(七)文化祭前夜:けしからん!
午後も夕方になろうかという時刻。
「はあ〜、やっと解放された」
体育館から出てきた俺は、西に傾く太陽に向かって「うーん」と伸びをした。後ろで高石さんが「日向くん、また明日ね」と声を掛けてくれながら友人とともに去っていく。2人の精霊プリズムも、仲良さげに寄り添い合うようにしてその後をついて行っている。
それに手を振って見送ると、俺は再び、大きく息を吐き出した。
忙しすぎて昼休みも取れなかった。合間を縫って、戦場のような学食購買部からおにぎりを2個掴み取り、移動しながら頬張ってすぐにまた設営準備。時間に追われすぎてめまぐるしい一日だった。
さすがに空腹感は否めない。屋敷に帰宅すれば美味しい料理にありつけるだろうから、それまでは我慢かな。
さて、それより……。
「……副会長はもう、生徒会室にいるかな?」
怪しい手紙の件で生徒会室に来てくれと言われたことが、ずっと気になって頭から離れなかった。
もう一度伸びをして深呼吸をすると、俺は生徒会室へと足を向けた。
◆
「……あれ、滝宮隊長?」
体育館から校門前を通り過ぎ、グラウンド横の部室棟の前へやってきた時だった。副会長と会話を交わしている様子の、見慣れた人影があった。
「あ、やっほ〜、ナットくん」
俺に気づいた副会長が、手を上げて大きく振る。水着にハッピ姿のままだ。明日までずっと、あの格好なのかな……。
滝宮隊長も俺の方を見ると、黙って小さく手を上げた。俺も小さく会釈をして返す。
「やあ、日向。忙しいところすまないな」
「いえ。……生徒会室に集合って、隊長の指示ですか?」
「ああ、そうだ。埜之平に、全員集めるように頼んでおいたんだ」
「そうでなんですか。……連絡用アプリを使ってもらえれば、伝言じゃなくてもよくないですか?」
「はははっ、そうだな。埜之平と日向はそれで問題ないだろう」
自嘲気味に笑うと、滝宮隊長は小さく頭を横に振った。
その仕草に、なんとなく理由を理解する。
……矢茨と双破か。あと、ハノンもかな?
「ま、こういうのはあたしに任せてもらう方が確実ね」
チラッと副会長の方を伺うと、腕組みをして「うんうん」と頷いていた。
「まあ、それは軽い冗談として。……今回の件は、『ゼノリスが何か勘付いたと気取られぬように』との上からのお達しがあったのさ。跡形の残らないよう、口頭での伝達を重視した結果だ」
「え、どういうことですか?」
「それはあとで話すわ」
副会長は生徒会室の方を指さしながら、ニッコリと微笑んだ。
「まあ日向、必要なことは埜之平に伝えてあるから、あとはよろしく頼む。実質的には、『ミッションS』と思ってもらえばいい」
そう言って、隊長は俺の肩をポンと叩いた。
……『ミッションS』は確か、異常事態に対する特殊任務の名称だ。となると、どうやら思いの外、重大な状況のようだ。
「じゃあ、あとはお任せください、隊長。さ、ナットくん行きましょ。他のメンバーはもう集まってるわよ」
副会長は冗談っぽく敬礼をすると、クルリと部室棟へと足を向けた。はっぴの端がヒラヒラとはためいて、形のいい丸いお尻が顔を覗かせる。足早に去る副会長の後を、精霊プリズムがひゅる〜りと、どこか優雅な物腰を感じさせながら追いかけていった。
滝宮隊長に一礼して、その後に続こうとした俺を、隊長がグッと肩を掴んで引き止める。振り返ると、険しげな目つきで滝宮隊長が俺の顔を覗きこんできた。
「アレは……ちゃんと許可を得てるのか?」
ヒソヒソ声で囁きかけてくる。
「アレって?」
「アレと言ったらアレだろ」
片眉をあげて、まっすぐ俺の目を見据えてくる。
何を言いにくそうにしてるんだか……。
「副会長のコスチュームですか?」
尋ねると、隊長は肩を掴む手にさらに力を込めて小さく頷いた。
「子供にも大人にも……特に大人には刺激が強すぎる……そう思わないか?」
「思います、思いますけどね……」
「……けしからん……実に、けしからん……」
そう言い捨てると、隊長はバッと踵を返した。小さく手を上げると、そのまま無言で校門の方へと去っていった。
「そりゃ、そう思うのが普通だよな……」
ジンジンする肩をさすりながら、俺は部室棟へと足を踏み入れた。
◆
「おっせーんだよ、ボロ雑巾」
生徒会室に着くなり、矢茨カズマの不機嫌そうな声に出迎えられた。
その声が無ければ、入ってくる部屋を間違えたと思うところだった。
「なんて格好してんだ、矢茨?」
「あン?」
俺の言葉に、海賊船の船長が顔をあげた。顎をあげて眉を潜め、うざいと言わんばかりの眼付きだ。付けひげと広角ハットと眼帯でわかりづらいが、矢茨カズマに違いなかった。
上半身裸の上から、丈の長い中世貴族風のオーバーコートを羽織っている。上着の間から隆々とした筋肉がチラチラと覗いていて、腰帯を巻いた上から幅広の腰ベルトを下げ、だぶついたズボンに膝下まであるロングブーツを履いていた。腰には、いつものあの細剣を下げている。
腕組みをして長机に軽く腰をかけているその姿は、どこかの酒場にたむろしている海賊船長まんまの雰囲気だ。
広角ハットの端っこには、矢茨の精霊プリズムがどこか落ち着き払った様子でちょこんと乗っている。
「メインステージでの、オープニングセレモニー用のコスチュームなのよ、これ」
副会長がニコニコしながらポンポンと矢茨カズマの肩を叩いた。
「気安く触んなっつーの」
不機嫌そうに副会長の手を払いのける矢茨。副会長ファンが見たら大ブーイングが起きそうだ。
「あらあら、衣装合わせの時に、まんざらでもなさそうな顔してたのはどこの誰かしら〜?」
副会長が意地悪そうな目つきをすると、前屈みになって矢茨の顔を横から覗き込む。
大きな胸が深い谷間を作って水着の端からはみ出しそうだ。
矢茨はそれに目もくれず、面倒臭そうに「ハンッ」と漏らすと、身体の向きを変え、膝を立ててその上に頬杖をついた。
「わたくし、絶対に双破さんに投票しますの!」
「ありがとう、ハノンちゃん。是非そうしてくれると嬉しいよ」
その奥では、ハノンと双破が談笑をしていた。双破は……これまた、いつもと違う格好だ。
白い軍服のような出で立ちで、胸には入隊式と同じ花飾り、手には白の手袋をはめ、腰にはサーベルのようなものを下げている。派手な大きめのフリルの付いたYシャツに、喉元を大きな宝石のブローチで止めていた。
どこかの国の王子様、といった雰囲気だ。
右肩に漂う精霊プリズムも、いつも以上にピリッとした雰囲気を醸し出しているように感じられた。
そんな双破を見つめるハノンも、メイド姿のままだ。
大きな耳をピンと立てて、両手を頬に当てながら目をキラキラさせている。頬はわずかに桜色に染まっているようにも見えなくない。
ああいうのが好みなのかな?
ハノンの肩の上では、ハムスター精霊のロッキーが、周囲をキョロキョロとせわしなく見渡していた。
「さーて、メンバーも全員揃ったし、そろそろはじめましょうか。適当に腰掛けて」
『ミッションS』と聞いたあとだけに、この格好の面々を相手に話を聞くってのもなんだか妙な気分だな……。
やっぱりゼノリス第二十六地区4班で出動するんですね~




