(六)文化祭準備:コトネの暴走?
「副会長、この建物を上に上がりましょう」
「オッケー、了解!」
俺の指示に従って、副会長の埜之平コトネがミストに烟る左の建物に駆け込んだ。2丁の『火山岩石化銃』を肩に下げ、俺もそれに続く。
「『クッソーー!! 双破ァ、オレの邪魔ばっかしてんじゃねーっての!!』」
「『それは僕のセリフさ! 僕の前を勝手にチョロチョロと動き回らないでくれるかな?』」
ヘッドセットから聞こえてくるのは、いつもの矢茨と双破の罵り合いだ。
滝宮隊長の溜め息まで聞こえてくるかのようだ。
ゼノリスに入隊して、これがもう3度目か4度目のミスト発生になる。それなのに双破タケルと矢茨カズマの二人は未だに、競い合うようにして魔物に立ち向かい、ちっとも協力する気配がない。
本当に、いったい何と戦ってるんだか……。
前回と前々回はそれでも、単体の魔物だったから二人の攻撃魔術だけであっさり収まったが……。
今回の魔物は、蜂の集団タイプ。小さな黒い蜂が集団となり、襲い掛かってくる。
しかも、集団ごとに『特攻&毒針攻撃』『バリアを張る』『不快な音波で三半規管を揺らす』という3パターンの攻撃行動を仕掛けてくる。
攻撃行動の違う集団が同時に襲いかかってくると、さしもの双破ですら対応に追われっぱなしになっているようだった。
矢茨は相変わらず、出力最大の稲妻で攻撃一辺倒のようだが。
今は、そんな双破と矢茨を囮にして、俺と副会長が路地奥の大きな混沌反応に向かっているところだ。おそらく、それが魔物本体のはずだ。
ハノンは……ミスト侵入地点からちっとも動かない。今もたぶん、ハムスター精霊のロッキーくんの作り出すシールドの中で、大きな耳を伏せてうずくまっているはずだ。
「ま、魔物はわたくしが手出しすべき相手ではありませんの!」
「……もしかして、蜂が怖いの?」
「む、虫なんて怖くありませんわ! へっちゃらですの!」
そんなやりとりがあったとはいえ……。
明らかに”虫”が苦手のようなので、仕方なく置いてきたというわけだ。俺一人でも副会長の補佐をするしかない。
「見て、ナットくん!」
途中のフロアで副会長が足を止め、奥の窓を指さす。立ち込める白い靄の向こうに、薄らと黒い巨体が浮かんでいた。
「うわっ……デカイ」
「女王蜂、ってとこかしら? あの小さな黒い蜂の集団を、次から次に産み出しているみたいね」
「ですね」
羽を激しく羽ばたかせながら、黒い巨体が宙に浮いて揺らめいている。その周りからゾワゾワと黒い靄が沸き立ち、小さな黒い蜂の群れを成していく。
小さな黒い蜂の集団はすぐさま隊形を整えると、白い靄の向こうへと飛び出していく。
あれを二人で相手にしているんだから、双破も矢茨も相当な腕だ。協力すれば、もっと早くに魔物本体に辿り着けるだろうに……。
そんなことを思いつつ、ジッと外の様子を観察してみる。幸い、魔物は俺たちのことをまったく気づいていないようだ。
「『埜之平、日向。魔物本体を捕捉したか?』」
「はい、たぶんそうだと思います。混沌反応が出ている場所と一致します」
「『よし、では作戦通りにやってくれ』」
「了解しました、任せて下さい」
作戦と言っても単純で、魔物本体の背後を取って、副会長の弓攻撃を加えるというだけのもの。今回は混沌反応の動きから魔物本体の向きを予測し、侵入する建物もあらかじめ決めておいたのだ。
今のところ、目論見通り、魔物本体の背後を取れそうだ。
「『くっそお、コト姉! オレを出し抜く真似しやがって!』」
「あはは、今日はあたしが仕留めるからね、カズマ」
「『矢茨、もっと離れろ! 邪魔すぎて精霊魔術が撃てない!』」
「『うっせー! テメーはオレの身の安全を最優先してろ!!!』」
相変わらずの混沌っぷりだ。煎じて飲ませる薬も無い。
「行きましょ」
小さく呟くと、顔を見合わせて頷き合う。すぐに駆け出す副会長のあとを、俺は遅れないように追い駆けた。
◆
「ナットくん、ドアを開けるの、お願いしてイイ?」
弓を慎重に構えながら、屋上の扉を伺い見る副会長。
「はい、了解です」
頷くと、一旦、『火山岩石化銃』を踊り場に下ろした。
その時、俺の精霊プリズムが勝手に動いて、副会長の精霊プリズムの方へと漂っていった。
2つの精霊プリズムが寄り添い合うようにして、宙で揺れている。
「あはっ、まだあたし精霊魔術使ってないけど?」
「すみません……今日は精霊共鳴したい気分なのかも」
「困ったものね、ナットくんの精霊プリズムも」
頬を緩めてそう言った後、副会長はキッと表情を引き締めた。
いつもはにこやかで柔らかい印象の副会長だけど、こういう時は凛々しくて美しさが際立つ。キレイにまとめた大きなポニーテールの横顔を見つめていると、思わず、ドキドキと胸が高鳴ってしまう。
こんな時に何考えてんだか、俺────!
「八百万の御霊よ────」
副会長が呟くと、すぐさま副会長の精霊プリズムが赤色に輝き始める。それに同調するように、寄り添う俺の精霊プリズムも赤色の光を帯び始めた。
それを見て、ドンっと突き飛ばすように俺が屋上のドアを開け放つ!
瞬間、副会長が屋上へと飛び出した。
「────破魔の炎となりて浄化の力を!」
言いながら足を止めると、引き絞った弓を解き放った! バヒュンと風を切り裂いて、炎の矢が放物線を描いて飛んで行く。
ズゴオオオオオン!!
爆発音が轟いて、炎の矢は狙い過たず、魔物の後頭部辺りにヒットした!
「ギシイィィィィィィィ!!!」
軋み音のような悲鳴をあげて、魔物の身体がグラリと傾く。
「あはっ、精霊共鳴のおかげで凄い威力! まだまだいくわよ!」
高らかに声を上げながら、副会長が次の矢をつがえた。
「────八百万の御霊よ、破魔の炎となりて破壊の力を!」
威力のある爆破の矢だ! 副会長の引き絞る弓の前で、ギュイイインと炎が渦巻き、炎の球を形成していく。
第一撃をまともに受けつつも、なんとか持ちこたえた様子の魔物がギロリと頭をこちらに向けてくる。真っ赤に燃える複眼がギラギラと俺たちを睨みつける。
その頭上に渦巻く黒い渦が大きく膨れ上がり、気味の悪い悲鳴を上げた。
「『蜂の集団が急に減りました。特攻します』」
「『オレが先乗りだああああああああああああ!!!』」
ヘッドセットから双破と矢茨の声が聞こえると同時、魔物が身体ごとこちらに向き直り、その背後で黒い雲のようなものがゾワゾワと広がり始めた。
ブワーンと唸るような羽音が、俺たちを四方から包み込む!
「副会長! 小さな黒い蜂の集団がこっちに向かって来ます!!」
「上等よ!! やれるものならやってみなさい!」
弓を構えたまま、凛として言い放つ。その弓の前では、どんどんと炎の球が膨れ上がっていた。
「爆破の矢は、引き絞っただけ威力が増すわ! 精霊共鳴してる今なら、カズマにだって負けない出力が出せるんだから!」
「何を張り合ってるんですか! 早く撃って逃げないと!」
「ダメよ!! これで仕留める!!!」
うそだろっ!? 副会長のテンションがおかしい!
魔物がギチギチと音を立てて6本の足を振り上げる。その頭上の黒い渦が巨大に膨れ上がり、魔物の腕の先に真っ黒な靄が湧き出してきた。
魔物本体の背後から迫ってくる小さな黒い蜂の集団が、雲のように広がって、白いミストを真っ黒に染め上げている。
「早く! 副会長おおおおおっ!!」
「キシェエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェ!!!」
俺の叫びを掻き消すかのように、魔物が吠える!
瞬間、その頭上の黒い渦が甲高い悲鳴をあげたかと思うと、魔物の前の雲が「ブオゥン!」と戦慄いて、大きな黒い蜂の集団が姿を現した!
ブワーンという羽音が一気に重厚感を増して足元を震わせる! 足元だけじゃない! 重低音の音波がビリビリと全身を駆け巡る!
これじゃ副会長が爆破の矢を解き放っても、あの大集団にぶち当たってしまう! 魔物本体にまで届かない!
今や人ひとり包み込めるほどに膨れ上がった副会長の炎の球。あれがこの近距離で爆発したら、副会長にも爆風が降り掛かってくるんじゃ!?
こうしてる間にも、みるみるうちに小さな黒い蜂の大集団が、四方から押し寄せてくる!
「燃やし尽くして消し飛びなさい!!!」
言い放ちざま、副会長が炎の球を解き放つ!!
「ブヒュン!!」と熱風を巻いて、炎の球が押し出されるように突進した!!
「副会長!!」
同時に俺は副会長めがけて駆け出した! 俺が盾にでもなって、爆風を避けないと!
あ、文化祭関係ないや!




