(一)強制監視対象:その笑顔
「ナツトー、バスタオルとタオルも持って行きなさい」
「いらないって、下着と着替えだけで十分だよ」
「え〜、そうかしら〜?」
「旅行じゃないんだってば」
「でも、冬用の……」
「必要になったらまた取りに来るって」
「ふ〜ん、そうお? あ、じゃあお米は」
いるわけないし……。俺が急にいなくなるとあって、母さんも少しパニクっているようだ。
まもなく夕暮れを迎える頃。俺は教授に伴われて自宅へ戻ると、取り急ぎ荷物をまとめていた。
着替えとポータブルゲーム機、筆記用具と教材タブレット。あとはスマホがあれば大丈夫、っと。
「ナットのPCもらっちゃっていいの?」
「うん、いいよ。教授の家にあるらしいから、それを借りるよ」
「わーい、やったあ。この部屋も自由に使っちゃうからね〜」
「その代わり、朝の掃除機がけよろしくね」
「う……わ、わかってるわよ」
母さんは心配げにそわそわしっぱなしだが、サツキ姉さんはなんだかやけに嬉しそうだ。
まとめた荷物を肩に担ぐ。あのガラクタに比べれば全然軽い。
「気をつけるのよ。ちゃんと定期的にメールちょうだいね」
「了解」
任せてくれとばかりに親指を立てて廊下を出る。階段を降りると、廊下で父さんと話し込む盾冬教授の姿があった。
「ふふふ、全く代わり無いようで安心したよ」
「ご心配どーも。ウチの親父のとこに顔見せしとかなくていいんですか?」
「ああ、構わんだろう。どうせまだまだ意気軒昂だろう?」
「まあそうですけどね」
教授は俺の姿を見とめると、玄関へと向かった。俺もそのあとへと続く。
母さんと姉さんも降りてきて、家族三人で俺を見送ってくれるようだ。
「まあ、心配しないで良い。私が責任を持って、ナツトくんをお預かりするよ」
「だから心配なんですがね」
父さんがさも不快そうに肩をすくめる。教授は押し殺すように「くっくっくっ」と笑った。
「ナツト」
呼びかけるなり、父さんが俺の両肩をがっしりと掴んで、真正面から俺の目を見据えてくる。いつもとはどこかちょっと違う真剣な眼差しだ。
「人生には誰しも、重大な決断を迫られる時がある。決断してなお待ち受けるは茨の道だ」
「え……」
思わず顔をしかめてしまう。
「な、なんだその顔は……と、父さんが真剣に話してる時に! いいか、どのような事態になろうとも……」
「その決断が導く運命に背を向けてはならない。立ち向かう者には、必ず道が拓かれ、得難きを得るだろう、でしょ?」
「へっ?」
目を丸くする父さんに、教授が忍び笑いを漏らしている。
「昨日、その言葉は伝えておいたよ」
「ちょっ!!!!!」
父さんの顔が真っ赤になる。
「ま、待て! いいか、ナツト! この言葉は親父……お前のジイちゃんがオリジナルだ!! 日向家家訓とも言うべきだな……勝手にパクんないでくださいよ、富士夫さん!!!」
「良いではないか。日向が私と海外に旅立つと決断した時の、親父殿の言葉には私も強く胸を打たれたのさ」
「くっそ〜〜〜〜〜、先越されるとは……」
思わず苦笑せざるを得ない。父さんの後ろで母さんも笑っていた。
「そうそう、日向。これを渡しておかねば」
教授が懐から何かを取り出す。……あの、未開封の電子マネーカードだ。
父さんの前に差し出すが、父さんは一瞥をくれただけだった。
「受け取れないって言ったはずでしょ」
「だが荷物をよこしたではないか」
「ナツトに渡しといてくれ」
「俺も受け取り断ったんだよ」
「はあ? なんでだよ? バカじゃねーのお前」
父さんが言うセリフかよ……。
「え、なになに? なんですか、それ?」
ニコニコ顔でサツキ姉さんが割って入る。
「ふむ……では、これは、サツキくんに預けておこう」
「わ〜、いいんですか? ホントに?」
「なに、大した金額ではないのでね。自由に使ってくれたまえ」
「ありがとうございます!」
すんなり受け取る姉さん……。俺と父さんがそれをジト目で眺める。
「あら、サツキちゃんいいわね〜」
「えへへ! お母さん、今日は美味しいもの食べよ! わたしのおごり!」
「あらそうね、お呼ばれしちゃおうかしら、ウフフ」
父さんの後ろで急に盛り上がる二人……。
「サツキが人としての道を踏み外したらアンタのせいだからな……」
教授を睨みつける父さんの目がマジだ……。ていうか、あれ? もし俺が受け取ってたら……まあ、いいけどさ。
「心配いらないさ。ナツトくんを見れば、キミたちの躾が如何に正しいか、一目瞭然だ」
教授の言葉に、父さんは「チッ」と舌打ちして頭を掻く。そして微妙な笑顔を見せると、
「行って来い。勝負に負けることがあっても絶対に挫けるな」
と言った。
そんな父さんに「行ってきます」を言い残して、俺は玄関を出た。
そして、すぐに教授の車に乗り込んだ。
「出してくれ」
教授の言葉に、車は滑るように走り始めた。思わず、後ろを振り返る。
住み慣れた家がどんどん遠ざかっていく光景に、一抹の寂しさを感じずにはいられない。決して戻ってこれないわけじゃないけど、あまりにも予期せぬ展開だったから……。
今日は学校も無断欠席だったし、友人たちも驚いているだろう。まあ、SNSでも連絡は取り合えるし、ちょっと住む場所が変わるだけさ……。
◆
夕暮れ前、あの洋館へと辿り着いた。
玄関前には、竹箒を手にしたユリルの姿があった。
「あら……?」
車から降りるとすぐに目が合って、ユリルが驚いた顔をする。教授の方をチラリと見ると、いたずら気な笑みを浮かべてクイッと顎で俺を促した。
「あの……日向ナツトと言います。今日から、この家でお世話になることになりました。よろしくお願いします」
そう言って一礼する。顔を上げると、驚いた表情のユリルがニッコリ微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
暖かな夕日に照らされて、ユリルの笑顔がこれ以上ないほど輝いて見えた。
思わず、クッと気を引き締める。
その笑顔、絶対に守ってみせる、と────。
<第三章(一)強制監視対象 終>
そんなわけで(どんなわけで?)ユリルと新生活を共にすることになったナツトくん! いったいどんな生活が待ち受けているのか?!
次回より「第三章(二)悪魔の館」です!
感想もお待ちしておりまーす。




