(四)天使候補生:スマホの写真
「ちょっと見せてもらっていい?」
「構いませんの。先ほど撮ったものをご覧にいれます」
俺の言葉に、ハノンが俺にピッタリ寄り添うようにベンチに腰を下ろした。
密着する太ももや二の腕あたりが温かい。さらに洗剤かシャンプーか、フワッといい匂いが鼻をくすぐる。
ハノンは密着しているのを気にする様子もなく、少し前屈みになってスマホの写真履歴をめくっている。
チラッと横を覗き見ると、前屈みの胸の、服の隙間あたりから……。
えっと……見えてるんじゃないか?
わずかな胸の膨らみの上で淡く色づく幼さの残る突起。
……って、し、下着、つけてないのか……!?
「これですの」
不意にハノンが顔を見上げる。ドキッとして、思わず顔を逸らせてしまった。
「なぜ顔を背けるんです? ちゃんと見てくださいなのです!」
た、たしかにもっとじっくり見ていたかったが!……じゃなくて!!!!
「ご、ごめん! は、ハエが……」
「言い訳は聞きませんですの!」
ハノンが俺の目の上にスマホを押し付けてくる。
「わかった、わかったから! 見えないって!」
「あなたが見たいとおっしゃるから、見せて差し上げようと思いましたのに……!」
「(……見たい、って言ったらそちらも全部、見せていただけるんでしょうか……!?)」
……違う! そうじゃない! そんなゲスな考えはダメだダメだダメだダメだダメだ! どこのセクハラ中年オヤジだよ!
「待ってくれ! とにかくちょっと、離れて!」
スマホを持つ手を押しのけると、ハノンが不貞腐れたように頬を膨らませて顔を背ける。
「いたいけな女子を乱暴に扱うなんて、ホントに酷い人ですの……」
……いやあ、待ってくれ。一度思い込むと、他のことが見えなくなっちゃうのかな……? あれ? そんなヤツがもう一人身近にいたような……。軽いデジャヴは置いといて……。
ハノンの足元で、ロッキーが怒ったように「キキッ」と鳴いてピョンピョン飛び跳ねている。
「悪かったよ、ホントにごめんね」
出来る限り心をこめて、ペコリと頭を下げる。するとハノンは、黙ってスマホを差し出した。
その画面には、授業終了直後の教室が写し出されているようだった。
ドキドキと、変に心臓が動悸する。教室の一番後ろの席の人影──つまり、俺は……。
「……青色、だよね?」
「はいですの……」
思わずホッと胸を撫で下ろす。周りの生徒に比べて、色の濃さが少し薄いようだけど、確かに青色だ。変なところはどこにもない。
「うん、どっからどう見ても青色だね。鬼人だったら赤に写るんだっけ?」
「鬼人なら、混沌創や『緋色の逆十字』が浮き出ているはずですから、そこだけ赤に写し出されるはずですの」
「なるほどね〜」
大丈夫だ、怪しまれる要素は一つもない、って安心感で心が浮き立つようだ。
「とりあえず、俺は鬼人じゃないってことだから、ハノンも変に怪しまないでくれよな。ゼノリスのチームメイトなんだし」
「わたくしはまだ、あなたが鬼人ではないと認めたわけではありません」
ハノンがツンと澄ましてプイッと顔を背ける。
「へ? なんでさ」
「怪しいからですの」
……何を証拠に……。
「スマホでも青色だし、疑いようが無いと思うんだけど?」
「わたくしは騙されませんですの」
暖簾に腕押しだ。
ハノンの思い込みはある意味正解だが、絶対運命の枷を上手く使えば、このままバレないでいられるだろう。
◆
「ねえ、そのスマホ、ちょっと貸してもらっても良い?」
「……何をするおつもりですの?」
「いや、なんとなく。その辺を写してみたくて」
ハノンがスマホを胸あたりに抱きしめて、俺をジト目で睨みつける。
「ちゃんと返すよ。心配しないで」
「……壊したら謝罪と賠償を請求しますですの」
「ものすご〜〜〜く丁寧に扱うってば」
俺の返事に、ハノンは渋々といった様子でスマホを手渡してくれた。
早速、ベンチから腰を上げてあたりにカメラを向けてみる。画面には、普通のカラー映像が映し出されていた。
「ポチッとな」
おもむろにシャッターボタンをタップしてみる。パシャリ、と音がして、画面が青色のモノクロ画面に切り替わる。
画面上部には保存するかどうかのメッセージとボタンが表示されていた。
「へえ、これは面白いな」
俺はデータを保存せず、何枚か辺りを撮ってみた。
「……あれ?」
ベンチが並ぶ向こう、中庭の低木の植え込みを撮った時だった。
「木が緑色だ。それに……」
低木の植え込みのそばにいるはずの生徒の姿が写っていない。まるで低木に同化しているみたいだ。その画像と実際の風景を交互に見比べてみる。
「どうしたんですの?」
いつの間にか俺の横に来ていたハノンが、訝しげな表情で俺の顔を見ている。
「えっとさ、あそこの木を撮ったんだけど、その前にいる生徒が写ってないんだよ。ほら」
ハノンが写真と実際の風景を見比べる。
「ああ、それは仕方無いんですの」
「どうして?」
俺の問いかけに、ハノンがムッとした表情をする。
「……まさか、理由がわからないとか?」
「そんなんじゃありませんですの!」
「じゃあ、なんでさ?」
「草木には時々、『プラントオーラ』と呼ばれるおかしな機能を持つ種類があるのです」
「……『プラントオーラ』?」
「周囲のグァルディオール反応を『グァルディオール反応ローヤル』にぼやかしてしまうんですの」
「へえ、そうなんだ。……なんでそんな機能が?」
顔をしかめるハノンがプイッと顔を横に逸らす。
「学校でも理由を習っていませんですの!」
「ふぅーーん……」
「とにかく、草木は時々、そうやって緑に写ってしまうのです! おわかりですの?」
「うん、よくわかった。ありがとう」
適当に頷く俺の様子に、なぜかハノンは腰に手を当てると、得意げな様子で鼻息を鳴らした。……面白い子だな。
ただひとつ、納得できたことがあった。ミストに巻き込まれた時に、ユリルが低木の茂みに隠れようと言ったのはこのためだろう、ということだ。
そんなことを思っていると、不意にクラシック音楽が鳴り響き始める。昼休み終了の5分前を告げる合図だ。
「おっといけない!」
「なんですの?」
「もうすぐ昼休みが終わっちゃうんだ。教室に戻るよ」
「わかりましたですの」
スマホをハノンに返し、ゴミを片付ける。束の間の休息を惜しみつつ、教室へと向かう流れに乗って、俺たちはその場をあとにした。




