(七)文化祭前夜:コスチューム
────文化祭前日の土曜日。
この日は丸一日、埜之平高校文化祭『樹平祭』の準備に充てられる。校門には特別アーチが掲げられ、校内は準備を進める生徒たちの活気で溢れていた。本番は明日一日だけだが、すでに文化祭が始まっているような雰囲気だ。
グラウンドにはメインステージが組まれ、文化祭運営本部も設置されている。
「『あーあー、マイクのテスト、マイクのテスト。……えー、明日は良い天気になる予報だから、みんな張り切って行こーー!』」
副会長の埜之平コトネの元気な声が、グラウンドに設置されたスピーカーを通して校内に響き渡る。それに応えるように校内のあちこちから、「おーー!」という気合の入った声が聞こえてきた。
「『ふっふ〜〜ん、みんな気合入ってるね〜。副会長は嬉しい限りであります! メインステはもう設営終わっちゃったけど、みんな準備は順調かな〜?』」
「コトネ様のためにがんばります! 愛してる!!!」
クラスメートの絶叫に、教室が笑いで溢れかえる。
「『えーと、じゃあメインステではひと通り、流れに沿ったリハやるね〜。みんなご協力よろしくぅ!! じゃあマイクは若いお二人にお任せして、っと』」
ゼノリス第二十六地区4班でもまとめ役だけど、文化祭でもまとめ役としてみんなを引っ張っている。正直、凄いなと感心する。
「……そういえば、生徒会長って見たこと無いな。何やってるんだろ?」
「え? 生徒会長なんていないぞ」
俺の何気ない呟きに、周囲のクラスメートたちは当然だと言わんばかりの表情をしている。
「秋の生徒会選挙で埜之平副会長は選出されたんだけど、生徒会長は立候補者なし、で選出されてないんだよ」
「……ごめん、意味がわからない」
普通、誰か一人、適当でもなるもんじゃないのか? とりあえず、埜之平コトネ副会長が実質、生徒会長ってことらしい。
「それなら副会長が、初めから生徒会長に立候補すれば……?」
「浅はかだな、日向は。埜之平高校理事長の孫娘にして埜之平神社グループの次期総神主候補の埜之平コトネ様の深遠なる御心が理解できないと見える」
「次期総神主候補……?」
「そうだぞ〜。コトネ様は一国一城の主となられる御方だ」
「キサマそんなことも知らないでゼノリスでチーム組んでんの?」
「ああ、まあね。そんな凄い人なんだ」
「無知とは悲しいものだなぁ、日向……」
「そんな御方だから、生徒会長なんぞにでもなろうものなら、この埜之平高校を牛耳って好き勝手やってるようにしか見えないだろう?」
実質、そんな感じだが。
「第三者による心ない誹謗中傷や誤解を招かないためにもだ、自分は副会長までと、一歩下がっておられるのだァ!」
「これぞうら若き淑女の乙女心だよな! くぅ〜〜〜〜! そこにしびれるあこがれるぅ!」
「おま、それ違うだろ」
とりあえず、俺の周りには凄い人間が集まっているようだ。つくづく、とんでもないところに放り込まれたものだと痛感させられる。
バカなこと言いながら『わんこ茶屋』の準備を進めるクラスメートたちも、こと精霊魔術に関しては、結構な腕の持ち主ばかりだもんなぁ……。
この国の未来は明る……いや……うーん……。
「はぁーい、みなさーん」
噂をすればなんとやら、だ。教室の戸口から、副会長の埜之平コトネが顔を覗かせた。
「(……げげっ! なんて格好してるんだ……)」
その姿を見て思わず吹き出しそうになった。
ビキニにニーソ、その上から『文化祭運営委員会』の文字入りハッピを羽織っている。大胆すぎて露出狂だと思われないか? ていうか、高校的にあれはオッケーなのか?
左肩あたりに漂う副会長の精霊プリズムは、さほど変わらぬ日常といった様子で優雅な輝きで揺れている。
「コト姉さまぁ!」
勢い良くハノンがその胸に飛び込んでいく。副会長のたわわな生肌にボフッとばかりに顔を埋めると、ハノンの肩の上でハムスター精霊のロッキーくんが「キキッ」と鳴いて飛び跳ねた。
「あーら、ハノンちゃん。もう準備バッチリって感じね〜」
「えへへ! そうなのです! コト姉さまもステキですの!」
「サンキュ〜」
いつのまにか二人の周囲を囲むように、男子たちが頬を緩ませてスマホをパシャパシャやっている。花に群がる虫のごとく、ヤツらの行動力はホントにハンパない。
「えーと、クラス委員長の安西高秀くんはどこかな〜?」
「はい、ここに控えております」
眼鏡をキランと光らせ、姿勢を正しながら、クラス委員長が進み出る。
アイツ、『あんざいたかひで』って言うんだな……。フルネームで覚えているあたり、さすがは副会長だ。
「もうすぐアピールタイムのリハの順番だから、メインステまでよろしくね〜」
「はい、了解いたしました」
クラス委員長は眼鏡をクイッと片手で押し上げると、小さく頷いた。
「今日もお美しいですね。コスチュームもよく似合ってますよ」
「あはっ、ありがとう」
……普段はそっけないクソ真面目なクラス委員長がお世辞を……? しかもまるで邪心を感じさせない朗らかな笑みを浮かべているだと!?
衆目の前で堂々アピールするとはいい度胸だぜ……。
「おーい、アピールタイムのリハ行くよー」
いつもと変わらない調子でクラスメートたちを促すクラス委員長に対して、あとに続く男子たちの目が殺気立っている。おおこわい……。
「ちゃお、ナットくん」
リハに向かう生徒たちを見送ると、副会長がこっちに来いとばかりに手を招いた。
ついつい刺激的な衣装に目が奪われてしまう。なんせ昨日はあのたわわな乳房を……。 思い起こせばすぐにでも、右手にあの柔らかで温かな感触が蘇ってくる……!
「ちょっと、ナットくん。こっち来てってば」
真っ赤になって戸惑う俺に、ブンブンと手を振る副会長。
……いや〜、こればっかりは仕方ないな、逃げようがない……。
「……刺激的すぎませんか、その格好」
渋々、副会長に近寄ると、視線を逸らしながらそっと呟いた。
「あーら、そう? 夏のビーチがイメージなんだけど、変かなぁ?」
副会長は、その場でクルリと回ると、自分の身体を眺め回している。張りのある大きな胸がブルンと揺れて、ツンとばかりに上を向く。
……なぜ夏のビーチをイメージする必要があるのか? それにそれなら、なぜわざわざニーソで絶対領域をアピールする必要があるのか?
マニアな評論家に小一時間問い詰めさせたいぜ……。
「その格好で全部のクラスを回ってるんですか?」
「そうよー。裏方だもん」
「大変そうですね」
「んふふー、もっと褒めてくれてもいいのよー?」
副会長がその豊かな胸を強調するように腕組みをして見せる。
いつもより大胆な衣装だから目のやり場に困るんだが……。この人、これがクセなんだろうな。というか、わざと全クラスに見せて回るとかそういう……?
副会長の精霊プリズムが、俺の顔を覗き込むようにして優雅に目の前を通り過ぎる。俺の精霊プリズムがそれに呼応したかのように、小さくクルリと回ってみせた。
「ナットくんは、準備作業だけ? 何か担当は?」
「お化け屋敷要員です」
「あらそう。たしか……そろそろ設営準備の集合時間じゃない?」
「おっとっと。そうだった」
教室を見渡すと、前半担当の高石さんの姿が無い。
「遅れないようによろしくね」
副会長はそう言って、ウインクをすると手を振って立ち去ろうとした。
「あ、そうそう」
と、急に思い出したように振り返る。
「昨日の書き込み、見たわよ。その件で話があるから、お化け屋敷の集会が終わったら、生徒会室に来てくれない?」
「あ、はい。わかりました。午後になると思いますけど?」
「うん、わかってるって。じゃあ、よろしくぅ」
そう言い残して、副会長は廊下を駆けて行った。すぐに隣の教室から「はぁーい、みなさーん」と声が聴こえる。
そしてあちらのクラスでも、男たちのどよめきが……。
水着にハッピでニーソはおかしいな、誰の発案だ?
どうせなら女子全員その格好じゃなきゃおかしいと思います!(キリッ




