(四)天使候補生:ハノンのスマホ
ホットミルクを半分ほど飲み終えると、ハノンはベンチを立って、辺りにスマホのカメラを向け始めた。
時折、パシャリ、とシャッターを切っては、「おー」とか声を上げながら、自分の撮った写真を見つめている。シャッターを切る前に、お尻の小さなしっぽが素早く揺れる様が、見ていてとても可愛らしい。
ハムスター精霊のロッキーは、ハノンがスマホを向ける先にピョコピョコ走っていっている。微笑ましいぐらいに仲が良さそうだ。
「何をそんなに撮りまくってるの?」
「ナイショですの」
「ナイショねえ……俺たち、同じゼノリスのチームメイトなんだから、隠し事は無しにしない?」
なんて双破タケルのセリフをそのまんま言ってみる。するとハノンは不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「キミからすれば俺は監視対象かもしれないけど、俺もゼノリスにいるんだから、キミが何をしてるかなんて、そのうちわかっちゃうと思わない?」
「そういえば、そうですの……」
大きな耳がピクピクと動いて、尻尾が少し垂れ下がる。もしかして、これは心が動いただろうか?
ていうかやっぱり、俺が強制監視対象なのと関係があるんだな……。悪魔術を使う時とか、気をつけないと……。
「ね? 悪魔や魔物対策で必要な情報だったら、俺にも教えて欲しいな」
思いっ切りがんばった作り笑顔を浮かべてみる。すると、ハノンはゆっくり近づいてきて……なぜか俺の頭を撫で付けた。
「……へ?」
しばらく撫で付けた後、俺の前髪を掻き上げたまま、ピタッと手を止めて顔を寄せてくる。
「む〜〜〜〜〜ぅ……」
納得出来ない、っといった面持ちで小さく唸り声をあげて、俺のおでこを眺め回しているようだ。
「(……近いな……)」
目の前にハノンの鼻と口。吐息が俺の鼻孔をくすぐっている。シナモンロールとミルクの香りがほんのりと漂っている。
薄く色づく唇を見つめていると、なんか、その……妙にドキドキするな。
しばらくして、ハノンが一歩下がって「はあっ」と溜め息をついた。
「な、なんだよ今の?」
「なんでもありませんですの」
「教えてくれたって良いじゃん」
「それより、写真を見たいんじゃありませんの?」
どうするんだ、とばかりにハノンが俺を見下ろしている。うーん、これ以上、へそ曲げられて写真も見れないままだと気になるしな……。
「写真を見せて下さい、ハノン様」
「よろしいですの」
そう言うと、ようやくハノンは手にしていたスマホを差し出してくれた。その画面は……青がメインのモノクロ写真のように見えた。ところどころ、緑色の点が写っている。
「ん……変な写真だね? これって……?」
「グァルディオール反応測定モードで撮影したんですの」
「グァルディオール反応を撮る?」
「青がグァルディオール反応プラスで、マイナスの場合は赤色に写し出されますですの」
「へえ〜……」
そういえば、盾冬教授が「天使はその技術力で作り上げたメカを操る」なんてことを言ってたっけ。このスマホもその一種なのかな?
「この緑色の点で写ってるのは……」
「みなさんの、精霊プリズムなのです」
「ああ、そっか。なるほどね……」
「このモードで探しているのは、マイナスの方、ですの」
「マイナス……それって、どういう人?」
「魔王あるいは悪魔あるいは魔物あるいは鬼人です。特に今は、悪魔か鬼人の方を探しておりますですの」
「鬼人……」
そうか……鬼人もやばいのか。
「ご存知ありませんですの?」
「ん、ああ……えっと……」
どう答えようか戸惑っていると、ハノンは腕を組んで澄まし顔で話し始めた。
「悪魔にそそのかされ『吸血器』で魂を吸い取られてしまった、可哀想な方々のことですの」
「魂を吸い取られた人……? そ、そんなことってあるのか……?」
そんな話は初めて聞いた。あとでユリルと教授に確認しておこう……。
「悪魔は人心を惑わし、『吸血器』で人の身体に混沌創を作り、悪魔の力である悪魔術を使わせるのです。
悪魔術の魅力に囚われた人々は、何度も繰り返し『吸血器』を使い、いつしか悪魔に魂を吸い取られる……。
それがわたくしが学校で習った悪魔の所業です」
「へえ……」
「『人間』という生命体は、欲望を増幅させてしまう特徴があります。一度、その欲望が満たされると、それに満足すること無くさらに大きな欲望を叶えようと躍起になるのです」
……うんまあ、そういうところはあるかもしれない。頭上の混沌にそそのかされる感じもあるしな……。
「もちろんその性質は、この世界にさらなる発展をもたらす上昇思考の源泉でもあるので、致し方ない面もあります。
そこで必要なのは、上昇と抑制のバランス。
行き過ぎた欲望は同時に不幸の種を撒き散らすものと、己を戒めることが大切なのです。
本来、人間は、そのバランスを持ち得ているはずなのですが……」
「何かのきっかけで暴走しちゃうこともある……?」
「そうです。悪魔はそれを利用するのです。暴走するきっかけを与えられ、悪魔の罠に陥り、悪魔術に触れた人間は……」
ハノンが眉根をひそめて、どこか悲しげな表情になる。
「魂を吸い取られて自我を失い、そして鬼人となるのです。ひとたび鬼人に堕ちれば、悪魔の思うがまま……鬼人で溢れた世界は、秩序も法則も崩壊し、やがて跡形もなく混沌の闇に飲まれる運命を辿るのです」
胸の前で手を組んで、ハノンが祈るように目を閉じる。
「わたくしの目指す天使は、そのような崩壊が起きないよう、法則と世界を守る役目を負っているのです。とても大事な任務なのです」
……普通に考えれば、誰だってハノンの言葉を信用するだろう。現に、魔物や悪魔がこの世界に破壊をもたらす事件は起きている。
しかも、悪魔が人を『鬼人』に変えて、意のままに操ると言われれば……。誰だって、悪魔のことを警戒するはずだ。
「わたくしの直感ですが────あなたは鬼人なのではないですか?」
唐突なハノンの言葉に、ドキッとする。悪魔術、結構使っちゃってるからな……。
まあ実際は、鬼人どころか、天使の使徒なんだが……。
そのことをこの子にバラすわけにもいかないだろう。
なぜ天使の使徒になったのか? そのことを話さなきゃならなくなる。
そうなれば、必然的に、ユリルのことも……。
今はまだ、ちょっとそういう気になれない。
「……そのスマホで俺を写したでしょ? だったら違うってわかると思うけど」
俺の言葉にキッとハノンが眉根を寄せる。
……ま、まさか、違うとか!? そんなはずは……。




