(一)強制監視対象:試験運用だから?
「やあ、ナツトくん。昨夜はゲームセンターでお楽しみだったようだね?」
ゼノリス地区本部の一室に案内されると、そこには盾冬教授の姿があった。
「あ、えっと……おかげさまで」
「ふふふ、それは何より」
昨日はあれから、車で送ってくれた堀内さんにお願いして、行きつけのゲーセンで下ろしてもらったのだ。久々ということもあるし、何より、悪魔術のバリエーションを増やすには、モンスレをやるのが一番だ。
「今日はどうしてここに……?」
「ああ、試験運用中の『マウリニオの鏡』を使用した調査を行うということでね。この地区本部では初めてだから、その立会人を所望された次第さ」
「初めての運用の際には這ってでもおいでになると、教授の方からご要望いただいたとお聞きしてますが?」
滝宮隊長がどこか含みのある表情で聞き返す。
「おや、そうだったかな? まあ何にせよ、楽しみにしているんだ」
教授はそう言って、イタズラっぽくウインクをしてみせた。
「教授、予めお尋ねしておきたいのですが」
「なんだね、滝宮くん?」
「昨日、こちらの日向ナツトくんとお会いになられたはずですが、その際に、何かお気づきになられたことなどはありませんか?」
「気づいたこと? ふぅ〜〜〜む……」
教授は顎に手をあて、考えを巡らすようなポーズをする。どこかわざとらしく見えるが……。
「申し訳ないが滝宮くん、特に気づいたことは無かったよ。まさか、そのような事態に巻き込まれた後だったとはねえ。驚きを隠せない」
両手を大きく広げて肩をすくめて見せる。滝宮隊長は鼻息を「フン」とひとつつくと、俺の方へ向き直った。
「では、始めるとしよう。協力をお願いするよ」
◆
「はいこれ〜。耳にかけて使ってね〜」
案内してくれた女性職員から、ヘッドセットを手渡される。
全面ガラス張りの狭い部屋。ガラスの向こうは黒色の壁らしく、圧迫感を感じずにはいられない。他には丸椅子があるだけだ。
「あ、チャンネルはBで〜、あ、その青いボタンで〜す」
……たる〜いしゃべり方をする人だな。俺より背は低いが、間違いなく年上だろう。
髪はショートで垂れ目がちな目が印象的だ。白衣を羽織っていて、胸に『星渡澄奈』のネームプレートをつけていた。
精霊プリズムがの〜んびりと、頭の真上に浮かんでいる。珍しいポジションだ。
「じゃあ、マイクのテストね〜。あ〜、あ〜、聞こえますか〜?」
「はい、聞こえます」
「ちゃんとヘッドセットから聞こえてる〜? あ、もうちょっと離れよっか〜」
と言って部屋の角にピッタリと身体をくっつける。……俺も同じようにすべきなのかな?
そう思って、同じように反対側の角に身体をつけた。
「い〜い? 聴こえますか〜?」
……そんな大声で呼びかけたら一緒のような気がするが……。
とりあえず、両手を上げて頭の上で大きな丸を作ると、女性職員は丸椅子の前まで戻ってきた。
「じゃあオッケ〜ね。えっとね〜、これからこの部屋で〜、一人っきりになってもらいま〜す。怖くないですか〜?」
「……大丈夫です」
「別の部屋から〜、わたしが質問しますので〜、日向ナットくんは〜、質問に答えてもらえれば良いで〜す」
「あ、日向『ナツト』です」
「ん? あ、ごめんなさいね〜。日向ナットくんで大丈夫ですか〜?」
「……はあ、いいです大丈夫です」
『ナット』は時々呼ばれるあだ名だ。サツキ姉さんもそう呼んでるし、まあいいけど。
「じゃあ座って待っててくださいね〜。ヘッドセットはそのままで〜」
そう言うと、女性職員はパタパタとスリッパを鳴らしながら部屋を出て行った。
しばらくして、ヘッドセットから声が聞こえてくる。
「『あ〜あ〜。マイクのテスト中〜、マイクのテスト中〜。コホン。……日向ナットくん、聞こえてますか〜?』」
「はい、大丈夫です」
「『では、部屋の明かりを消しま〜す。真っ暗になりますけど〜、危険は無いのでご安心くださいね〜』」
「はい……」
ずっとこんな調子だろうか……? なんだか緊張感に欠ける気がするが……。
程なくして、部屋の明かりがすべて消される。天使の時と同じく、真っ暗闇だ。
あの時は確か、『モンスレ』の映像が映し出されたが……。
しばらくすると、前方に何かが見えてきた。
「(……やっぱり)」
モンスレの映像だ。ジミー・ケンゴーがその肉体を駆使してモンスターと格闘を繰り広げている。
「『星渡くん、もう始まっているのかね?』」
「『え? いいえ〜。まだ何も質問してないですよ〜わたし』」
「『ほう、それではこの映像は何かね?』」
「『これはですね〜「モンスタースレイヤーGロワイヤル」と言いまして〜、今、ゲームセンターで大人気のゲームなんですよ〜』」
教授と星渡さんとのやりとりがヘッドセットから聞こえてくる。どうやら星渡さんはモンスレを知っているようだ。
「星渡さんもやるんですか? モンスレを」
「『うふふ、わたし「スポンガー」なんだけど〜。ゲットしたレア素材をトレードで売りさばいて〜、「コミュポイント」を「艦カレ」に全力投入するの〜♪』」
『スポンガー』は『モンスタースレイヤーGロワイヤル』のサポート機能を利用して、レア素材だけを集めて回るモラルの低いユーザーの蔑称だ。
『モンスレGロワ』は、3対3の対戦者に対してそれぞれ2人ずつ『サポーター』が付くことができる。サポーターは、対戦者に対して支援アイテム・回復アイテムなどを使うことができるので、良いサポーターが付けば戦いを有利に進められるというわけだ。対戦があまり得意でない人でも、サポートをきちんとしてくれる人は『サポ専』と呼ばれて結構重宝される。
そんなサポーターの最大の旨味は、討伐したモンスターから素材を剥ぎ取れることだろう。しかもサポーターは、同じ戦場内にいながらにして、モンスターや敵対チームからダメージを受けることがない。
邪魔されること無く素材を剥ぎ取れるので、その特権を利用してロクにサポートもせずに素材剥ぎ取りだけを行うプレイヤーを『スポンガー』もしくは『スポ専』と呼ぶわけだ。
まあ、対戦者もサポーターも同じ料金を払っているので、メーカーにとっては等しく大事なお客様だろうけど……。
星渡さんの言う『艦カレ』は、同じメーカーが展開しているSNSゲームだ。『モンスレ』のプレイヤープロフィールも同じSNSプラットフォームで展開されており、ゲーセン版やモバイル版などでゲットした素材はこのSNSプラットフォームでトレードが可能だ。そしてトレードをしたり、日記を書いたり、他人のブログに「いいね」を残したりすることで貯まる『コミュポイント』は、それぞれのゲーム内でアイテムを購入するのにも使える仕組みになっている。その中でもトレードは特に獲得コミュポイントが多い機能だ。
それに加えて『モンスレ』のレア素材はトレードが非常に盛んなので、コミュポイントを一番手っ取り早く稼げる方法だと言われている。星渡さんもそれを大いに利用してる、ってことだろう。
「『星渡くん、任務中だ。私語は慎むように』」
「『は〜い、すみません。もう、ナットくんのせいでタッキーに怒られちゃったじゃな〜い』」
「あ、すみません」
「『今度〜、スポスポさせてくれたら許してあげる』」
「それはいつでもどうぞ」
「『星渡くん、始めてくれたまえ』」
「『は〜い』」
そんな調子で、『マウリニオの鏡』を使った調査が始まる。しかし、天使たちとは違って、ここでは質問されるだけ。
記憶系統の操作をされないせいか、『マウリニオの鏡』は質問とは全く無関係に思えるモンスレの映像を繰り返し映し出すだけだった。
主にジミー・ケンゴーとディープ・シャドウの映像だから、昨日のミストに関連があるといえばあるわけだが……。
時折、遠くの方にシスター・アンジェの姿が映るのが気になったぐらいかな? シスター・アンジェって使ったこと無いのに、なんでいつも映ってるんだろう? 確かに、ユリルと面影が重なったりはしたが……。よくよく見ると、雰囲気以外はそんなに似てないし、それが不思議でならない。
いずれにせよ、映し出されるのは短期記憶ではない。確か天使は、俺が持つ『念芯』の映像だとか言ってたっけ?
「『それで〜、闇の精霊魔術で魔物を足止めして、どうしましたか〜?』」
「火の精霊魔術でトドメを刺しました。上手く当たってくれて良かったです」
「『倒した魔物は〜、どうなりましたか〜?』」
「黒い靄になって、霧散しました。そうしたら、ミストも徐々に晴れていったんです。だから、『ああ、魔物を倒したんだな』と思いました」
映像化がされないのを良いことに、悪魔術を使ったことと、ユリルが茂みに隠れていたことはナイショにしておく。バレた時はバレた時だ。
今の俺にとって、ユリルを守ることが最優先だ。




