(五)鬼人:ハノン対策?
────学校から帰宅後の中庭。
「えっ、天使候補生……?」
花壇の雑草抜きをしていたユリルが、腰を浮かせて振り返った。
その横で同じく雑草抜きをしている永嶋さんが、チラリと怪訝そうな表情で視線を投げかけてくる。噴水の向こうで花壇をじっくり観察して回っていた老婆の実原さんも、眼光鋭くこちらに視線を向けていた。
「今日、ゼノリス入隊式の時に一緒に紹介されたんだ。『悪魔抹殺という大事な任を受けて、派遣されました』って」
「そうですか……」
「ユリル、全然、気づいてなかったよね?」
ユリルは少し寂しげに目を伏せると、ゆっくりと首を横に振った。
「……そうですね。あ、猫耳可愛い、って思ったぐらいで。肩に小さな青いタヌキもいましたよね。あれって精霊でしょうか? コロコロとよく動いてて、とても可愛いコンビだな、って思いました」
そう言って、ユリルは「ふふふ」と笑った。
いや、確かにハノンは可愛いし、天使候補生だって気づくわけも無いだろうけどさ……。それにしても、なんでそんなに楽しそうに微笑むことができるんだろう?
相変わらず、ユリルはどこか豪胆というか、肝が座っているというか……。
しかしハムスター精霊のロッキーは、ユリルに『小さいタヌキ』って思われてると知ったら、きっとガッカリするだろうな。
「ほう、それで? 二人が────天使候補生と悪魔が出会ってしまった時は、どんな感じだったかね?」
噴水脇に置かれたベンチに腰掛け、ユリルたちの作業姿を見守っていた教授がいたずらっぽい表情で問いかけてくる。
ユリルはつと、考えを巡らせるように視線を彷徨わせる。ほんの少しして、肩をすくめて小さく首を振った。
「……挨拶をした時に、スマホで写真を撮られたぐらいで、他は特に何も。すぐに笑顔になって、わたしのところへ駆け寄ってきましたね。トコトコトコ、って」
あの時の事を思い出した様子のユリルが、また笑顔になる。
「とても丁寧な挨拶をしてくれて、人懐っこい感じでわたしに抱きついてきて……あ、わたしのこと、とてもいい匂いがするって。ね、ナツトくん」
にこやかに俺に同意を求めてくるユリル。なんて、いい笑顔をするんだか……。よほどハノンの事を気に入ってるとしか思えない。
思わずおでこを抑えながら苦笑を浮かべると、俺は「うんうん」と頷いた。
「抱きついていい匂い? ほう、それは意味深な……」
そう言うと、盾冬教授は丸眼鏡をキランと光らせて顎をさすった。
いやいや、そういうことじゃないと思いますよ、盾冬教授。
「わたしなのか、匂いなのか、とても気に入ってくれたみたいで……」
「すぐに『わたくしのおともだちです!』って言ってたよね」
「はい、そうでした。とても明るくて純粋そうな女の子でしたね」
「はっはっはっ、これは面白くなってきたな」
ハノンのことを語るユリルはとても楽しげだ。ハノンの事を気に入ったのはいいんだけど、天使候補生と悪魔が仲良くなって、大丈夫なんだろうか……?
いやあ、さっぱり展開が読めない。
「笑い事じゃないですよ。おまけにユリルなんて、ハノンに『屋敷に遊びに来ませんか?』とか言っちゃって……」
「あ、そうでした……」
「その横で俺が凄い顔してたと思うんだけど、理由がわかってくれたかな?」
「先に教えてくれれば良かったのに」
「無茶言わないでよ……そんな暇、これっぽっちも無かったし」
「うふふ、わかってます」
ユリルなりの意地悪だったのだろうか? ニコニコ顔のまま、小さく肩をすくめてみせる仕草がやけに可愛かった。
「ハノンが『これからお屋敷に行きますですの!』なんて言い出さないかと、ヒヤヒヤだったよ」
「ふ〜む、そうなったらただ事では済まなかっただろうな。非常に残念だ」
「いやいや……」
ユリルと盾冬教授の落ち着きぶりを見ていると、一人で困惑してる俺が馬鹿みたいだ……。決して、状況が良い方向に向かっているとは思えないのに。
……まあ、いいけどさ。
そんな二人に、昼休みでのハノンとのやりとりのことを話す。
ハノンがスマホでグァルディオール反応マイナスの人物──悪魔もしくは鬼人──を探していること、そして俺を鬼人ではないかと疑っていること。
それと、どうやら埜之平高校に生徒として通学してきそうだということ。俺と同じクラスで、俺の後ろに席が設置されたことも。
「スマホで悪魔か鬼人を……そうですか……」
ユリルがそっと目を伏せる。
「鬼人あるところ悪魔あり、か。ふむ、なるほどな」
「ユリルも撮られていたけど、大丈夫かな?」
「グァルディオール反応を調べるだけなら、わたしは大丈夫だと思います。グァルディオール反応は標準プラスですから」
「その件は、以前にも話した気がするね」
まあ、そうなんだけど。
もしかすると、ハノンが隠し事をしてる可能性も……いや、無いか。
ハノンはウソがつけないというか、隠し事が上手く出来るタイプじゃなさそうだ。
それにあのスマホの機能は、俺自身、昼休みに確認済みだ。ハノンもユリルを撮った時、特に怪しむような素振りを見せなかったし、たぶん、問題ないだろう。
「ともかくは、天使候補生も悪魔も、お互いに見た目だけではそれと判断できない、ということがはっきりと証明されたわけだ。天使はそれがわかっているからこそ、道具を用いてでも悪魔を探し出そうとしているということだろうね。なぜそのようになっているかは、フフ……」
教授が眼鏡をクイと上げながら苦笑する。
「────いたずらな神様の思し召しとしか言い様がないな」
たしかに。この世界の神様は、事を複雑にしたくて仕方がなさそうだ。きっと今もゲス顔のドヤ顔で……。
「ひとまず、ユリルくんは心配無さそうだが……」
教授が実原さんと永嶋さんの方を見る。
「万が一に備えて、ここの住人のために、何か手を考えておく必要がありそうだね。ハノンくんが埜之平高校に通う分には問題ないだろうが、ユリルくんとの仲が深まるようであれば……」
鼻息をつきながら、教授が肩をすくめてみせる。
「────たしかにここへ遊びに来ることも、あり得そうだ」
そう言って、口角の端を上げてニヤリと笑った。
……何か企んでそうなすごい笑顔だ。このピンチを、心の底から楽しんでるみたいな……。
それはともかく、ハノンならいつかきっと来るだろう。しかも、一人じゃなくて、ゼノリスのみんなを引き連れて……。そんなことになったら……。
「(……想像したくもないな)」
思わず、こめかみに手を当て、小さく頭を振る。
「ごめんなさい、わたしが未熟なばっかりに、みなさんを危険な状況に巻き込んでしまって……」
ユリルが眉を潜めて、申し訳無さそうな表情で永嶋さんを見る。
「……気に病むことはありませんよ、ユリルちゃん。私たちが強く望んだゆえの現状なのでございますから」
「ええ、でも……もっと抑制を促すべきでした。鬼人にさえならずにいれば、みなさんが天使や天使候補生の目を気にすることも無かったのに……」
「仕方ありゃせんよ。あの時は皆が皆、悪魔術で願いが叶うことに浮かれておったのだから」
「ユリルちゃんがいなければ、私たちはもうこの世にいなかったでしょう。ご自分を責めるのはおよしください」
「悪魔の性と、人間の性。それが引き寄せ合うように相まみえた結果じゃないかねぇ」
実原さんも永嶋さんも、『真舟ユリル』が悪魔に魂を捧げる前からの知り合いだそうだ。当時は皆一様に、貧困や難病に喘いでいたらしい。
そして『真舟ユリル』が悪魔ユリルに魂を捧げたのを機に、ここの地下室で魔法を使うようになり、皆で鬼人化していったそうだ。
『真舟ユリル』は幼い頃から気遣いのできる子だったらしく、それが今の悪魔ユリルの性格にも反映され、こうした人望を集める結果になっているようだ。
「あたしゃ、これまでの道のりと今の生活に満足しとるよ。自分で選んだ生き方だからねぇ。だからこの先に何が起ころうとも後悔などせんよ。永さんもそうだろう?」
「はい、もちろんでございます」
二人の言葉に、ユリルは小さく首を振ると、そっと視線を落とした。
◆
「あ、そういえば」
ハノンのスマホといえば、ひとつ思い出したことがあった。
「『プラントオーラ』って言ってましたけど、植物にはグァルディオール反応をローヤルに誤魔化す機能を持つものがあるって。それって、何か使えませんかね? 鬼人のみんながそうとバレないようにするのに」
俺の言葉に、盾冬教授が「ははは」と笑った。
「まあこの中庭が、まさしくそれでね」
そう言って、両腕を広げて中庭を指し示してみせる。
「……え? あ……ああ、そ、そうなんですか」
教授が言うには、この中庭にはプラントオーラの機能を持つ樹木や植物が植えてあるとのことだった。ただしその目的は、鬼人を隠すためというよりも、この中庭の真下にある『儀式の間』で悪魔術を使っても、外部にバレないようにするためらしい。
もちろん、いざとなればみんなで地下室に隠れるためでもあるようだ。建物の中に踏み込んで来られない限り、鬼人や悪魔術による混沌反応やグァルディオール反応マイナスが外部に気づかれることはない、といったわけだ。
「植物であればどの種でも良い、というわけではないがね。ここに植えてあるイヌツゲは、『プラントオーラ』を発する樹木の代表格さ」
さすがに盾冬教授、利用できるものはすでに利用しているということか。
思わず、頭を掻いてしまう。
「ガーデニングによく使われる樹木だし、違和感も無いだろう? 面白いものさ」
「ホントですね。……あの公園の低木も、同じイヌツゲかな?」
「はい、そうですよ」
「ってことは、やっぱり、ユリルはあそこに隠れれば、魔物から隠れれると?」
「そうです。学校の中庭にもたくさん植えてありますよね」
「ああ、そっかそっか。そうだった」
やはりそういうことか。いろいろ合点がいった。
「まあ、プラントオーラは鬼人を隠すにも、有効な手段のひとつではあるだろうね。というわけで、ハノンくんが遊びに来た折には、実原さんや永嶋くんにプラントオーラの効果を持つ草木を纏ってもらうかね?」
「よしておくれよ。余計に怪しいさね」
「おや、お似合いだと思いますが? ツタを纏い、そこに花を散りばめてみてはいかがかな?」
「それは面白そうでございますね……」
「やめておくれよ、永さん。富士夫が調子に乗っちまうよ!」
「では、植木を鉢ごとずっと背負って歩くというのは……」
「無茶を言うんじゃないよ! それ以上軽口叩いたら、紅茶にトリカブトの根を混ぜてやるからね!」
「おやおや、それはいつもの事では?」
「……あたしゃ、やる時ゃホントにやるよ?」
実原さんの目が鋭い光を帯びる。
盾冬教授は「おお怖い」といった表情で、降参とばかりに胸のあたりで両手をあげた。
「ハハハッ、まあ冗談はともかく……鬼人とバレないようにするために、プラントオーラを発する草木をそのまま利用する、というのはなかなか難しいだろうね。それならば地下室に隠れておく方が無難そうだ」
「そうですね……」
「一応、精霊魔術にも『プラントオーラ』の魔術はあるがね」
教授はクイッと丸眼鏡を押し上げると、ピッと指を立てて微笑んだ。
「あ、そうなんですか? じゃあ、それを使えば……」
「ナツトくんの力があれば可能だろう」
教授の言葉に「ハッ」となって、思わずガックリする。
そうだ……精霊魔術は誰でも自由に使えるってわけじゃない。この屋敷の中の人間では、俺ぐらいだろう。しかも絶対運命の枷を起動して……。
ドッと疲れが押し寄せてきた気がして思わず溜め息が出る。
「大丈夫ですか、ナツトくん?」
「ああ、まあ、大丈夫。すごい今、ガッカリしたけど」
「まあ仕方ないさ。簡単に上手く行くなら、誰でもそうするだろう」
「確かに、そうですね……」
それによく考えれば、普通の人があのスマホで青に写るところを、プラントオーラで緑に写ってしまったら、それはそれで変だろう……。草木に隠れてて誤魔化すならまだしも、なあ……。
腰に手を当て、天を仰ぎ見るしかなかった。
今回から「(五)鬼人」に突入しました。
ハノンが盾冬邸にやってきちゃったりしたら、どーすんですかね?




