無さそうに舌打ちをする。
「フフッ、好きにするがいいさ。では、レディの方々はどうでしょう?」
「いい申し出だけど、ハノンちゃんとあたしは、生徒会用に借りてる理事長室を使うから大丈夫。あそこ、シャワー室もジャグジーバス付きで充実してるのよ〜。あたしのお祖父様の要望で付けたらしいんだけど。あ、男子は寝泊まりはこの生徒会室で、シャワーは部室棟のでよろしくね」
ニコニコ顔の副会長に、矢茨カズマががさらに舌打ちをした。
「まあ、双破クンは好きにしてもらっていいわよ。いざとなればすぐに駆けつけてくれるんでしょ?」
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ、とりあえずその件はオーケーってことで。ひとまず、今夜はみんな、埜之平高校で巡回をよろしくね」
突然の話に戸惑いを隠せないところだが、渋々、頷くしかなった。
◆
「……と、いうわけなんだ」
「そうなんですか」
文化祭で販売するクッキーの試作品を手にしたエプロン姿のユリルが小さく頷いた。
ひとつ摘んでみたが、なかなか良いデキだった。
「だからさ、これからすぐに学校へトンボ帰りってわけ」
「大変ですね」
「まーね」
自室でスポーツバッグの中に着替えを詰め込み、玄関ホールに降りてきたところで、ユリルと鉢合わせしたのだ。ユリルには事情を説明しても大丈夫だろうと思い、正直に話した、ってわけ。
「まあ、徹夜で文化祭の準備をしてる連中もいるみたいだし、何事もなければそれなりに楽しいかもね」
「それだと、いいですね」
言いつつ、ユリルがにこやかに微笑む。
「わたしも行きたいな」
「……は?」
「だって、楽しそうだし。事件が起きずにオバケが現れたりしたら、もっと楽しそう」
いきなり何を言い出すんだか……。
「一応ほら、ゼノリスの任務だから」
「うん、そうだけど……あっ」
ユリルが何かを思いついた、みたいな顔をする。パッと明るい表情に変わると、ちょっと「待っててくださいね」と言ってトコトコと階段の方へと駆けていく。
「ホントに待っててくださいね」
一度振り返って念を押すと、そのまま階段を駆け上がっていった。
◆
「ユリルちゃんの手作り? もちろん、ありがたくいただくよ」
「はい、どうぞ食べてみてください。お口に合うといいんですけど……」
クッキーの包みを差し出すユリルの手を、双破タケルがそっと包み込む。
「嬉しいね。こういう時の気遣いは、心に染み渡るよ」
目を細め、白い歯をキランと光らせながら王子姿のままの双破がクサいセリフを吐く。
……てか、ドサクサに紛れて堂々とユリルの手を握ってんじゃないぞ、双破。
そんな二人の横に海賊姿の矢茨カズマがヅカヅカと近づいてくると、ひょいとばかりにクッキーの包みを取り上げた。
「サンキュー、もらっとくわ」
言いつつ、手早く無造作に包みを開けると、ひょいとクッキーを口に放り込んだ。
「おおっ、サクサクしてやがる! しかもこの香ばしさ! なかなか高級感溢れるクッキーじゃねえか」
思いの外まともなコメントを漏らす矢茨の喉元に、スラリと細身のサーベルが指し当てられる。
「小悪党、誰の許可を得てクッキーを頬張っているんだい?」
「んああ? 真舟には礼を言っただろーがよ」
喉元のサーベルを気にも留めず、矢茨がギロリと双破を睨みつける。
「それはユリルちゃんから僕への差し入れだ! 返してもらおう」
「ハハッ、獲れるもんなら獲ってみやがれってんだ」
ニヤリと笑うと、矢茨はヒラリと身を翻して距離を取る。いつの間にか、その右手に細身の剣を手にしていた。
「犯罪者風情が……。やはりキミは僕の手で、地獄に送りつけてやるしかなさそうだ」
「へへっ、かかってこいよ」
睨み合う二人の精霊プリズムが、それぞれ水色と黄色の光を放ち始める。よく見ると、双破の右手にはいつの間にか、術具の紫水晶のネックレスが握られていた。
格好が格好なだけに、中世の決闘のような様相だ。
「はいはい、そこまでよ二人とも」
呆れ顔をしながら副会長が間に割って入る。矢茨の手からひょいとクッキーの包みを取り上げると、すばやくクッキーをひとつ口に放り込んだ。
「あッ! なにしやがんだコト姉!」
「んん〜! 美味しい!」
「わたくしもほしいですの!」
「はい、ハノンちゃんどうぞ」
「わぁ〜〜い、ですの!」
双破と矢茨の舌打ちを気にも留めず、副会長はハノンにクッキーの包みを渡した。受け取るハノンはニコニコ顔だ。
「ありがとね、真舟さん」
「あ、いえいえ。明日の試作品なんですけど、お口に合うかどうか……」
「あはっ、それなら大丈夫よ。十分、お金の取れる出来栄えよ」
「美味しいですの!」
一口かじって満面の笑みを浮かべるハノンに、ユリルがニッコリと微笑み返す。
「あの、それで、今日はみなさん、学校にお泊りだと聞いたんですが」
「あ〜ら、そうなの?」
副会長が意味ありげな視線を俺に送ってくる。思わずそっぽを向いて頭を掻くしか無かった。
「お邪魔じゃなければ、わたしも何かお手伝いができればと思って……。確か、文化祭運営ボランティアは、常時、募集されてましたよね?」
言いつつ、手にしたナップサックをそっと掲げてみせる。
やっぱりそういうことか……!
「紅茶を入れる用意もしてきたんですよ」
ニコニコ顔のユリルの言葉に、頭を抱えずにはいられなかった。
道中、「それはなに?」って尋ねても「ナイショです」の一点張りだったけど……!
「あはっ、ボランティアなら歓迎するわ。でもどうせだから、あたしたちゼノリス第二十六地区4班の専属ボランティアになってもらおうかしら?」
「ええええええっ!?」
にこやかに言い放つ副会長の言葉に、思わず大きな声が出る!
文化祭運営ボランティアならまだしも、ゼノリス第二十六地区4班の専属ボランティアって何だよ!?
しかも俺たちはゼノリス第二十六地区4班の『ミッションS』中なんだから、一般人がお手伝いとかできるわけないし!!
「あら、ナットくんは異議でも?」
愕然とする俺の顔を、いたずらっぽい表情を浮かべる副会長が覗き見た。
まったくこの人は……!!
え~、合宿気分じゃないですか~




