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天使な悪魔の絶対運命  作者: みきもり拾二
◆【第二章】天使な悪魔の護り人
32/155

(四)織り成す運命:盾冬教授

「暗いので足元にお気をつけ下さい」


 洋館の中に入り、広い玄関口でスリッパに履き替える。

 3本の蝋燭が灯る燭台を手にしたメイドの人の表情が、どことなく幽霊みたいに見えて薄ら寒い。洋館の中がしんと静まり返り、少し肌寒いのもあるだろう。出来の悪いお化け屋敷よりもよほど雰囲気がある。かといって逃げ出すわけにも行かない。

 メイドの人が歩き始める後を、遅れないようについていく。


 長い廊下を行くと、窓の外には中庭が広がっていた。廊下よりも外の方が明るい。中央には噴水がある。その周りを綺麗に整えられた低木の茂みが囲んでいた。

 花壇には花も植えられており、ちょうど咲き頃なのか、建物の陰りの中で色とりどりに咲き誇っていた。隅から隅まで、きちんと手入れが行き届いているようだ。


「(……わっ!)」


 一瞬、ドキリとした! 低木の向こうから、ひょっこり人影が現れたからだ。目つきの悪い……老婆のようだ。背が低いのか、ちょうど首から上だけ低木の茂みから顔を覗かせている。


「(……あれ?)」


 しげしげと眺めていて気がついた。おでこの辺りに2つ、突起のようなものが……? まるで、生え始めの鹿の角のような突起だ。

 俺の視線に気づいたのか、老婆はこちらをジロリと睨みつけると、フイッと低木の茂みに隠れてしまった。

 目の錯覚か、とも思ったが……。まあ、いいか……。

 あの少女もこの洋館の中に入っていったはずだけど、どこにいるんだろうか?


 あの店員と言い、このメイドの人と言い、チラッと見えた老婆と言い、妙な住人たちばかりだな……。



 廊下を曲がり、さらに奥まで進んだ突き当りの広いドアの前で立ち止まる。

 メイドの人がノックして「お客様をお連れしました」と声を掛けると、中から「どうぞお入り」と声がした。


 メイドの人がドアを開いて中に進むと、その後ろから頭をへこへこ下げながら部屋の中に足を踏み入れる。


 部屋の中はほとんど暗闇だった。教授の座っている机の周りだけ、据え置きランプの明かりとPCモニターの明かりで明るくなっている。

 どうやら窓を塞ぐようにして本棚が置かれているせいのようだ。もとは広々とした部屋のようだが、背の高い本棚に囲まれているせいか、妙に手狭に感じさせる。

 どの本棚にも、無造作に書籍が詰め込まれていた。さらに、盾冬教授が向かっているデスクの上や、ソファの前のテーブル、デスク周りの床にもぶ厚い本の山があった。

 それに加えて、殴り書きされた紙切れが床のあちこちに散乱している。妙な紋様が描かれたものや、計算式や殴り書きのされたものなど、様々だ。ホワイトボードや本棚の縁にも、辺り構わずといった具合で殴り書きの紙切れが貼り付けられていた。

 まさに研究者の部屋のイメージそのものだ。


「よく来たね。まあどうぞ、こちらへ」


 足元に気をつけながら、部屋の奥まで進み入る。背後でメイドの人が「失礼します」と言ってドアを閉める音が聞こえた。


「荷物というのはどれかな? どうぞ遠慮せず、デスクの上に置いてくれたまえ」


 柔らかな口調で話しかけながら、PCモニターから目を逸らせ、俺の方を見る。

 白髪交じりのボサボサの髪の毛に、顎から頬にかけて無精髭が短く伸びている。丸眼鏡を鼻に乗せ、Yシャツの上にベストを着こみ、肩からサスペンダーを下げていた。

 歳は初老、と言ったところだろうか? 丸眼鏡の向こうから見えるその瞳は、好奇心が強そうなキラキラとした光で満ちていた。

 そして教授のものらしき精霊プリズムが、左肩のやや後ろで静かに漂っている。


「父さんから預かってきたのはこれです」


 肩からいったん床にスポーツバッグを下ろすと、「よっ」とばかりにデスクの上に乗せる。


「ほほう、どれどれ」


 教授は丸眼鏡をクイと上げると、腰を浮かせてスポーツバッグのジッパーを開けた。


「おお、これはこれは」


 目を細め、嬉々とした様子で本や破片を取り出していく。


「いやあ懐かしい。素晴らしい品々だね。よくぞ保管してくれていたものだ。……ん?」


 急に押し黙ると、砂の入った袋を手にとって持ち上げる。


「あ……それはゴミですかね? すみません」

「いやいやいやいや! これはね、大変貴重なものだよ! アヤツめ、律儀にも捨てずにおいたのか! 素晴らしい、ふはははははははは!」


 ……俺にはガラクタの山にしか思えないのだが、教授にとっては宝の山のようだ。


 その時、戸口の方からノックする音が聞こえた。ガチャリと戸が開いて、お盆を手にしたあの少女が入ってきた。お盆の上にはティーカップが2つ乗せられている。


「教授、お茶をお持ちしました」

「ああ、ユリルくん、ありがとう」


 慣れた様子でドアを閉めると、少女……ユリルは、お盆を手に俺達の方に近づいてきた。


「ナツトくん、こちらの教授で間違いありませんでしたか?」

「ああ、うん。大丈夫」

「人違いじゃなくて良かったです」

「ユリルくん、見てみたまえ。こちらのナツトくんがね、わざわざ持ってきてくれたのだよ」


 微笑んでいたユリルが、デスクの上のモノを見た途端、眉根を寄せて真顔になる。


「いいかね? これはアフリカ中央部の森林地帯で集めた泥を乾燥させたものだ。あそこは湿地帯もあってね、ほら、ここに日付と収集場所が記されている。あの土地には原住民の不思議な……」

「教授、そういったものを収集なさるのはよろしいんですけど、ちゃんと整理整頓してくださいね」

「はははは、もちろんだとも。そんなことよりこの土の成分だが……おおそうだ! たしかこの文献に……ちょっと待ってくれたまえ」


 教授はスポーツバッグの中から本の束を取り出すと、荷紐を無造作にほどいてその中の一冊を手にとった。


「ほっほっほっ、そうだそうだこれこれ。うう〜〜ん、どこだったかな……はて……」


 横でユリルが溜息をつく。


「いつもこんな調子?」

「そうなんです。研究にご熱心なのは良いんですが……」


 ユリルは困ったように微笑む。


「せっかくの紅茶が冷めてしまいますから。すみません、置く場所が無いのでソーサごと受け取ってもらっていいですか?」


 と言ってお盆を差し出してくる。


「ああ、ありがとう。いただきます」

「教授も休憩になさったらどうですか?」

「うむうむ。……おお、そうだ、これだ。このバクテリアが面白い特性をしていてね、この土の主成分である……と待てよ、それは確かあっちの文献に……」


 手にしていた本を無造作に机の上に置くと、他の本をパラパラとめくり始める。


「ごく一部に過ぎないが、この品々はね、こちらの日向ナツトくんの父君である日向岳彦(たけひこ)と、私が若かりし頃に世界各国を飛び回って……」

「教授、さっちゃんが銘柄をお答えになるようにと」


 ユリルの言葉に、ピタリ、と教授の動きが止まる。


「ほう? では少し休憩にするとしよう」


 教授は手にしている本をパタリと閉じると、さっき置いた本の上に重ねて置き、どっかりとデスクチェアに腰を下ろした。


「さてさて、今日の銘柄は……」


 手もみをしながらソーサごとティーカップを受け取る。そしてすぐにズイっと一口、紅茶をすすり上げた。


「ふむ……」


 しばらく考え込んだ後、自信ありげに顔をあげる。


「ウバだ。甘い香りが強く、それでいて濃厚な味がする」

「自信の程は?」

「ふふっ、150%」


 ユリルはお盆を後ろ手に回すと、イタズラっぽく微笑んだ。


「残念ですが、答えはアッサムです。ウバよりも甘みがありませんか?」

「おおう、これはまいった」


 言葉の割に、どこか楽しげに頭を振ると、教授はグイッと一気に紅茶を飲み干した。そしてデスクの隅の方にカチャンと音を立ててソーサとカップを置く。


「結構なお手前でした、と伝えておいてくれたまえ。ところで、そちらのナツトくんには砂糖が必要なんじゃないかね?」

「え?……」

「あ、すみません。気づかなくって……確か角砂糖が……」


 ユリルはキョロキョロとあたりを見渡し始める。


「テーブルの上に置いてませんでしたか、教授?」

「私は触ってないのでね。あるんじゃないかな?」


 ソファ前のテーブルの上は、山積みの本で埋め尽くされている。そこから発掘するのは大変そうだ……。


「あ、大丈夫です。このままでいただきます」


 そう言って、すばやく一口すする。


「うっ……」


 ……渋い。いつも口にするペットボトルの感覚で口をつけたもんだから、余計に渋みを強く感じてしまう。


「ふふふ、無理せずともよいのに」

「すみません。慣れると甘みがあって、どなたでも楽しめるんですけど」


 俺はうんうんと頷き返すので精一杯だった。


「教授がお掃除をきちんとなさらないからですよ。お客様に来ていただくこともあるんですから」

「ふん、整然として綺麗なものじゃないかね」

「せめてメモ書きをあちこちにバラ撒くのはやめてください。レポートにお纏めになれば済むことです」

「いやいやいや。何度も言うようだが、すべて私にとっては整理された状態にある」

『どこがですか?』


 思わず、ユリルと俺の言葉がハモる。一瞬、顔を見合わせて、目を背けた。


「フフフフ、いいかね? そもそも思考というものをレポートなどという二次元平面に纏めてしまうこと自体、ナンセンスなのだよ。だから間違いが起きるのさ。なぜなら思考というものは、多次元的に展開されているのだからね」

「その言い訳は聞き飽きました。部屋のこちら側が左脳で、あちら側が右脳、でしょう?」

「そうだよ、まったくもってその通り! できればこう、天井にも貼り巡らせる習慣を復活させられれば完璧なのだが……」

「ご遠慮ください」


 ピシャリとユリルに言いつけられて、やれやれといった様子で教授が両手を広げる。

 そして、つと、本棚の方を指差してみせる。


「『ザ・スプレッドストラクチャーテクノロジー・オブ・ザ・ヴァーチャルスペース』。ナツトくん、その本棚の2段目、右上に貼ってあるものを見てくれたまえ」


 何を言ってるのかは意味不明だが、ティーカップをデスクの隅っこに置くと、言われた通りの場所の張り紙を見てみる。


「……あ、これですか?」


 無造作に重ねて貼り付けられているメモ書き群の中に、英語とカタカナで走り書きされたメモを見つける。その下には小さな文字でぎっしりと、何か説明文のようなものが英語を交えて書かれているが……。


「そう、あったろう? でその反対側の本棚だが」


 教授が、今度は部屋の真向かいにある本棚を指差す。


「『エスツーティー理論の予測公式』。一番下の段の左側だ。その近くの床には、公式の修正版が転がっている」


 促されるがままに反対側の本棚の下の方を見る。が、こちらの本棚の張り紙は数式がたくさん書きなぐられているものばかりで、どれがどれだかわからない。


「ああ、今、ナツトくんが膝で踏んでいるヤツが修正版だよ」


 見ると、確かに『エスツーティー修正』という走り書きのある数式が書かれたメモを、俺の膝が踏んでいた。


「さらにその応用による『ニュー……」

「あ、もう結構です」

「おや、そうかね? この立体構造と距離間が非常に重要で、その位置関係を頭に入れながら聞いてもらえれば、すぐに理解できるわけだが。例えばだね、その左の……」

「教授、あまりお時間を取られると、ナツトくんの帰宅時間が遅くなってしまいますよ。明日も学校はあるんですから」

「お?……ふむ、そうかもしれんな」


 滝宮隊長が言っていた通り、熱中すると他の事が気にならなくなってしまうようだ。教授のペースに合わせていると、いつまで経ってもこの部屋から出られそうにないな。


「まあこの通り。私の頭の中には常にこの部屋の状況が整理されている。掃除なんてものは必要ない、というわけさ。無理にでも動かしてしまおうものならせっかくの研究アイディアがパア、だよ」


 盾冬教授は目を閉じ、眉をしかめて、何かを撒き散らすような仕草で両腕をふわっと広げた。


「では、先日無くされたとおっしゃられていた万年筆は見つけられたんですね?」


 ユリルの問いかけに、沈黙が訪れる。部屋のどこかに置いてある時計の、秒針を刻む音だけが静かに響いていた。

 しばらくして、教授はクイッと丸眼鏡を押し上げ、「ふん」とひとつ鼻息をつくと、


「あれにも何かメモを書いておくべきだったな」


 と言って肩をすくめた。

 ユリルが目を閉じた澄まし顔で「ちゃんと整理整頓していただければ済むことです」と言うが、教授はやれやれといった様子で頭を振るだけだった。




「では、仕方がない。本題に入ろうか」


 人差し指を立てながらそう言うと、教授はデスクの上のPCを操作し始めた。


 えっと……本題ってなんだっけ? まさか……。



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