(一)強制監視対象:予期せぬ結論
「もう少し時間がかかるので、ここでしばらく待っててくださいね〜」
星渡さんのにこやかな笑顔を遮るように、鉄格子の扉がゆっくりと閉まる。電子ロックをかけると、星渡さんは「じゃあね〜」と手を振りながら去っていった。
「はあ〜〜……」
手洗い用の洗面台と、男用のトイレ、そしてベッドが据え置かれただけであとは何もない。ここはどうやら、独房らしい。部屋の角の天井には監視カメラが設置してあった。
俺はひとつ溜め息をつくと、ベッドに腰を下ろし、横になった。
『マウリニオの鏡』の部屋で、ミストに巻き込まれてから魔物を倒すまでの下りを5回繰り返したあと、調査は終了した。しかし、『マウリニオの鏡』は、ジミー・ケンゴー
とディープ・シャドウの活躍を繰り返し映し出すばかりだった。
そのあと、だぶだぶの簡易服に着替えさせられて、簡単な身体検査を受けた。しかも簡易服に着替える際、パンツ以外は靴下もシャツもすべて脱ぐように言われている。手荷物も取り上げられ、ほとんど丸裸と言ってもいい状態だ。
さすがに『絶対運命の枷』は外せないので、透明化させてあるが……。
俺の精霊プリズムが、横になった俺の右斜め上あたりを、ゆっくりと行ったり来たりしている。プリセルケットが無いので、休むことも出来ず、手持ち無沙汰といった様子だ。
とりあえずはまあ、調査自体は無事に乗り切ったと思う。あれでウソがバレるなら、もうどうにでもしてくれといったところだろう。今はただ、大人しく待つしか無い。ゼノリスの気が済むまで調査を受けて、それで潔白だと判断されれば、堂々と日常生活に戻れるはずだ。
「ああ、モンスレやりたいな」
なんなら、このあと星渡さんを誘ってもいい。モンスレは俺の魔術書だ。いろんな技を極めて、様々な状況に立ち向かえるようにしておきたい。
目を閉じて、「ふう」と息を吐き出す。スマホも取り上げられた今は、妄想するか昼寝をするかしか選択肢が無いな……。
右手で視界を遮ると、暗がりの中でホッと一息つく。俺はそのまま、眠りの中へと落ちていった。
◆
「日向ナツトくん」
呼びかけられて、ハッとする。鉄格子の向こうには、滝宮隊長と盾冬教授、そして星渡さんの姿があった。
「お疲れのところすまないね。立ってもらってもいいかな?」
「あ、はい。すみません……」
頭を掻いて立ち上がる。すっかり寝入っていたようだ。どれくらいの時間が過ぎたのかもわからない。
ベッドから立ち上がり、鉄格子越しに三人と対面する。滝宮隊長は、眼差しが冷たいが、落ち着いた表情をしていた。その横で、星渡さんが眉を吊り上げ、口をへの字にしている。気合が入っている様子で、「キッ」とばかりに俺を睨みつけていた。
盾冬教授はその後ろで、視線を落としていた。
いったい、どんな調査結果と結論になったのだろう……?
「まずは協力して頂いてありがとう。ゼノリスを代表してお礼を述べます」
滝宮隊長の言葉に、ペコペコと頭を下げる。
「次に、調査結果だが……星渡くん」
促されて、星渡さんが両拳をグッと握りしめて「はいっ」と元気よく返事をする。
「え〜、厳正なる調査をさせていただいた結果をご報告いたしま〜す」
……気合のこもった表情とは裏腹に、口調は甘ったるいままだ。
「発言と映像を比較検証した結果、整合性は18%〜! 『ほぼ不一致』とみなされました〜!」
そう言ったあと、星渡さんは「ふん」と鼻を鳴らして俺を睨みつける。
「なお〜、調査時間差は15時間、鮮度基準は30%、映像のリピート再現性は90%でした〜」
「……どういうことですか?」
「え? え?」
俺の質問に、うろたえ始める星渡さん。滝宮隊長は目を閉じると、胸を張った。
「事象の発生時刻からの時間経過が長いほど短期記憶は劣化し、映像化の再現性は損なわれる。その点も含めて、今回再現された映像はキミの証言に信頼性を与えるものとは言えないと判断した。しかし、リピート再現性の高さから映像はなんらかの意味を持つものと推定される。それについては別の事例と合わせて慎重に検証したい。……それでよろしいですか、教授?」
「ああ、構わんよ」
二人の横で、星渡さんが力強く「うんうん」と頷く。この人、ちゃんと仕事できてるんだろうか……。
「調査結果報告は以上だ。国際魔術評議院には、映像と共にこの報告書を提出することになる」
「マスコミ対応はどうするのかね?」
「『聞き取り調査及び現場検証を行った結果、少年が精霊魔術により魔物を撃退したものと断定した』と発表の予定です。当局による厳戒態勢も公式発表が終わり次第、解除の方向です」
「ほうほう、なるほど。確か現場で、酸で溶けたような枯れ木が数本見つかったのだったね?」
「ええ、そうです」
「証言として信頼できるのがその点だけ、というのは心許ないな。マスコミがこぞって突っ込んできそうだが」
「対応は考えてあります。どうぞお構いなく」
「そうかね」
教授は特に追求する素振りも無く、腕を組んで押し黙る。滝宮隊長が「コホン」と咳払いをして俺に向き直った。
「では、日向ナツトくんに対する処分を発表する」
「処分ですか?」
思わず声が出る。何事もなければ解放されると思っていただけに……。
「キミは公には一般市民だが、国際魔術評議院とゼノリスはそのようにみなしてはいない。『マウリニオの鏡』調査における証言の裏付けが取れなかった事も含めて、要注意不審人物のままだ」
横で真剣な表情の星渡さんが「うんうん」と頷いている。
「国際魔術評議院との間で対応を協議した結果────日向ナツトくん、キミを『強制監視対象』と認定する」
『強制監視対象』!? なんだそれ? ちょっとどういうことなのか事態を掴みかねる。
「なお、本決定は、いかなる国家機関・司法機関においても覆されるものではなく、国際魔術評議院に一任された事項である。……わかるかな?」
要は、例え国が俺の解放を要請したり、裁判を起こそうとしたりしても、聞く耳持たない、ってことか……。
「あの、つまり、俺はまさか、この部屋でずっと過ごすってことですか……?」
俺の質問に、滝宮隊長が手を上げて制止を促す。
「なお、最終的に本人の意思確認を行うものとする。『強制監視対象』を受諾する場合には、国際魔術評議院が指定する区域でのみ行動を許可される。なお、国際魔術評議院とゼノリスからの要請は何よりも優先される事項であり、受諾以後は我々の要望・要請に従うことを強制される。また、本件を受諾されない場合には、『強制拘留対象』として本留置室での拘留・監視・詰問を続行するものとする」
「それって結局、どっちも同じじゃあ……」
「その部屋から出られるだけでも大きく違うと思うがね。キミに決定権があるだけでもありがたいと思いたまえ」
いやいやいや……。そんなの、選択肢があるうちに入らないし……。
思わず天を仰ぎ見る。四六時中、ゼノリスに監視されるとなると、ユリルを守るどころか自由に会ったりすることもままならないんじゃないだろうか?
このまま引き離されていれば、絶対運命が成就することも無い可能性もあるだろうけど……。
いやしかし、すべてを取り上げられたままこの部屋にずっといるなんて耐えられない。モンスレできないのもつらいし、時が経てば扱いが変わるってこともあるかもしれないし。
「どうかね?」
「えっと……よくわかりませんけど、『強制監視対象』で構いません。この部屋から出られないよりはマシかな、って」
「よろしい、賢明な判断だ。以後は我々の要望・要請に確実に従うことを期待するよ」
「はい……」
渋々頷くと、星渡さんがニコニコ顔で、鉄格子の電子ロックを解除する。鉄格子がスルスルと開いて、俺は一歩、廊下へ踏み出した。
「おつかれさまでした〜。これからは世界の平和と安定のためにご協力お願いしま〜す」
「はあ……ちなみに、指定された地区というのは……?」
「無論、このゼノリス第二十六地区だよ。キミは以後、許可なしにゼノリス第二十六地区から出てはならない」
マジか……。このミスト多発地帯『激戦区』で……。
でもそれなら、ユリルとは会えそうだな……。むしろ近くで暮らすことになりそうだ。
「最後にひとつだけ、忠告を。もしも、国際魔術評議院もしくは我々ゼノリス第二十六地区の許可無く無断で地区外へ出た場合は……」
思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「その時点より『魔術犯罪者』とみなし、全国に指名手配するものとする」
うへ……。それはあり得ない。
それだけは絶対にしてはダメだ、と心に刻む。
「あの……」
「なんだね?」
「ゼノリス第二十六地区から出れないってことは、家にも帰れないし、学校にも通えないってことですよね?」
「ああ、その通りだ。しかし安心したまえ。このゼノリス第二十六地区で普段通りの生活は許可されているから」
「はあ?」
「学校は我々がすでに手配済みだ。明日にも転入してもらおう。それと、キミの身元引受人だが……」
つと、滝宮隊長が後ろを振り返る。
「ああ、私が担当することになったよ。よろしく、日向ナツトくん」
「へ……?」
教授がにこやかに握手を求めて手を差し出してくる。
「私の研究にうってつけの人材のようだし、歓迎するよ。キミは今日から、我が邸宅の一員だ」
俺が、あの洋館で、今日から暮らす────?




