(四)天才躍動:昼休み
────午前の授業が終わって昼休み。
屋敷で手渡された弁当包みを手にした状態で、俺は再び双破タケルに捕まっていた。
「今度は何だよ?」
「何って、昼食さ」
「昼飯って……双破と一緒に食べるってこと?」
「良いだろう? 僕らは『友だち』なんだし」
今日出会ったばかりで早速、友だちか。まあ、悪いことじゃないが、双破タケルの積極さは、さすがにちょっとむず痒い。
「ほらここさ」
双破タケルに連れて来られたのは、校舎の屋上だった。この埜之平高校ではいつも開放されているらしく、パラソル付きのベンチがいくつも設置されている。すでに多くの生徒たちがめいめいに昼食を楽しんでいた。
「ユリルちゃん!」
双破タケルが手を振る先、フェンス際にユリルの姿があった。
「ね、良いところを教えてあげたと思わないかい?」
俺に向かって双破タケルがウインクをする。なんというか、お節介なのか善からぬ企みがあるのか、読めないヤツだ。
「また町並みを眺めているのかい? 飽きないね、ユリルちゃんも」
フェンスの向こう、整然とした町並みが山裾まで広がっている。新緑が日に日に色濃くなっていく山肌から、風が優しく吹き抜けて、ユリルの髪をそっと掻き上げた。
「ここから見える景色が好きなの」
そう言って、ユリルがこっちを向いて微笑んだ。
「ナツトくんも一緒に来たのね」
「むしろ、日向くんを連れて来ないなんておかしいでしょ?」
「うふふふ、双破先輩はさすがです」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます、姫」
恭しくお辞儀をすると、「パン買ってくるね」と言って双破タケルは駆け出していった。
「忙しい人……。でも、面白いよね」
「そうかもね。よっと」
俺はすぐ近くのベンチに腰掛けると、一息ついた。横には、ユリルの弁当箱が包みに入ったまま置かれている。
「悪いヤツじゃなさそうだけど、なんていうか……食えないヤツ?」
「男子の間では、そう言ってる人もいるかも。でも……」
「女子には大人気?」
「そうそう」
「だろうな〜。そういう感じがするよ」
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、家柄も良く、おまけに将来有望な精霊魔術の天才とくれば、世の中の女子たちが放っておくはずもない。
「告白する女の子は後を絶たない、って。でもね、みんな、長続きしないみたい……とてもいい人なのに」
いやいや……。あの性格じゃ相手する女の子も相当疲れるはずだ。
「ところでユリルってさ、1年生?」
「はい、そうですよ」
「1こ下かあ……最初に会った時、そんな風には思えなかったけど」
「年上の大人の女性だと思いました?」
「ん? 大人の女性……?」
ちょっと顔をしかめてみせると、ユリルは「おや?」とばかりに目を見開いて小首を傾げたが、すぐに胸を張って目を閉じツンと澄ました表情をする。
「こう見えて、お淑やかな大人の女性なんですよ」
ユリルなりのユーモアだろうか? 「ははは、そうかも」と笑ってみせると、ユリルは微笑んで、フェンスの外へと視線を戻した。
「こう見えて」ってのがウケるが、どちらかというと身体的には……いろいろ大人な部分が多いよな……。
吹き抜ける風にユリルのスカートがはためく。スカートの裾をそっと後ろ手に抑えるユリルだが、かえってその形の良いお尻のラインが浮き彫りに……。スカートの裾からのぞく太股の白さに、何か心の底からグッと突き上げてくる感覚を覚えた。
「(これは……ヤバイ……)」
思わず視線を逸らせてしまう。きっと、耳まで赤くなってるな、これ。
何か話題を振って、意識を変えよう。そう思って、頭を巡らす。
「……あ、そういえばさ。ゼノリスの二人、ここの生徒なんだね」
「え?」
俺の言葉に、ユリルがちょっと驚いた表情で振り返る。
「えっと……副会長の人と、矢茨カズマってヤツ」
「そうでしたか……」
「ユリル、知らなかったの?」
「……あ、いえ。この埜之平高校理事長の孫娘にして生徒会副会長の『埜之平コトネ』さんは有名人ですから、知っていますよ」
……理事長の孫娘って……もしかしてあの副会長って、お嬢様なのか……?
「矢茨カズマは? 金髪でさ、見るからに悪そうなヤツなんだけど」
ユリルが横に首を振る。
「双破は知り合いみたいだったな。あまり仲は良くなさそうだったけど」
「教えてくれてありがとうございます。今度から気をつけます」
「よく今までバレずにいられたね」
「それは……おとなしくしてますから、目立たないように」
確か昨日、この12年は上手く天使の目を逃れてきてた、とか言ってたっけ。外で悪魔術を使いさえしなければ、他の人間と変わらず日常生活を送れるんだな……。
「……精霊魔術とか、どうしてるの? ここ、埜之平高校って、精霊魔術の有名校みたいだけど」
「あ、それは……」
ユリルの表情が少し困ったようになる。
「わたしが使えるのは今のところちょっとした幻影だけなので、実践の授業にはついていけてないです。盾冬教授の推薦、ということで入学できたんですけど……」
「じゃあ、逆に面倒なところに入っちゃったね、それは」
「そうですね……たしかに、使えない人の方が多いところに入学した方が良かったかもしれません」
ユリルが苦笑する。盾冬教授も人が悪いな〜、なんてことを思ってしまう。それとも他に、この埜之平高校に入学する理由があってのことなのだろうか?
「そういえば、ナツトくん」
「ん、なに?」
「わたしが呼び出した『盟約の血切り』はどうしました? 今更ですけど、ちょっと気になって」
……たしかにそういえば。ユリルに突き刺されたはずの『盟約の血切り』は、矢茨カズマに蹴り起こされた時にはもう無くなっていた。
その事をユリルに告げる。
「いったい誰が……あ」
ユリルが何かを思い出したような声をあげる。
「あの時、女の人がナツトくんに駆け寄って……」
ユリルが言いかけたその時。
突然、俺の足元をフワーッと白い靄が吹き抜けた。と同時に、周囲の生徒たちの精霊プリズムが赤く点灯して警戒アクションをし始める!
ウワアアアアアアアアアアアアアアアン────。
町一帯に鳴り渡るサイレンの音。
屋上にいる生徒たちは一斉に腰を上げ、辺りは一気に騒然とした雰囲気に包まれた。




