(五)鬼人:古天使と魔王
「……しかし、なんでまた草木に、そんな性質があるんですかね? もしかして、植物も精霊魔術が使えるんですか?」
昼休みからちょっと不思議に思っていたことを口にしてみる。
「それについては、国際魔術評議院の学術派による論説が参考になるかもしれないな」
教授によると、国際魔術評議院の学術派による論説では、「天使が悪魔から逃れるために創り出したもの」ということらしい。
その成り立ちは、天使と悪魔の、戦いの歴史の創世記にまで遡る────。
天使たちの手によってこの法則世界が形成される過程において、一度、天使たちは魔王とその手下たちに全滅寸前の大敗北を喫しているのだとか。
「その当時の天使を示す言葉として、『古天使』という記述がされているがね。『古天使』は『闘争本能』を持たなかったそうだ。生まれ出る全てのものに慈愛の心を持ち、それを愛でると共に新たな法則として受け入れる、それだけを役割とした存在だった、とね。
それの意味するところは、悪魔を抹殺する『使命感』を持っていなかった、ということだろう。今の天使たちとは違ってね。
彼らが世界に生まれ出た時には、そもそも、そうした『敵』がいなかったためかもしれないな」
それが、『最初の魔王』とその手下の悪魔たちの登場によって状況が一変したらしい。闘争本能と戦闘能力を持たない『古天使』たちは、抵抗する術もなく無残に打ち負かされてしまった、というわけだ。
「全滅した、と思われた『古天使』たちだが、実はほんのわずかに生き残った者たちがいた。混沌が覆い尽くす暗黒の中、草木が生い茂ったほんの小さな世界の欠片の上にね。
それこそが、『プラントオーラ』の機能を持った草木だったわけさ。ただし、その当時のプラントオーラは、周囲を混沌反応に示す働きだったそうだが。
いずれにせよ、『古天使』はプラントオーラのおかげで生き延びることができたのだ」
やがて、『最初の魔王』とその手下の悪魔たちが支配する暗黒世界に、再び、天使が舞い降りる。それが今の天使、『新世代の天使』だそうだ。
「『新世代の天使』たちは『創造主たる大いなる意志』によって『悪魔抹殺の強い使命感』と『戦闘能力』を与えられた。その戦闘能力とは、『精霊魔術』と『法則によって作り上げられた機械』のことだ。
彼らはそれらを駆使して魔王や悪魔に対抗し、暗黒世界の中に『第二次法則世界』を作り上げたというわけさ」
『新世代の天使』は『精霊』を生み出し、草木のプラントオーラをグァルディオール反応ローヤルに変更したらしい。今のこの世界の礎となったその小さな世界の欠片は、今も天使たちによって『聖地』として守り継がれているそうだ。
「……天使たちを救った機能が、ここでは悪魔が隠れるのに利用されてるって……なんだか、皮肉ですね」
「はっはっはっ! そりゃたしかに」
盾冬教授はさも可笑しそうに大笑いすると、腕を組んで「うんうん」と頷いた。
◆
「ちなみに、住人の人たちがみんな鬼人だ、っていう証拠はあるんですか?」
俺の言葉に、みんなの視線が集中する。
「これはまた、根本的なところを突いてきたね」
「どう転んでも鬼人さね。証拠なら腐るほどあるよ」
盾冬教授と実原さんが同時に肩をすくめる。
その様子に、ユリルが「クスッ」と微笑むと、そっと口を開いた。
ユリルが言うには、鬼人には2つの身体的特徴が現れるらしい。
1つめの身体的特徴は『緋色の逆十字』。
これは俺がユリルに『吸血器』を突き刺された時にも、薄らと浮き上がっていたものだ。鬼人ともなると、はっきりとした痣のように肌に刻まれ、真っ赤に光るそうだ。そしてどんなに混沌創を治療しようとも、また時間が経過しようとも、『緋色の逆十字』が消えることはないという。
ここの住人も皆、この『緋色の逆十字』を持っている。永嶋さんは、先日の儀式の時に見たように、左の手首にこれを持っていた。実原さんは左の二の腕あたりにあるらしい。
2つめの身体的特徴は、『おでこに角状の突起が現れる』ということだ。
実原さんは隠す素振りもなく、はっきりとおでこにその突起が見て取れる。永嶋さんは長い前髪でそれを隠しているようだ。浅沼さんは……あからさまなあのカツラで、突起を隠していた、というわけだ。
「なんなら、皆のおでこを触って回るといいさね。ふじもっちゃんも三上ちゃんも、嫌がることは無いだろうよ」
「ああ……」
そう言われて、昼休みにハノンが俺のおでこを唐突に撫で回したことを思い出す。
「(アイツ、本気で俺のことを鬼人だと疑ってたのか……)」
本当は天使の使徒なんだけどなぁ……。
思わず、左手首にはめられた『絶対運命の枷』を見る。
「あ……」
瞬間、背筋にぞっと寒気が走った。
「(針の角度が変わってる……!)」
白い針が、明らかに2分ほど進んだ角度になっていた。
午前に使ったのは確かだが、あれからもうずいぶん時間は過ぎてる。黒い針と白い針が元の位置関係に戻っていてもおかしくないのに……。
「(……何かあったんだ。絶対運命に関わる出来事が……)」
思わずそっと、左手首を押し隠す。
「どうしたのかね、ナツトくん」
視線を上げると、盾冬教授が俺をジッと見据えていた。口元は薄く微笑んでいるが、目付きが真剣だ。
ユリルの方を見ると、永嶋さんや実原さんと、雑草抜きの後始末をしている最中だった。俺の様子に気付いてはいないようだ。
なぜか少しホッとして、胸を撫で下ろす。
教授に隠し立てしたって仕方がない。
俺はそっと教授に近づくと、『絶対運命の枷』を見せた。
「また針が進んだみたいで……」
「ほう、どれどれ? ふむ……」
教授は顎に手を添え、覗きこむようにして『絶対運命の枷』を見る。
「確かに、昨日見せてもらったよりも明らかに進んでいるね」
「はい。……ハノンでしょうか?」
「ふーむ……気付いたのはいつかな?」
「今さっきです。今日の午前に、魔物撃退で使いはしましたけど……」
「そうか、ふむ」
盾冬教授はどっかりと深くベンチに腰をかけると、足を組んで顎をさすり始めた。
「断言はできないが、今日起きた出来事で、何かしら絶対運命達成に関する事があったということだろう。それが何であるか、特定できれば対策も立てやすいが……」
そう言って、深くため息をついた。
「もしも仮に天使の絶対運命が成立した場合……おそらく、ユリルくんの生命は無いだろう。そうなると、ここの住人たちも……」
虚空を見つめ、教授が言い淀む。
「……ユリルが……悪魔が死ぬと、鬼人はどうなるんですか?」
俺の問いかけに、教授は押し黙ったままピクリとも身動ぎしない。
「────悪魔の死は、鬼人の死でもあります」
いつの間にか、雑草を一杯ためたザルを手に、ユリルが教授の側に立っていた。
少し目を伏せ、寂しげな表情に見えた。
「なのでわたしは、この生活が続いているうちに、みなさんを鬼人から解放したいと願っています」
ユリルの言葉に、教授が深く大きく頷いた。
そうか……それがユリルの願いなんだ。この生活を続けている理由でもあるのだろう。
ただ単に、天使の目を逃れて暮らしているだけじゃないんだ。過去の出来事を過ちとして受け止め、それを償うために……。
ユリルらしい、とても優しい思いやりの心だと思わずにはいられない。
他に何か鬼人を隠す方法は無いんですかね?
それとも、そもそも鬼人じゃなくす方法がある?




