(六)文化祭準備:わんこ茶屋
教室に入ると、教壇横に設けられた着替え&店員休憩スペースの横に女子が一人、カーテンの端を握って立っていた。教壇付近では、身をかがめた男子たちが押すな押すなとばかりに最前列を争っている。
みんなの精霊プリズムが所在なげに、その間を漂っていた。ご主人様たちの行動が理解不能、といった様子だ。
俺は後ろの方でいいや……。
「みんな集まった? それでは、我が『わんこ茶屋』のメイドたちのお披露目でーす!」
女子生徒の掛け声とともに、着付けスペースのカーテンが引かれ、女子が5人、素早く教壇に駆け上がった。
同時に「おおおーっ!!!!」という男子のどよめきがあがる。
「キラ☆ ですの!」
メイド姿のハノンが左拳を腰に当て、右手で横ピースのポーズを決めると、スマホのシャッター音が雨のように打ち鳴らされた。その横には、同じくメイド姿の女子4人が腰を下ろし、膝を抱いたポーズを決めている。
「大胆すぎる胸元のカット!」
「健康美そのものの絶対領域!」
「弾けるエンジェルスマイル!」
「俺たちのわんこ天使姫キターーーーーーーーーーー!」
どうやら男子の視線はハノンに注がれているようだ。
なんでそんなに盛り上がれるんだか……。
正直、他の女子との違いといえば、背中の小さな羽だけなんだが。
「みなさん、どうでしょう?」
「似合ってるよ、ハノンちゃん!」
「売り上げナンバーワン間違いなしだわ!」
「これで勝つる!!!」
ニコニコ顔で教壇を降りるハノンが、すぐさま男子に取り囲まれる。みんな、ハノンが頭を撫でられると喜ぶのを把握してるから、頭を撫で撫でしながら「かわいいよ」「マジモンの天使だね」なんて声をかけている。
大きな耳をしきりにピョコピョコと横に動かしているところを見ると、ハノンもまんざらでもないようだ。その肩に乗っているハムスター精霊のロッキーも、どこか得意げに皆を見上げている。
「どうナツト? 似合ってますです?」
俺の側に寄ってきて、ハノンがクルリと回ってみせる。ハムスター精霊のロッキーが「モキュキュ」と鳴き、背後で男子が一人、鼻血を吹いて床に倒れた。
「……短か過ぎないか? スカートが」
「そうですか? わたくしは気になりませんですの」
言いつつ、ハノンがスカートの端をチラリと上げてみせる。男子の群れから再び、スマホのシャッター音が雨のように打ち鳴らされた。
「そうよね〜、やっぱり短すぎたかな〜」
「当日はタイツでも履こうか、ハノンちゃん」
「た、タイツだと! 絶対反対! 断固反対!」
「女子ってやつはロマンってものがまるでわかっちゃいない!!」
ロマンてか単なるエロスじゃないか? それにハノンは14歳。そんなに力説するほどでもないだろうに……。
「はーい、衣装披露が終わったところで、みんな注目ー」
クラス委員長が眼鏡をキランと怪しく光らせた。その斜め横に漂う精霊プリズムも、同調するかのようにキラリと光を照り返す。
「引き続き、メインステージでのアピールタイムのお披露目をしてもらいます。これの評価は店の売上だけでなく、クラスランキングにも影響するから、しっかりやりましょー」
抑揚のない冷静なしゃべりのあと、ポンポンと手を叩くクラス委員長。するとクラスのみんなは、ざわざわしながらも大人しく教室の後ろの方に集まって腰を下ろした。
意外なぐらい集団を動かす才能に溢れているというか、クラス委員長の指示にはみんな素直に従うんだよな。何か怪しげな魔術でも使っているんだろうか?
教室前方の教壇にはハノン以下、アピールタイムのメンバーが上がり、円陣を組んで最終確認を行っている様子だ。
そうこうしているうちに教壇が精霊魔術で作られた暗闇に覆われる。そして、スポットライトの中に一人の男子生徒の姿が浮かび上がった。
「勉強できない! 精霊魔術も使えない! 空を見るしか能がない! ああこんな俺イヤダ〜〜〜」
「(……どこの俺だよ……しかも棒読みすぎる……)」
頭を抱えてクネクネする男子生徒の背後に、三人のメイド女子が現れる。左に椅子を持った女子、右に机を持った女子。そして真ん中に、そばをお盆に載せたハノンだ。
「そこの悩めるアナタ!」
「わたしたちにおまかせなさい!」
「ですの!」
暗闇が晴れ、左右に無意味なほど大人数の執事姿の男子が跪く。
「おお、アナタ様は!」
「わんこ様だ! 美しきわんこ様のお出ましだー!!」
女子たちが机と椅子をセットすると、軽快な音楽が流れ始めて、悩んでいた男子がわんこそばを勢い良くすすり始める。
「おいでませ、『わんこ茶屋』!」
「いっぱい食べれば悩みなんて、はいさようなら〜!」
「しかもタイムランキング一位の方には、天使印の『アナタのおソバ2』をプレゼント!」
「わんこそば専門店『わんこ茶屋』は中央棟2階2−Cよ!」
「わたくしと一緒に、レッツ・わんこ! ですの!」
ハノンの決めゼリフと共に、精霊プリズムが白色に煌めいて、幻影の花火が打ち上がる。教室は、歓声と拍手で満たされた。
「みなさん息もピッタリあって、良い出来ですねー」
「見ろ! 我が軍は圧倒的じゃないか!」
「アピールタイムのポイント、大ゲットだぜ!」
こんなので本当に大丈夫なのかな……? まあクラスのみんなが楽しそうだし、なによりハノンが満面の笑みだから良いんだけど……。
ハノンの細い肩の上で、ハムスター精霊のロッキーが、誇らしげに四肢を踏ん張って「キキッ」と鳴いた。
◆
「はいはーい、よく練られたいい小芝居でしたねー。当日もその調子でよろしくー。じゃあ次行くよー。もう明後日が本番だからねー」
ポンポンと手を叩きながらクラス委員長が教壇に上がる。
「知ってると思うけどー、合同演目の『体育館は精霊魔術のイルミネーションお化け屋敷だょ』に、各クラスから担当者2名を出さないといけませーん。本日が締め切りなのでー、この場で決めたいと思いまーす」
クラス委員長の言葉に、男子たちが「おおおお」とざわめいた。
「……お化け屋敷、って人気なの?」
ふと、周りのクラスメートに疑問を投げかける。
「この企画、公然と女の子に抱きつけるチャンスなんだよ!」
「気に入らない男子には腹パンできるしな!」
「うっはーーーーー!! 抱きつきたい女の子と復讐したい男がいっぱいいすぎだ!」
ああ、そういうことなのか……。
どおりで男子たちの眼の色がおかしいわけだ。まるで獲物を逃すまいとする狼のごとく、血走っている。
「お前ら、ホントに煩悩の塊だな……」
「ハノンちゃんがいつもそばにいるお前にはわかるまい、日向!」
「青春をバラ色に彩るにはだな、血の滲むような努力が必要なんだぞ!!!」
「なのにキサマという奴は……!」
「……わかったから、そんなに熱くなんなって……」
「では、一人一枚ずつくじをひいてくださーい」
クラス委員長の合図とともに、男子たちが我先にとくじを引いていく。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「俺の俺の俺の俺の青春があああああああああああああああ」
「やーねぇ、男子ったら」
男たちの悲痛な慟哭が響き渡る中、俺もくじを一枚引く。
「……あれ、『後半』……って、もしかしてこれ、当たり?」
「パンパカパーーーーン、後半の担当は日向くんに決定でーす」
「な、なんだと!!!!!!!」
「日向! つくづくキサマという奴は! キサマには幸運の女神でもついているとでもいうのか!??」
「せ、精霊魔術の才能が無いからか! 無能だからなのか!?」
……うるさいな。わめく男子たちを尻目に、クラス委員長の方を向く。
「これって、精霊魔術とか使ったりする?」
「精霊魔術は使わなくてもいいはずなので、よろしくー」
「ああ、そうなんだ」
「誰かに代わってもらうのも、無しでよろしくー。じゃないととんでもない賄賂が動きかねないからねー」
背後で渦巻く怨念から察するに、あながち嘘とも思えない。むしろ、これほどの怨念だ……。どれほどの賄賂が動くのか拝んでみたい気もする……。
俺の他にもう一人、女子が前半の担当に決まると、教室は落ち着きを取り戻し、皆それぞれの持場へと戻っていった。
「じゃあ、日向くんと高石さん。このあとすぐ、担当者の合同説明会があるので、体育館に向かってください」
「ほいよ」
そんなわけで、俺は高石さんと連れ立って、体育館へと向かった。
文化祭でわんこそば食べようと思わないでしょ~w




