(四)天使候補生:昼のひととき
人ごみってのは、外から見ると、ギッチリとして隙間も無いように見える。でも、近づいてみれば、人と人との間にはちゃんと隙間があって、その中を縫うように進むことは可能だ。
「ちょっとごめんねー」
時々、他人の背中を押しながら、パンの販売コーナーへとたどり着く。
商品棚からはすでにほとんどのパンが姿を消していた。残っているものといえば、ジャムパン・クリームパン・メロンパン・あんパンなど、昼食には不人気の甘いもの系だ。
ハンバーガー系やホットドッグ系、サンドイッチ系、カレーパンや焼きそばパンなど、昼食の定番ものはひとつも見当たらない。どこの高校でも同じなんだな。
「おっと、『きゅうりと卵のサンドイッチ』が1つだけ残ってるじゃないか。それに『昆布のおにぎり』も」
どちらも同系の中ではやや不人気な商品。だが残っているだけでもありがたい。
両方に手を伸ばしたいが、まずはサンドイッチを確保だ……! と思った瞬間、横からサッと奪い去られる。
「(……チッ! 速い!)」
こうなればおにぎり確保……と思ったが、すでにおにぎりも姿を消していた……。
「(……せ、戦場だ!……まさか、ここは精霊魔術の使い手でなければ生き残れない戦場か!?)」
この学校ならその可能性も無くは無いだろう……。
「……ハノン、何か食べたいのある?」
背中のハノンに尋ねると、俺の脇から手を伸ばしてサッと指をさした。
「……シナモンロールね」
他のパンに比べて一回り小さいが、金額設定はほぼ同じ。他のパンたちが次々と姿を消す中、堂々たる威厳を放ち、2列になってその場に鎮座している。
その澄まし顔をお買い上げになるのは、優雅な昼食タイムを終えたあと、人垣の捌けた売店に姿を現すというスイーツ女子たちに他ならない。買い手が必ずいるというその圧倒的な存在価値が、シナモンロールたちに余裕とくつろぎのスペースを与えているようだ。
「バナナサンドで良いじゃん。安くてデカイしコストパフォーマンス最高だぞ?」
「イヤですの!」
即答かよ……。
◆
バナナサンドとあんパン、それにシナモンロールを買ったあと、外の自販機前にしつらえてあるベンチに腰を下ろした。テーブルが無いせいか、そこは不人気スペースらしい。
シナモンロールを手渡すと、ハノンは早速、ニコニコ顔で頬張り始める。やはり、お腹が空いていたようだ。
青毛の小動物は、ハノンのすぐ横で、周りを威嚇するかのように四足を踏ん張り、キョロキョロしている。結構、騎士気質なヤツなのかもしれない。
「何か飲み物は?」
「ホットミルクをご所望ですの!」
……うん、色んな意味でピッタリだ。大きくなるんだぞ。
「ホットミルク、ここに置いておくよ。ぶつかってこぼさないように気を付けてくれよ」
「はいですの!」
口の端にシロップをつけながら、ハノンが元気よく答える。食事の時は素直なようだ。俺はコーヒーを片手にバナナサンドを頬張る。
「(……うーん、甘い。もうちょっと待って、学食の『たぬきうどん』にでもした方が良かったかな……)」
まあ、今となっては後の祭りだ。
「ごちそうさまですの!」
いつの間にか、ハノンがシナモンロールをペロッと平らげていた。
「口、拭きなよ」
ハンカチを差し出すと、その端っこで拭き拭きし始める。
「あ……」
「どうした?」
「このハンカチ、とても良い匂いがしますです……」
「ああ、ユリルが毎日、洗濯してくれるからね」
「……ユリル?」
「あ……と、俺の家の人ね」
「そうですか」
ハノンは耳をピクピク動かして、ハンカチをジッと見つめる。
「……もういいかな?」
「はいですの」
ハンカチを手放すと、ハノンはホットミルクをすすりはじめた。
「どう? お口に合ったかな?」
「甘くてとても美味しかったですの!」
「そっか、そりゃ良かった。……あんパンも食べる?」
「遠慮しておきますですの」
と言って、プイと横を向くハノン。……そこは頑なに拒否するんだな。わかりやすいが、いろいろ把握するまでは大変そうだ。
「ところで、ソイツの名前は?」
「ソイツ?」
「その、青くてちっちゃいタヌキみたいな動物。精霊だよね?」
「タヌキじゃありません! ハムスター精霊のロッキーくんですの」
……ハムスターだと……? いや、どう見ても青いタヌキだが……。
俺の視線に気づいたか、ロッキーくんが俺を見上げて「モキュッ」と鳴いた。
「属性は?」
「もちろん、水と風ですの」
いや、もちろんって意味がわからない……。水だけなら青色だから、って理由もありそうだけど。
「水と風だけ?」
俺の言葉に、ハノンがキッと睨んでくる。
「水と風の精霊魔術を侮ってますの? 解毒、回復、防御、帆船操作術など、人にやさしい魔術で溢れてますですの!」
「そうなんだ? ごめんごめん」
「しかもハムスター精霊のロッキーくんは、雷属性も勉強中の超優秀精霊さんですの」
「モッキュキュ」
水、風、雷……とりあえず、台風の神様ってとこなのかな?
「固有精霊でも属性増やせるんだっけ?」
「ロッキーくんは超優秀さんなので不可能を可能にしてしまいますですの」
「……使えるようになるといいね」
「モキュ、モキュ」
ロッキーくんが、得意気な様子でクルリと回って立ち上がってみせる。
精霊プリズムでいい気もするが、どことなく可愛いし、まあ、いいのかな。
昼の陽光の下、ちょっとだけハノンと普通の世間話が出来たし、警戒心を解いてくれるといいなぁ。




