(五)鬼人:鬼人プリズム
「すまないね、ユリルくん。鬼人浄化の方法は、まだまだ暗中模索だよ」
「そうですか……」
残念そうな表情を隠そうともせず、ユリルが俯いた。
「その、鬼人を浄化するための方法を探すのに、どんな実験を……?」
思わず、教授に問いかける。
「うん、ナツトくんにはまだ見せてなかったかな? 地下実験室でね、『鬼人プリズム』を製作してみているんだ。それができれば、鬼人浄化の実験も可能だと思ってね」
「『鬼人プリズム』!? そんなの作れるんですか?」
驚いてみせる俺に、教授は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「さあ、わからないがね。一応、精霊プリズムと同じ要領で試しているんだ。グァルディオール反応ローヤルのバクテリア精霊を、グァルディオール反応マイナスのバクテリアに入れ替えてね。だが、まだちゃんとした『鬼人プリズム』が出来た試しがない」
そう言って深く息を吐き出すと、肩を落としてしまった。
「やはり、『知能型コロニー』を生成するのに天使文字ではダメなのかもしれないな……」
「悪魔の力といえど、法則に逆らうやり方では天使にそれと知られてしまいますから。きっと何か、よく似た仕組みで上手く行く方法があると思います」
「うむ。ユリルくんのその言葉を信じたいがね」
「すみません……わたしが仕組みをもっとしっかりお話できればいいんですけど……」
二人が何を話しているのか、イマイチわからないが、とにかく教授の実験が上手く行っていないことだけは確かなようだ。
首を捻る俺に、教授がおでこをさすりながらそっと視線を上げた。
「ナツトくんには、後日、詳細を説明しよう。なにせ、精霊プリズムの仕組みを発見した人物のご子息だからね」
「……か、関係ないと思いますよ、それ」
「いやいや。天運とは意外なほど血筋に受け継がれているものさ。もしかすると、今回も何かのきっかけをもたらしてくれるかもしれない」
キラキラとした目で俺を見上げる。
……いや、そんな期待されても……。
もちろん、俺にもできることがあれば、それほど嬉しいことはない。何かいいアイディアがあるといいんだが……。
「ひとまず、繰り返し実験ができるモノが欲しいのだ。それさえなんとかなれば、先に進める。私はそう信じてるよ」
「はい。教授なら、きっと答えに辿り着けるとわたしは思います」
「ふふふっ、ユリルくんにそう言われると、やらざるを得ないよ」
教授とユリルは互いに見つめ合うと、ニッコリと微笑み合った。こういうところは、二人の絆を感じずにはいられないな……。少し羨ましく思う。
「しっかしそんなに都合良く行くもんかねぇ? 鬼人が治っちまうなら、気にせずバンバン悪魔術を使えば良いってことになりゃしないかい?」
二人の間を遮るように、実原さんが厳しい言葉を言い放つ。
言われてみれば、一理ある。
仮に、教授の実験が上手く行って、鬼人浄化の方法が見つかったとしよう。
その方法で鬼人を簡単に治癒できるのなら、天使に狙われることもなく、誰でも悪魔術を使い放題ってことにならないか……?
「天使は……もしかすると、その状況を歓迎しないかもしれませんね。鬼人を浄化できるという状況を……」
「うむ、確かにね。物事を成し得るには、相応のリスクを背負うものだ。天使が守護するこの法則世界は、その枠組から逸脱することを認めてはいない。悪魔術で思うがままに現実を描きたいのなら、天使に生命を狙われる覚悟を持て、ということはあり得そうだ」
不意に、中庭が重い空気に包まれる。
もしかすると、鬼人化を治癒したところで、生命を狙われるかもしれない。天使によって……。
今だって、ハノンが鬼人を探しているのは、悪魔同様に鬼人を抹殺するためでは……?
ここにいるみんなが感じている事の深刻さが、全身にずっしりのしかかってくるようだ。
「……悪魔術で……悪魔術で何とか出来ないかな? 治癒までいかなくても、隠すぐらいの事は?」
「それは……できるかもしれませんが……」
ユリルが胸に手を当て、俯く。
「悪魔術を使って隠すだけでは、悪魔術を使う機会が増えることも意味するので、かえって危険が増えるかもしれません」
「うむ、そうだね」
「完全に治す、ということだと……問題は、みなさんの霊魂をわたしの念芯に吸収してしまっていることなので……それを悪魔術でどうにかするというのは……」
霊魂が念芯に吸収されてる……? どういうことだ?
「悪魔術に必要なイメージをもたらす念芯が、自己破壊を願うイメージを発露する、というのはなかなか難しそうだね。いわゆる、矛盾だ」
「はい。やってみなければわかりませんが……」
「ふむ。だがそれは奥の手で考えるべきだろう。今はまだ時間がある。仕組みを正確に理解し、どこを崩せばそれが成り立つか、を優先して追求していくべきだと私は思うがね」
なるほど……。すでに二人は何度かその件については話し合っているような雰囲気だ。
「すみません、思いつきで言ってみただけなんで」
「いやいや、良いのだよ。可能性は何度でも考えてみるべきだ。もしかすると、今までとは違った視点が浮かび上がってくるかもしれないしね」
「わたくしたちの事を真剣に考えてくださる……それだけでも心温まる気がいたします」
永嶋さんがそっと薄く笑みを浮かべる。それにユリルが小さく微笑んで頷き返した。
実原さんも鼻息をつきながらも、悪い気分では無さそうな様子だ。
教授も、険しい表情からいつもの飄々として穏やかな顔つきに変わっていた。
みんなの様子に少しホッとする。ちょっとずつ、俺もここの住人の仲間入りをしていっているような気がした。
もう一度、『絶対運命の枷』を見る。
今は針が進んだことで、気持ちに焦りが生まれただけだろう。この白い針と黒い針が離れている内は絶対運命も成就しないはずだし、逆に考えれば、今はまだ大丈夫という免罪符をもらっている状態でもあるわけだ。
俺はユリルを守りたくてここに来たはずだ。そう、絶対運命が成就してしまわないように。
だからきっと、なんとかしてみせる。
「ナツトくん。お手数をかけて申し訳ないが、ひとまずハノンくんの動きについては注意して観察してみてくれたまえ。もしかすると、彼女の行動の中にも何かヒントがあるかもしれない」
「なるほど、そうだといいですね」
「ナツトくんの観察力と洞察力に大いに期待しているよ」
「あ、はい……」
……ハノンが俺のすぐ近くにいるってのはある意味、好都合とも言えるのか。俺にこの状況の行く末を見抜く洞察力があるなら、それはユリルにとってもすごく役に立つことだろう。
「……がんばります」
「ははは、まあ、気負う必要は無いさ」
そう言うと、盾冬教授はベンチから腰を上げた。
「それはパンジーかな?」
教授が、ユリルの足元あたりの花を指して問いかける。
「そうですよ。今が見頃です」
「……ふむ、良い色合いだね」
「そろそろ時期も終わりなので、次の花に植え替えないといけませんが……」
「ほう、そうなのかね」
「夏の暑さはパンジーに向かないみたいです」
「なるほどねぇ」
「富士夫は何か植えてほしいものでもあるかね?」
「いやぁ、お任せいたしますよ。こうして四季折々の草花を間近で見られるだけでも十分贅沢だ」
「草木の選択は、誰の趣味?」
「ほとんどさっちゃんですよ」
「最近はユリルちゃんにもお願いしているんだけどね」
「ほう、そうなのかね?」
「はい。ここのランタナとナデシコは、わたしの選定ですよ」
「ふむふむ、綺麗に花が咲くと良いね」
「おーい、兄ちゃん!」
その時、2階のベランダから、イヅルが手を振って呼びかけてきた。
「宿題終わったから、『モンスレ』やろーぜ!」
「おーし、いいぜ〜」
「私もそろそろ夕食の準備に参ります」
「永嶋さん、わたしもお手伝いします」
「あたしゃ、お茶でも飲んでるかねぇ。ご飯になったら呼んどくれ」
「はい」
「では、私も研究室に戻るとするかな」
結論は得られなかったが、どうやら中庭での作戦会議は終わりになったようだ。皆、めいめいの場所へと散っていく。
変わった人ばかりだが、いつの間にかこの日常生活に慣れつつある俺がいた。この先ものんびり、この生活を続けられるといいな……。そう思わずにはいられない。
夕映えに染まり始めた中庭に、小鳥たちのさえずりだけが静かに響いていた────。
<第四章(五)鬼人 終>
現時点では、屋敷住人の鬼人浄化はなかなか難しそうですね。
ハノンが遊びに来たらどうなるんだか?
次回から新節に突入です。




