(四)天使候補生:学食へ
「(……ユリルと引き合わせない方が良いかな?)」
なんとなく、そう感じる。なんせ、本物の天使候補生だ。
ユリルが悪魔だとすぐにバレる事はないだろうけど、何か悪い事態を引き起こすきっかけになるかもしれない。もうちょっとこの子の事を知ってからの方が安全だろう。
そう考えると、今日は……食堂でも行くかな? 弁当も持ってないことだし。
「こんな場所だとなんだから、一緒に昼でも食べに行かない?」
「わ、わたくしの事は気にしていただかなくても結構ですの! どうぞご自由に行動してくださいなのです!」
ハノンは頬を膨らませて、プイと視線を逸らす。頭の上の小動物が「キキッ」と鳴いて俺を見つめていた。
「……そもそも一緒に行動したら、監視の意味がありませんですの……!」
聞こえてるよ……。
純粋すぎるというか、ちょっとそそっかしいのかな?
「……なんなら、この学校の案内でもしようかと思って」
「ですから! その必要はありませんですの!」
「まあまあ、そんなに意固地にならなくても良いじゃん」
「意固地になんかなってませんですの! お仕事中ですからお断り差し上げてるんです!」
頬を膨らませたまま、ハノンが俺をキッとばかりに睨みつける。
「仕事中じゃなきゃ良いのかな……?」
「あまりしつこいと、人を呼びますですの!」
ミストの時と同じで、これ以上は聞く耳持たない、といった表情だ。困ったな……。
「ヒューヒュー、ナンパか? 日向〜」
「どうみてもナンパだろ!」
「おい、ここは学校だぞ! 聖なる学び舎だ!」
「さては日向にとって、性なる学び屋だな!」
ったく、反対の戸口からこちらを覗き見てる奴らが……。人は周りに溢れてるよ。変なヤツらばかりだけど。
とにかく、このままだと埒があかない。ナンパしようってわけでもないし、これなら放っておく方が良いのかな?
「じゃあ、俺は行くね」
と言い残して、俺は階段の方へと向かって歩き出す。少し行った所で後ろを振り返って見ると、ハノンが少し距離を置きながら、スマホを構えた格好でついて来ていた。
「なんでついて来るの?」
「つ、ついて行ってなんかいませんですの!」
「そう? 気のせいかな?」
「そ、そうです! 気のせいです! たまたま向かう方向が同じだっただけですの!」
……いやまあ、明らかについて来てるよな。
俺は溜め息をひとつつくと、階段を下へと向かうことにした。
◆
校舎脇に建つ学生食堂は、生徒たちの姿で溢れていた。パンの販売コーナーは未だに人垣で埋め尽くされ、生徒たちがパンを奪い合っている。
食堂の中も、順番待ちの生徒が長蛇の列を作っていた。そして、生徒と同じ数だけ精霊プリズムが寄り添って、時折、キラリと太陽光を反射して煌めいている。
「(……これじゃあ、おちおち昼食も食べられないな)」
双破はもうパンを買っただろうか? あいつ、家柄は良いのにいつもパンなんだよな……。
などと考えていると、背中に誰かがドンとぶつかってきた。
「はう……!」
振り返ると、鼻を押さえて尻餅をついているハノンがいた。大きな耳がペタンと横を向いている。
その足元を、青毛の小動物がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。
「なーにやってんだよ……」
「ひ、人ごみがすごくて、ビックリしたんですの……」
「ふ〜ん。ハノンが住んでたとこって、こんなに人はいなかったの?」
「はいですの……草原の真ん中にそびえ立つ円塔の学校で、とても静かで落ち着きのある場所なんですの」
「へえ〜。それより、スマホ、落としてるよ」
身をかがめてスマホを拾い上げ、ハノンに差し出す。と……。
「き、気軽に触らないで欲しいんですの!」
急に思い出したかのように立ち上がると、サッとばかりに俺の手からスマホを奪い取る。
「あなたはきっと、ものすごい悪い人です! わたくしは騙されませんですの!」
俺を指差しながら、キッと睨みつけて言い放つ。周囲の生徒が何事かと、俺たちの方を見つめていた。
……なんて最悪な一コマだ……。
「……まあ、好きにしなよ」
そう言って俺は踵を返すと、食堂の方へと歩き始める。
「ま、待ちなさいですの!」
「ん、なに?」
「人ごみに紛れようというのですね! わたくしを迷子にさせる作戦ですの?」
……何を言ってるんだか……。
「わたくしもついて行きなさいですの!」
……やれやれ。なんだか妙に疲れるんだが、気のせいだろうか?
「パンでも買って、その辺のベンチで食べようってだけだよ。ついて来るなら来なよ」
すると、ハノンは俺の背中にピトッと張り付いてきた。制服の後ろをギュッと握られる。
「それ、歩きにくくないか?」
「良いから行きなさいですの!」
……まさか人ごみが怖いんじゃないだろうか? まあいいけど……。
俺は背中にハノンをくっつけたまま、人ごみの中へと歩を進めた。




