(三)埜之平高校:場違い感
「で、さっきの続きだよ、日向くん」
「は?」
4時間目、理科実験室に移動して『精霊魔術実践』の授業。同じ席についた双破タケルが、鬼気迫る顔でそう切り出してきた。
「僕も、ユリルちゃんと一つ屋根の下で暮らしたいんだ! わかるだろ?」
「そっちのことか……」
「当たり前じゃないか。なんのことだと思ったんだい?」
「てっきり、矢茨カズマとの対決の続きを俺とやろう、ってことかと」
「そんなわけないじゃないか。なんでそうなるんだい? キミは変わった人だね」
その言葉、そっくりそのまま返してやりたいぜ……。ていうか、双破はユリルが悪魔だってこと、知ってるのだろうか?
「どうやったんだ!? いや、どうすればそんなうらやましい状況になれるんだい? 魔法か? コネか? 権力……はキミにはなさそうだな」
うるさいな……。適当に答えておこう。
「運命ってやつだろうな」
「う、運命……!? なんて理不尽な響きなんだ……」
言いながら、双破タケルが頭をくしゃくしゃに掻きむしる。端正な顔立ちして、どこかバカっぽいというか子供っぽいというか……。
「僕は運命なんて言葉、大っ嫌いさ。だって、決まりきったレールの上を強制的に歩かされているようなものだもの……」
そんなことをブツブツ呟き始める。その様子に、同じ席のクラスメートが苦笑していた。
「コイツ、時々、こうだから」
「しばらくほっとくとケロッとするから、大丈夫」
「ちょっと面倒臭いヤツ、ってこと?」
「そういうこと」
「はい、説明は以上だ〜。手順分かったら、準備できたところから始めろ〜」
いつの間にか授業が進行している。双破タケルのせいで何も聞いてなかったが、俺たちのグループも精霊魔術の実践を始める様子だ。
精霊魔術は、『物理法則に則って現象を発動する』というのが基本だ。『火水土氷風雷光闇』の8つの属性があり、それぞれの属性に応じた『物理現象』を発動する。
俺たちは、国から配給された『精霊プリズム』と一対一の契約を行なっている。契約といっても、専用端末に指紋認証と虹彩認証をするだけで終わりだが。通称『プリズムマスター』なんて呼び名もついてはいるが、その精霊プリズムに対してどういった魔術を使うかを『お願いする』立場にすぎない。
つまり、俺たちが直接に魔術を使うわけではなく、精霊にそれを代行してもらう、って仕組みなわけ。
精霊の多くは、1つか2つ程度の属性を持つと言われている。だが、この精霊プリズムにはすべての属性が備わっている。教育用途からゼノリスの戦闘用途まで幅広く利用するために、すべての属性を持たせることを最優先として開発されたらしい。汎用型どころか、万能と言っても良いかもしれない。
俺がボヤッとしている目の前で、クラスメートたちは次々に精霊魔術を発動させていく。これは……明らかに前の高校とは人種が違う。精霊魔術師の卵たちの集まりだ。
「……みんな、すごいね」
「そりゃあね。ここ、埜之平高校と言えば全国でも指折りの精霊魔術の有名校だよ」
「え、ホントに?」
俺が聞き返すと、同じグループの生徒が一様に、驚いた表情を見せる。彼らが言うには、この埜之平高校は、毎年十数名ほどの上級精霊魔術師を輩出している全国トップクラスの優良高校だそうだ。それゆえに、志望者が殺到する大人気の超難関高でもある。
「俺たちの学年って確か、志望率100倍とかじゃなかったっけ?」
「うげっ、マジかよ……」
俺はそんなすごいところに転入したのか……。
そもそも俺の場合、高校入試なんて自宅近くの入れそうなところを選んだだけだしな……。精霊魔術師になるつもりなんてこれっぽっちもなかったし、どこが有名校だとか調べもしなかった。
「ところで日向くんは、何級?」
「いやいや、一人で魔物を倒しちゃうスーパー精霊魔術師様だぞ。『S級ですよね?』って尋ねるべきだろ」
「あ、そうだったね。ごめんごめん」
精霊魔術師には、『下級精霊魔術師』と『上級精霊魔術師』の認定クラスがある。下級精霊魔術師は初級を始めとしてF級からB級まで。上級精霊魔術師はA級・S級・SS級・SSS級となっている。それを統括・認定するのは国際魔術評議院だ。学校教育で行われている精霊魔術師育成プログラムもすべて、国際魔術評議院が定める方針に沿っている。
「腕前をぜひ見てみたいよね」
みんな、俺のことをキラキラした目で見ている。期待されてる、ああ、期待されてる。なんてことだ……。
「……今のところ『級無し』だよ」
「は?」
「……ウソだよね?」
「精霊魔術師プロフィール、見せてもらえる?」
『精霊魔術師プロフィール』は、国がまとめている個人情報だ。今まで受けてきた試験結果やグァルディオール反応の変遷までつぶさに記録されている。しかもスマホやタブレットからも簡単に閲覧できるようになっている。
別に隠し立てしても仕方ないと思い、タブレットで『精霊魔術師プロフィール』を表示して見せた。
「げげっ! ホントだ……」
「ど、どういうこと????」
「最近になって、急に使えるようになったんだ」
「ホントに?」
「そういうことはたまにあるって話は聞くけど……」
「今日の実践はやれそうかい?」
「それは無理じゃないかな」
俺の言葉に、みんなハテナマークを浮かべている。
「上手く使える時と、まったく使えない時があるんだ」
腕を組んで得意げに言ってみせる。ぶっちゃけ、絶対運命の枷の力を借りないと無理だろう。だとしたら、授業中に使ってなんか居られない。
何かがおかしいって、バレるかもしれないし。
「それは面白いこともあるもんだね」
いつの間にか、落ち込みから復活した様子の双破タケルが、頬杖をついて横目で俺を見ている。口元は笑っているが、視線は冷ややかだ。
「日向くん、僕はキミに興味津々だよ」
そう言うと、双破タケルは目を細めて微笑んだ。
「とりあえずやってみせてくれないか? もしかしたら、ちゃんと実践できるかもしれないし」
「えー……」
気乗りしないこと甚だしい。恥を晒すに決まっている。
「謙遜してるだけなんじゃない?」
「ああ、出力がすごすぎて、俺たちをビビらせたくないだけとか……」
なんてヒソヒソ声も聞こえてくる。そうだったらどんなにカッコイイか……。
今回の実践は、土属性の『重力』を操る魔術だ。振り子運動をしている振り子を「1.止める」「2.重力に逆らって斜めの位置に押し上げる」というものだ。2のとき、「球体を釣っている紐を緩めてはいけない」という条件をクリアできると満点らしい。
運動エネルギーが上手く制御できないと、振り子が台ごと倒れたり、振り子の紐がぐじゃぐじゃになったりするらしい。
「これくらい簡単でしょ。公式で算出すれば、実際のエネルギー量も求められるから、どの程度の加減かすぐにわかるしね」
双破タケルが涼しげに説明してくれる。
まあ俺からすると、数値が算出できるから可能だ、なんてことはこれっぽちも思わないわけだが。むしろ、その辺は適当かつ自由になんないのか、って思うね。魔術なのに必要な段取りが多すぎて、ちっとも便利じゃない。
「じゃあとりあえず……ご期待に添えなくても笑わないでくれよ?」
笑わせようと思って言ったセリフなのに、みんな結構真剣な眼差しで見つめている。ヤバイな、これ……マジでヤバイ。
溜め息を一つつくと、右手の拳をグッと握り、振り子運動を続ける振り子の前にかざす。俺の右肩あたりを浮遊する精霊プリズムを一瞥すると、そっと目を閉じた。
「止めろ」
一言、言葉を発して片目を開ける。……が、振り子はブラブラと運動を続けているままだった。
「それ、本気?」
「100%全力」
「ホントかよ」
「じゃあ120%を見せようか?」
「……いや、いいよ」
席が失笑に包まれる。笑わないでくれって言ったのに……。
「ピクリとも反応してないね、キミのプリズム」
「ああ、今日はご機嫌斜めらしい」
双破タケル以外の生徒は、もう諦め顔だ。出来ないのが不思議らしい。
「精霊プリズムの歌声って、聞いたことは無いかい?」
唐突に、双破タケルが尋ねてくる。
「なに、それ?」
「双破だけだろ、それ言ってんの」
「ふぅん、まあ、いいさ。……術具は、何も持っていないのかい?」
「ああ、使ったことないね。術具って、何でも良いんだっけ?」
「いや、精霊が指し示してくれるものに限るよ」
精霊魔術を使用する時、人それぞれ違った道具を用いる。『悪い魔女』のイメージによく出てくるトカゲの尻尾やカエルの干物など、触媒を前にして精霊に命令する者もいるらしい。あとは魔法陣を描くだとか、それが書かれた護符を使うだとか、古に記された魔術書を携えるだとか、そういった場合もあるようだ。
「成功体験があればそれに拘ることでより技術を高められる、というのが国際魔術評議院の公式見解だからね」
「まあとにかく、今のところ術具は持ってない」
「そうみたいだね……」
そう言うと、双破タケルはおもむろにポケットからネックレスを取り出した。朝、矢茨カズマとの騒動の時にも持ち出したヤツだ。そのネックレスを巻きつけた手をかざすと、瞬時に精霊プリズムが緑の光を放ち始める。
「信、術、解、静止」
つぶやくと、ピタリ、と振り子が斜めの状態で静止した。いきなり、第二段階クリアだ。
「双破はさすがだな」
「いきなりそれやっちゃうかよ」
「僕の場合は、このネックレスと『信、術、解』の言葉がセットなのさ」
かざした手をゆっくりと左右に動かすと、まるで振り子が磁石で吸い寄せられているかのように左右に動く。
「精霊プリズムが配給された時、すぐにこのやり方が閃いたんだ。頭のなかで、パーンとね」
双破タケルの顔のすぐ側で、精霊プリズムが緑の光を放ちながらクルクルと回転している。ふと、その光が綺麗だと思った瞬間、俺の精霊プリズムがすぅ〜っと双破タケルの方へと移動していった。
そして、双破タケルの精霊プリズムのすぐ近くで、同じ緑色の光を放ち始める。
「おっ、精霊共鳴だ」
前の精霊プリズムと一緒で、コイツも勝手に共鳴を……。
「はははっ、共鳴してもらっても、これ以上の効果は期待できないと思うけど」
「じゃ、俺も」
クラスメートの一人が、悪ノリする。双破タケルの精霊プリズムを指さすと、そいつの精霊プリズムも近寄って共鳴し始めた。
「そうだね……仕方ないから少し面白いことをしてみせるよ。信、術、解、逆流」
双破タケルがそう言った瞬間、振り子が吊り下げられていた木製の台が、振り子の紐を軸にしてゆっくりと振り子運動を始める。
「本来、振り子が行うべき運動を、台の方にさせてみたよ。運動エネルギーの逆流さ」
双破タケルは、まるでタクトを振るうように、かざした手を動かし始める。振り子の紐はピーンと真一文字に張られたまま、双破タケルの手の動きに合わせて宙を動く。その動きに連動して、台の振り子運動も大きく振れたり小さく振れたりと変化を見せる。よく出来た大道芸のようだ。
「すごいな……」
俺は思わず、感心せずにはいられなかった。
「信術解、増幅制御。……ちょっと触ってみなよ、日向くん」
双破タケルが、少し目を細めてイタズラっぽい表情を浮かべる。明らかに、何か悪いことが起こるとしか思えないんだが……。
「さあさあ、遠慮せず」
「……お、おう」
どこか度胸試しをされているような気分になる。が、むしろどうなるのか興味があった。
促されるまま、ユラユラ揺れている木製の台に、恐る恐る指先を伸ばしてみる。そして指先が触れた瞬間!
「うわわっ!!」
俺の身体が宙に投げ出され、木製の台の動きに合わせて振り回される。
「ちょ! と、止めてくれ!!!」
「あははははははははは!」
「コラー、貴様ら! 何をやっとるかー!!!」
「ちょっとマジで……! うぎいいいいいいい!」
真剣な空気の漂っていた教室が、にわかに笑いに包まれていた。
変に目立つことは気をつけてるっていうのに……!
ひとまず埜之平高校が精霊魔術師たちの卵の集まりだってのはよくわかった。今後も、精霊魔術師育成プログラムの授業では細心の注意を払う必要がありそうだ……。
双破タケルに良いように振り回されながら、その思いを固く胸に刻んだ。
<第三章(三)埜之平高校 終>
やっぱり学校も火種だらけでしたね……。一体、これからどんな学校生活になるのか!? もっと酷いトラブルに巻き込まれちゃってもイイんだよ?(ゲス顔
次回より新節「第三章(四)天才躍動」です! 天才精霊魔術師の双破タケルが波乱を起こす!?




