(四)織り成す運命:揺るぎない決意
戸惑っていても仕方ない。ここでいきなり逃げ出すわけにも行かないだろうし……。
「なんでしょう?」
恐る恐る尋ね返す。
「実はね……」
教授は「コホン」とひとつ咳払いすると、姿勢を正した。デスクの上に両手を組み、俺の方を見上げる。
「ゼノリスの滝宮くんから聞いた話だがね。キミは先日、ミストに巻き込まれたそうじゃないか」
ドキリとした。やはり、教授はそのことに興味があるのだろうか?
「実は今日もですよ」
横からユリルが口を挟んでくる。
「ほう? ホントかね?」
「はい、わたしも一緒でしたから」
「なんと……! 今日は確か、2つがほぼ同時に発生したようだったが……」
「近くで発生した方です」
「そうなのかね。ううむ、その話はまだ聞いてなかったね」
「ナツトくんと一緒に帰宅してきたばかりなので」
「そうか、なるほど。……その話はまたのちほど聞かせてくれるかね?」
「はい」
教授が俺の方に視線を戻す。
「その先日のミストのあと……天使と、会ったそうだね?」
どうやら、そのことを知りたいようだ。
ユリルと教授のやりとりを聞く限りでは、二人とも何かを把握しているように思えた。
だったら……黙っていることもないかもしれない。
チラリと横を見る。ユリルがあの子だってことは確信しているが、確証は得られていない。
それでも、例え人違いであっても、この二人には聞かれても大丈夫な気がした。
「そうです、俺は天使の調査を受けました」
そう切り出して、俺はあの日の、天使の部屋に呼ばれた時のことを話し始めた。
ゼノリスに発見された時、ミストに巻き込まれた記憶が思い出せなかったこと。それがガフィレフの『記憶封じの術符』のせいだったこと。天使は『記憶封じの術符』の解除と、『マウリニオの鏡』で短期記憶の映像化を試みたこと。
「……解除はできたのかね?」
「あともう一歩のところで、俺が悪魔術を使って中断させてしまいました」
「キミが悪魔術を?」
「はい。でもそのせいで、ガフィレフの『記憶封じ』の自爆機能が作動して……ミストの中で起きた出来事の記憶は、吹き飛ばされてしまいました」
「ということはつまり……?」
「天使は、悪魔がどういう人物かを知ることができませんでした。もちろん俺も……ミストの中で何が起こったのか、そして誰と会ったのか、それをはっきりとは覚えてないです」
しばしの沈黙が訪れる。
「その他に、天使はキミに何かしたかね?」
「はい、これを……」
そう言って、絶対運命の枷の巻かれた左手首を突き出した。
「……それは?」
「絶対運命の枷、と天使は言っていました。俺を天使の使徒にするための道具だと。そして……」
ゴクリと生唾を飲み込む。部屋はしんと静まり返って、教授もユリルも、俺の話に聞き入っている。
「俺は、あの日にミストで出会った悪魔を、天使の前に引きずり出す────その運命を背負わされたんです」
静寂に包まれた暗い部屋の空気が、重みを増した気がした。
「……キミは、その悪魔を探しているのかね? 天使の使徒として」
「探している……? いえ、そんなわけじゃないです。できれば……その……」
俯いて頭を掻く。
ふと、ユリルの視線を感じて顔を上げる。ユリルは俺の視線を真正面から受け止めて、見つめ返している。その瞳からは、何も読み取れない。ただ、俺の言葉を待っているだけのようだった。
「守りたいです。天使の手から────」
ユリルが、少しだけ目を見開いた気がした。教授に視線を戻すと、何か考えを巡らせるかのように、視線を彷徨わせていた。
「ふむ……なぜそう思うのかね? 相手は悪魔なのだろう? この世にいてもらっては困る存在だ」
「そう、かもしれませんけど……その……」
「しかも、キミは覚えていないのだろう? どんな悪魔か」
「はい、まあ、そうです」
「だとしたらおかしな話だ。もしかしてキミは、魔法か何かで悪魔に心を惑わされ、利用されているだけなんじゃないかね?」
そう言って、ピタリと俺を見る。
どうしよう……なんて言えばいいのか……。
「俺のせいなんです。あの子が天使にその存在を悟られるきっかけになったのは、俺のせいです」
「ほう?」
「よく覚えてないんですけど、あの公園の茂みに隠れていれば、何事も無くゼノリスの救援が来て終わってたのに……俺が勝手なことをして魔物に見つかったから……」
胸が小さく、ドキドキと音を立てている。
「あの子は、その……ミストに巻き込まれてパニックになりそうだった俺を助けてくれました。安全な場所まで導いてくれて……何を話したかとかは覚えてないですけど、なんだかとても楽しかった気がします。それなのに俺は……あの子を危険に晒してしまって」
「相手は悪魔だ。危険に晒そうが気に病むことじゃない。しかも偶然出会った初対面の人物だろう?」
「はい。でも……命の恩人です。簡単に見捨てるわけにはいきません」
「ほう〜……」
納得出来ない、といった面持ちで教授が首を傾げて俺を見上げる。
「キミはそもそも、あの日、この町に何をしに来ていたのかね?」
「その荷物です。その荷物をここへ持ってくる途中でした。ミストに巻き込まれた時に置き去りにしてたのを、今日になってゼノリスから発見したと連絡があったので……」
「なるほど、そういう事かね」
前のめりで少し険しい顔つきをしていた教授が、深い息を吐き出しながらデスクチェアに寄り掛かる。そして「ふふっ」と鼻で笑った。
「だとしたらあれだね。事の遠因は、私と日向の腐れ縁にあるとも言えるかもしれないな。それがきっかけで、悪魔とキミが出会うことになろうとはね……」
教授はやれやれといった表情で頭を横に振る。
「不思議なものだ、運命の糸というものは……。何故ゆえに、こうして幾重にも折り重なっていくのか……天が導き給う運命に、私はあとどれだけ翻弄されねばならないのだろうか……いや、どこまで行っても満足などせぬだろう。天が求めるは、映ろいゆく幾多の綾……」
額に手をあて、呟くように言葉を発していたかと思うと、教授は不意に顔をあげた。
「天使というものはね、絶対にウソをつかない。隠し事とからかい事は、よくするがね。どういう状況であれ、彼らがキミに告げた言葉はすべて信頼できる。すべて、だ」
デスクチェアの肘掛けに肘をつき、両手を組んで顎を乗せる。
「そして、こと悪魔に関しては非情、冷酷にして残忍だ。どんなに悪魔が彼らに媚び跪き、命乞いをしようとも、天使はそれを絶対に許さない。例え、それが彼らと知り合いの人物であってもだ……私はその様をこの目で目の当たりにしたことがある」
教授が遠い目をして眉を潜める。
「天使は本気だ。使徒であるキミは必ず、悪魔を彼らの前に引きずり出すことになるだろう。そうなった時、悪魔に未来はない。抗う者はすべて、悪魔と同じ道を辿るだろう。天使の攻撃は魔物どころの騒ぎじゃない。比較にならないほど狡猾にして強大だ」
グッと教授が視線を上げて、俺の目を見据える。首筋を、いやな汗が一筋伝い落ちる。
「────それでもキミは、その絶対運命とやらに立ち向かおうと言うのかね?」
教授の放つ眼光に、なぜか心の奥底が奮い立つ。
「悪魔に心を惑わされていたとしても、構いません。ただ闇雲に生きるより、自分が見つけた目的に向かって突き進みたいです」
「富も名声も得られず、誰知ることのないボロ布のように朽ち果てようとも?」
「他人の評価は関係ありません。俺が、俺自身がどう生きたいかです」
「私に言わせれば、それは非常に損な考えだ。つまらぬことにこだわる必要はない。なぜにそう頑なになるのかね? 今一度言わせてもらうが……」
「何度言われても同じです! 俺の決意は揺らぎません、絶対に!」
思わずカッとなって声が大きくなる。
「俺は今までただの、ちょっとゲームが得意なだけの高校生でした! 精霊魔術も全然使えず、勉強も不真面目で……でも、そんな俺でも、あの子のことを考えたら、ホントに必死で……悪魔術でモンスレの技を使えたし、恐ろしかったはずの魔物だって撃退できたし! 天使にこんなものはめられたけど、その代わりになぜか精霊魔術が使えて……だから、俺は決めたんです! あの子のために頑張れるんだったら、この身を砕いてでもあの子の事を守ろうって! この枷の精霊魔術もあの子のために使おうって! こんな気持ちになったの初めてだし、自分でも無謀だと思うけど……でも、でも……今、それすら取り上げられたら、俺……このまま天使の思い通りになるだけなんて嫌です、絶対に! そんな俺なら、この世からいなくなっても良い! 足りない部分はもっともっと努力して、乗り越えられない壁も絶対に乗り越えるんだって……ボロ布になってでも、最後まであの子守り抜くんだって!!! そう決めたんです!」
教授は少し気圧されたといった表情をしたあと、微笑みながらユリルの方を見る。釣られるようにしてユリルの方を見ると、お盆で口元を隠し、困ったような表情で眉を潜めていた。
「ふむ、惚れた男の弱みといったところか。良いんじゃないかな、若者はそれで」
「へっ!? ほ、惚れる!!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ユリルはちょっと目を見開くと、チラリと俺を見て、ますます困ったような顔をした。
カアーーーッと音を立てて顔が真っ赤になる。心臓がバクバクと音を立てていた。
「わたし、夕食の準備の手伝いがありますから……」
ユリルはデスクの上のティーカップを2つササッとお盆に乗せると、小走りで戸口の方へと駆けて行く。そして「失礼します」と言い残して部屋から出て行った。
「ふむ、ありがとう、ナツトくん。大変参考になったよ」
「は、はい……いや、あの……」
参考になった、って何が……?
「私も悪魔についていろいろ研究していてね。まあ、それはまた、機会があれば話すことにしよう。今日はもう家に帰りたまえ。執事の堀内に、家まで送らせるよ」
言いつつ、教授は腰を上げて内線の受話器を手に取り、「車を玄関まで回してくれないか?」と告げた。
「玄関まで送ろう」
そう言って教授が俺を促す。俺はまだドギマギして、ぎこちない動きで教授の後ろについて部屋を出た。
◆
洋館を出ると、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。玄関のすぐ外に、一台の車が停まっていた。
俺達が姿を現すと、車の横に立っていた老紳士が後部座席のドアを開けてくれた。老紳士の左肩あたりに、精霊プリズムが漂っている。
教授はその手前で立ち止まると、俺の方に向き直る。
「人生には誰しも、重大な決断を迫られる時がある。決断してなお待ち受けるは茨の道だ」
「あ、はい……」
「どのような事態になろうとも、その決断が導く運命に背を向けてはならない。立ち向かう者には、必ず道が拓かれ、得難きを得るだろう」
教授は言いながら、うんうんと頷く。
「正直なところ、この世の中で『自分がやらねば誰がやる』などということは一つもない。今回の件でさえ、日向ナツトくんがやらずとも、他の人間がいつかそうした決意をしただろう」
教授の言葉に思わず言い返そうとして口を開きかけたが、教授がそれを押し止める。
「いやいや、キミの決意を覆そうというわけじゃない。キミ以外の誰かがやるかもしれないからこそ、キミ自身が決断することが重要なのだ、と言いたいのだよ。他の誰かに惑わされたでも無く、そして誰に背負わされたでも無い、自分自身で決めた揺るぎない決意がね」
俺を見る教授の視線が、どこか温かい。
「その決意の果てに、いかなる綾を織り成すかはそれぞれ人次第だ。その綾が正しいかだとか、美しいかだとか、そういうことは気にせずとも良い。自分のやり方で、自分の決意を胸に進めば、必ずその綾は多くの人を巻き込み、更なる綾を織り成す礎となるだろう」
教授がそっと、自分の胸に手を置いた。
「少なくとも、私はそう信じている。だからね……」
教授は微笑んで、その手を俺の肩にかけた。
「私は、キミの決意を尊重するよ。私自身、できることがあれば是非とも協力したい」
良き味方が得られた気がして、ホッとする。この戦いについて、俺が今思っている以上の困難が待ち構えているのだと諭してくれているんだと思う。
そして、絶対運命に立ち向かうのは俺一人じゃないということも……。
「今日はゆっくり休みたまえ。戦士には休息も必要だ」
そう言うと、車の中へと俺を促す。俺は「ありがとうございました」と一礼すると、車の中へ乗り込んだ。
「また会おう」
教授の微笑みに見送られて、洋館をあとにする。たぶん俺は、ここへ戻ってくるだろう。夕暮れの町を車は疾走する。
今日は『あの子』に出会えた。
その事が、何よりも嬉しかった────。
<第ニ章(四)織り成す運命 終>
<第二章 終>
絶対にキミを守る! 決意を固めたナツトくんに心強い味方!
次回より新章「第三章 新生活は突然に」へ突入です! ナツトくんを取り巻く環境に大変化!? そろそろ学園が舞台になっていく予定です!




