(四)織り成す運命:え、そんなに?
「ちょっと待ってくれたまえ。この荷物の代金を支払わねばな」
ああ、そのことか。変に勘ぐってしまった。
「(よし、今日はこのあと、ゲーセンに行けるぞ!)」
そう思うと頬が緩まずにはいられない。友人たちにもあとでSNSで連絡してみよう。まだゲーセンにいるかな?
「先程も少し話したが、キミの父君である日向岳彦とは、世界各国を飛び回った仲なのさ。当時のキミの父君は、学業こそ疎かにしていたもののなかなか仕事のできるヤツでね。私の助手として非常に役に立ってくれたのだよ」
「そうなんですか」
そんな話は初めて聞いた。『自分は町工場に勤めるしがない板金職人だ』というのが父さんの口癖だ。そんな過去があったなんて……。
「私はどうもね、ひとつの事に熱中すると、他のことが疎かになってしまいがちでね。レポート期限やミーティング時間など、よくすっぽかしてしまったものさ。フフフ……」
自覚はあるらしい。
「まあ、その点、日向はきっちりした男だったからなぁ。人としての分別に長けていたというか、責任感が強いというか、団体行動を仕切る才能があったというか。非常にやりやすかったよ」
うんうんと頷きながらポンとキーボードを叩いた後、教授はガタゴトと音を立ててデスクの引き出しを探り始めた。
そして無造作に、数枚の電子マネーカードをデスクの上に並べていく。
「どれが良いだろうね……ふむ……おお、これなんか、どうだね?」
と言って、その中の一枚を俺に差し出した。未使用のものらしくビニール製の入れ物の封は閉じたままだった。
「えっと……」
「ああ、気にしなくてもいい。アヤツとの約束だったのだよ。この荷物を持ってきてくれれば引き換えとして相応の謝礼をする、とね。本当は『美代』くんとのご祝儀代わりにでもと思っていたのだがねえ……」
美代とは、俺の母さんの名前だ。
「どういう事情かは知らないが、まあ今になって頼ってきてくれたのは嬉しい限りさ。どうか、受け取ってくれたまえ」
そういうことか……。途中で挫折して、他の質屋に持って行ったりしないで良かったな。
「ちなみに、中身はこれだけ入っている」
そう言って、PCモニターをこちらに向ける。そこには、電子マネーのウェブ管理画面が表示されていた。だがしかし……。
俺の目が、おかしくなったのだろうか? そこに示されている数字がやけに横長だ。
「どうかね? 問題ない金額だと思うが?」
えっと……先頭の数字が5で、その後ろに0が……1、2、3、4、5……6……7……。
何かの間違いじゃないか? そう思って指差しでもう一度数えてみる。
「……これ、ホントですか?」
横で覗き込むユリルが少し驚いたという声をあげる。
……急に身体が震えてきた。
俺はデスクにそっとカードを置くと、教授の前にスッと差し戻した。
「おや? どうしたのかね」
「……う、受け取れません」
「ん? 少なかったかな?」
「ち、違います! 多すぎます!」
両手を前に突き出して、思わず一歩後ずさる。小遣いとして持ち歩くには危険すぎる!!
ゲーセンのコイン交換機やコンビニのレジでこの金額が映し出された日には、とんでもない事態になり兼ねない! それに、税金とかどうなるんだ!?
「ふむ、そうかね……? これぐらい、一晩で使い切れる端金だと思うが……酒、ギャンブル、女、それで終了というところだろう?」
「あ、あの……! この荷物は、父さんが小遣い代わりにって渡してくれたもので……!」
「ほう?」
「お、俺は、その……ゲーセン代が欲しいだけで、こんな……自分で稼いだ金じゃないし……」
父さんが受け取りを拒否した理由もわからなくはない。しかしそれにしたって、こんな重大なもの、大した説明もなく小遣い代わりに渡すなんて……。
無責任にもほどがある!
「小遣い代わりね、ふぅむ、なるほど。それならこちらでどうかね?」
と言って今度は古ぼけて手垢で汚れたカードを差し出してきた。
「これは……これだけしか入ってない」
PCモニターを見ると、そこには5桁の数字が並んでいた。俺の普段の小遣いの2倍程度の金額だ。
カードを受け取る俺の頬が思わずほころぶ。これで、モンスレで遊べるぞ……!
教授はクスリと笑うと、肩をすくめて「カエルの子はカエルだな」と言った。
「用件は、以上かね?」
電子マネーカードを無くさないようにと財布に収める俺に、教授が問いかけてくる。
「えっと……」
頭を巡らせて逡巡する。無意識の内に、絶対運命の枷に手を触れていた。
もしユリルが、あの日、ミストで出会った悪魔なら、伝えておくべきかもしれない。
でも……。
そのことを、この人は……教授は知っているのだろうか?
確か、悪魔に関する研究を行っていると、滝宮隊長が言っていたはずだけど……。
「ああ、そうだ、忘れるところだった」
どう答えようか悩んでいると、教授の方が先に口を開いた。額を拳でコンコンと小突いている。
「日向ナツトくん、キミにひとつ質問があったのだよ。答えてもらえるかね?」
教授の目は笑っていたが、その視線は鋭かった。思わず、生唾を飲み込まずにはいられない。
何の質問だろう……。心臓がやけにバクバクと激しく鼓動し始めた。




