(三)埜之平高校:お前もか!?
朝のホームルーム────。
「こちらが今日からこのクラスに転入することになった、日向ナツトくんだ。みんな、『日向夏』だとか『ナット』だとか言ってイジメちゃだめだぞ〜」
俺のあだ名をなぜ知っている……なんてのはさておき、余計な事を言わないでもらいたい。
朝登校してすぐに職員室に行ったのに、担任がまだ来てないという事態にも晒されたし。
来たら来たで特に何の説明もなく、速攻でこのクラスに連れて来られたわけで……。
「日向くんはね、『すごい優秀な精霊魔術師』だそうだよ」
唐突に、男子生徒の声がした。見ると、そこには俺に向かって小さく手を振る双破タケルの姿が……。
「お〜、そうなのか」
「そりゃ、この学校に転入してくるぐらいだしな」
「双破きゅんが言うんだったらマジ信用しちゃ〜う」
双破タケルの言葉に、急に教室がざわめき始める。
……くっそ、いきなり変な目立ち方を……。こんなはずでは……。
思わず顔が赤くなってしまう。
「夏みかん……もとい、日向くんの席だが、あそこ。なぜか空いた席があるから」
このご時世でよく教師を続けてられるな。明日にも退任とかやめてくれよ……。
ぞんざいに指を指して見せる担任教師に、心の中で悪態を突きつつ、指定された席に座る。窓際の一番後ろの席だ。
「(これはラッキー)」
窓の外には学校の校庭が広がっていて、心地よい陽光が包み込むように差し込んでくる。これは昼寝が捗って仕方がないぞ。
ホームルームが終わると、早速、双破タケルが声を掛けてきた。
「やあ、日向くん。ようこそわがクラスへ!」
「お? お前らもう知り合い?」
「今朝ね、登校中に一緒になったのさ」
「相変わらず双破はチェックが早えなあ〜」
転校初日とはこういうものだろうか? 俺の周りにはすぐに人垣が出来て、物珍しげに見つめられている。当然のように、その肩や頭上付近には、それぞれの精霊プリズムが浮かんでいた。
「ところで、日向くんはどこに引っ越してきたの? 駅前? 山の中? 雲の上?」
「おー、手が届かない所ってか? 優秀な精霊魔術師様だけに?」
「つまんねーよ」
しょーもないギャグが飛び交う辺り、一昨日まで通っていた高校と大差なさそうだ。
「『埜之平高校SNS』のプロフィールにさ、名前しか載ってないんだよね」
……埜之平高校SNS? そんなのがあるのか。あとでチェックしておこう……。
「えっと、盾冬教授のお宅にお世話になってます」
「ふーん、知り合いのお宅ってこと? ご家族で?」
「あ、いや。俺一人だけ」
「一人だけ?」
「そっす」
「お〜〜、いいなあ」
「一人暮らしってあこがれるよな〜」
……一人暮らしじゃないんだが。
「まあ、盾冬教授に居候させてもらってる身なんで、わりと肩身狭いっていうか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
急に双破タケルが大きな声をあげて俺の机に両手をつく。
「ってことはキミ、ユリルちゃんと同じ家に……?」
「……ああ、そうだけど」
「なななな、なんだって!!!!!」
クールな物腰はどこへやら、やけに大げさに驚く双破。みんな笑ってるぞ……。
そう言えば、登校中に出会った時も、こんな感じだったっけ。
「どうしてだ!? どうやった!? なにをどうすればそうなるんだ!?」
ガタンと机を揺らしながら、鬼気迫る顔を近づけてくる。
「よお、ここに転入してきたのかよ、ボロ雑巾」
男の声がした瞬間、教室の雰囲気が一変した。人垣の向こう、ゼノリスの金髪の男が立っていた。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、ポケットに手を突っ込んでいる。その腰には、あの細剣がぶら下がっていた。
「……お前もここの生徒なのか?」
「ったりめーだろ。じゃねーとここにいちゃおかしいだろーが」
噛んでいたガムをペッと吐き出し眉根を釣り上げると、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。囲んでいた人垣が、自然と別れて道をあける。俺は思わず、席から立ち上がっていた。
金髪の男は席の直ぐそばまで近づいてくると、顎をあげて俺を見下ろしてくる。
「ヘヘッ、これでいつでも絞ってやれるぜ。クッチャクチャにしてやっから覚悟しろ」
口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
「やあ、これはこれは。ゼノリスの『凶刃』こと『矢茨カズマ』がどうしてこの教室に?」
机を鷲掴みにしていた双破タケルが、クールな顔つきでに颯爽と振り返る。
「オレはそっちのボロ雑巾に用があんだ。すっこんでろ」
「ふん、そうもいかないね。こちらの日向ナツトくんは、僕の大事なクラスメートなんでね。キミのような野蛮な人間には、馴れ馴れしく絡んでもらいたくないのさ」
「へえ……」
矢茨カズマが、さも可笑しそうに肩を揺らして苦笑する。
「さてはテメー、知らねーな? 一昨日のミストの件」
「……ん? キミたちの失態をここで自慢して、どうするつもりだい?」
「ははン、やっぱな」
勝ち誇った様にニヤニヤする矢茨カズマ。その表情を見てると、悪い予感しかしない……。
「────ミストの片方は、ソイツが片付けたんだってよ」
矢茨カズマの言葉に、周囲がざわめく。
「え、だったらすごいじゃん。優秀ってどころの話じゃないぞ」
「もしかして防犯カメラに映ってたっていうのは……?」
「急遽転入ってそれが理由か!」
「また一人、天才現るかよ……」
「でもどうやって……?」
なんてことだ……。早くもそのことがバラされてしまうなんて……。これには頭を抱えるしか無い。
「しかもそのボロ雑巾サマはよお……」
嬉々とした調子で声をあげる矢茨カズマに、周囲が息を飲む。
「────ゼノリス第二十六地区4班入りのご予定、って話だ」
「ぶっ……」
ウソ、だろ……! 強制監視対象とかで監視されるだけじゃないのか!? これは初耳だ……ってか、頭が痛くなってきた。
眉をしかめた双破タケルが、俺を睨みつけるようにして振り返る。その眼差しには敵意にも似た光が宿っていた。
「キミが……ゼノリス入りだって……?」
眉間に寄った皺が、これ以上ないほど深々と刻まれている。
「次期入隊者は双破クンって噂だったのに……!」
「でも一人で魔物撃退できるんだし、そりゃ当然だよな」
「すげえ、マジもんの天才なんだ」
周囲のざわめきがさっきよりも盛り上がっている。
なんだよ、マジもんの天才、って……! そんな煽り方やめてくれ!
血の気がサッと引いて、変な汗が噴き出してくる。
「ハハッ! 先を越された気分はどうだ、エセ天才さんよお?」
「……フン、どうということも無いね」
「へえ、強がりかよ」
「強がる必要もないさ。ゼノリスなんかに入らなくても、同じ事は僕にもできるからね」
「ほほ〜〜〜〜う?……」
「いつだって、それを証明してみせる自信があるよ。────人殺しさん」
双破タケルの言葉に、いきなり矢茨カズマが双破タケルを突き倒す。双破タケルの身体が勢い良く机にぶつかって、ガタガタと騒々しい音を掻き立てた。
いつの間にか、矢茨カズマの右手にはあの細身の剣が握られていて、頭の後ろで漂う精霊プリズムが徐々に黄色い光を帯び始めていた。
一瞬にして教室は冷たい緊張感に支配され、どこからか悲鳴が上がる。
「おもしれえ……さすが天才さん、言うことが違うぜ」
矢茨カズマがニタリと笑う。だがその瞳には、殺気に満ちた炎が燃え盛っている。
双破タケルはすぐさま体勢を立て直すと、ポケットから紫水晶が輝くネックレスを取り出した。双破タケルの精霊プリズムが、臨戦態勢を取るかのように上下する。
「やはりキミは、僕が始末しなければならないようだね。僕の力、その身でとくと味わうがいいよ」
口元は笑っているが、凍てつくような冷たい光が、双破タケルの瞳に輝いていた。あんなに物腰穏やかな奴が、こんな冷たい目をするなんて……。
思わず背筋がゾッとするのを感じた。
「こら〜〜〜〜っ! なにやってんのカズマ!」
突然、教室の戸口から声が響く。ゼノリスのポニーテールの女の人だ。やはり埜之平高校の制服を着ている。腰に手を当ててさも怒ってるという顔つきで、ズカズカとこちらへ近づいてきた。
「もうすぐ授業時間よ! 自分の教室に戻りなさい!」
「邪魔すんな、コト姉。コイツの息の根を止めるのが先決だ」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ。勝つのは、僕だ」
「上等だ……トーシローが……」
矢茨カズマがジリッと腰を落として細身の剣を構える。応えるように、双破タケルがネックレスを巻きつけた手を悠然と前に差し出した。
「やめなさい、って言ってるでしょ! 精霊魔術を使った決闘は公序良俗に反する行為! アンタたち処罰されてもいいわけ!?」
「いまさら処罰なんざ怖くねーっての! いくらでも頂戴してやらあ!」
「本来処罰されるべき社会のゴミを片付けるだけですよ。むしろ尊敬されて然るべきですね!」
「ちょっと、双破クンまで! 怒るわよ!!!」
「もう怒ってるじゃないですか、副会長さん」
「わたしの本気はこんなもんじゃないわよ! 本気にさせたら大したもんだわ!」
「オルァアアァァァ!!!」
瞬間、一瞬の隙を突いて矢茨カズマが動いた!……かに思えたが、思いっきり体勢を崩して前のめりに倒れこむ!
「うわっと!」
ビターンとひどい音を立てて、床に顔を打ち付ける。
「なにしやがんだコト姉! 邪魔すんな!」
見ると、副会長と呼ばれた女の人が、右脚をついと前に突き出していた。
「バカね。カズマの行動パターンなんてお見通しよ」
「ちっ!……」
「はい、もう終わり。また今度にしなさい!」
副会長は矢茨カズマに近づくと、頭をグシャグシャと撫で付けた。
「ちょっ!! グシャグシャにすんじゃねーよ、バカ! どんだけ時間かけたと思ってんだ!」
「はあ〜〜い? 寝グセでしょ〜?」
「んなわけねーだろ!!!」
ブンと音を立てて矢茨カズマが拳を繰り出す。副会長は何事も無いかのようにサッと避けてみせた。
「はいはい、立って立って」
「引っ張んな! ガキじゃねーんだぞ!」
矢茨カズマの言葉に耳を貸さず、その身体を強引に引っ張り起こすと、背中を押して教室の戸口へと向かっていく。
「みなさんごめんなさいね〜〜。あ、日向クン、転入おめでとう。よろしくね〜」
副会長が笑顔で手を振ると、ちょうど1時限目の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。周囲を取り囲んでいた生徒たちも、ざわめきながら席へと戻っていく。
「ちーーーーーーーーーーっ!!!! 覚えてろよ、ボロ雑巾!」
廊下から矢茨カズマの捨て台詞が木霊する。……てか、なんで俺なんだよ……。今の流れなら双破タケルに言え、っての。
当の双破タケルは、「フフン」とクールな笑みを浮かべると、自分の席へと戻っていった。
それにしても、双破タケルに『優秀な精霊魔術師が転入してくる』とか教えた副会長っていうのは、あのゼノリスの女の人だったのか……。
なぜ転入先がこの学校なのか、理由がわかった気がした。たしかにここなら、日中もあの二人が『監視』してる状態ではある。
下手な動きでも見せようものなら、それこそどういう扱いをされるかわからない。矢茨カズマと同じクラスじゃなかった分だけマシか……。
「(こうなると、ユリルが一緒の学校ってのは、むしろヤバイな……)」
屋敷を出る時は、ユリルと同じ学校に通えることが嬉しく思えたが……。
それにしても、よく今まで悪魔だと気付かれなかったものだと思う。上手く目立たないようにしてたとは言うが、双破タケルに目を掛けられてるみたいだし……。
……ああ、それにしても、俺が来たことでそのバランスがどうなるか。
どうやらこの学校には、悩みの種が撒き散らされているようだ……。




