(三)二刀流:俺が片付ける!
「急いで隠れないと!」
少女はひとつ頷くと、公園の中へと駆け込んだ。
その後を追おうとした時、再び魔物が鳴き声を上げた。その鳴き声が近いことに気づいて、振り返って空を仰ぎ見る。
細長い首に細長い胴体、細長い尻尾、そして大きく広げた翼。白い靄の中を悠然と飛空する、飛竜のような姿の黒い影がはっきりと見て取れた。さっきは黒くモヤっとしか見えなかったのに!
つと、赤い光がこちらを向く。
「(まずい……!)」
また俺は、ヘマをしたかもしれない! 視線から逃げるように公園へ駆け込む。
少女はすでに低木の茂みに身を潜めていた。そこから少し距離を置いて、俺も低木の茂みに身を隠す。上空では、喚くように何度も何度も魔物が鳴き声を上げている。
やはり、俺の存在に勘付いているようだ。
「(くそっ、どうしたらいい……?)」
下手に飛び出して逆襲に遭おうものなら目も当てられない。前回の轍は踏みたくないが、だからと言ってこのままここに留まっていては、少女にも危険が及ぶかもしれない。
そうなったら彼女は……彼女はまた、アレを呼び出すかもしれない。そうすると天使たちがそのことに気づいて……。
その時、魔物がいきなりグルンとその場で急旋回をした。
「……なんだ?」
と思っていると、空から緑色の液体のようなものが降り注いできた!
木々にバラバラと音を立てて舞い落ちたかと思うと、あちらこちらでジュワジュワと妙な音が聞こえてくる。まるで、木々を溶かしているかのような……!?
しばらくすると、糞尿のような臭気が辺りに漂い始める。
「なんだ、これ……!」
思わず鼻と口を塞ぐが、少々遅かったようだ。むせてゲホゲホと咳き込んでしまう。見ると、少女も同じくむせこんでいた。
「酸、みたいですね……。浴びると、危険です」
それにこのむせ返るような臭気……。鼻、口、喉、肺に、チリチリとした小さな痛みが広がる。隠れている獲物を炙り出そうとしているかのようだ。
再び魔物の雄叫びが辺りに響いたかと思うと、バラバラと液体が降り注ぐ。
「あつ……!」
俺の右腕に激痛が走る! 液体が降りかかったのだ。大した量じゃないのに、焼けるように痛い!
思わず液体のかかった箇所を掴む様にして抑えこむ。
「だ、大丈夫ですか!?」
少女が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫……ちょっとだけだから……くっ!」
言ってみたものの、予想外に痛みが深々と食い込んでくる。手をどけてみると、服が溶けて、肌がやけどのようにただれていた。そしてところどころ、赤紫色に微発光している。
混沌創だ……!
痛みはその奥で疼いている。
「何か、毒素のようなものも含まれているのかもしれません」
俺の腕を見て、少女がそう呟いた。
「キミは大丈夫?」
問いかけると、少女は俺の目を見てコクリと頷いた。その横で、精霊プリズムが静かに漂っている。
その眼差しと優しい気遣い。その姿に、心の奥でフワリと温かいものが広がった。
ああ、やっぱりこの子は────。
もはや言葉はいらない。疑念は確信に変わっていた。
「ケケケケケーーーーーーーーン!!」
上空で喚き散らす魔物。この公園に狙いを定めて、液体を撒き散らしてくる。
「(やはりここに隠れてても無駄だ!)」
混沌創が出来たなら、絶対運命の枷に頼らずとも悪魔術が使えるはずだ。それにゼノリスも、いつ援助に来てくれるかもわからない。
だったら……!!
上空の魔物をキッと睨みつける。対抗する術があるなら守るべきものを守りたい!
「キミはここにいて」
「え?」
「俺はキミを守りたい。だから、アイツを片付ける────」
俺の言葉に少女が目を丸くする。
伝えるべきを伝えられた気がして気分が高揚する。俺の心の奥底で、何かが渦巻いた。
右腕の混沌創がカッと熱くなって、ドンと音を立てて頭上に何かが現れる。
「ヒイィィィィィフゥゥゥゥゥゥゥ………」
悲鳴とも奇声ともつかない声が聴こえる。混沌が、俺の呼びかけに応えて現れたのだ!
「アイツを地上に引きずり下ろして足止めする!」
頭の中で『モンスレ』の忍者キャラ『薄影』ことディープ・シャドウのイメージが煌めく。様々な忍術を駆使して敵の行動を邪魔する工作部隊のスペシャリストだ!
腰を沈めてグンと踏ん張ると、次の瞬間、俺は猛ダッシュで茂みを飛び出した。
公園を駆け抜け道路へ飛び出し、猛然と坂道を駆け上がる!
それに気づいた魔物がもの凄い勢いで滑空してきた! あの狼男と同じく、全身真っ黒なその姿。目だけが爛々と赤く光り輝いて、頭上にはドス黒いものが渦巻いている。
「来いっ!!!!!」
魔物は恐ろしいほどの猛スピードでグングン近づいてきて、後ろ足の凶悪な鉤爪を俺に向けて伸ばしてくる!
「今だ!!!」
鉤爪が俺の背中に迫った時、クンと直角に方向転換して建物の壁を駆け登る! 反応しきれなかった魔物は白い靄を巻き上げて、地面を滑る!
俺は勢い良く壁を蹴ると、高々とジャンプした! 頭上の混沌が嬉々とした奇声をあげると、いつの間にか右手にクナイが握られていた。
そのクナイを魔物めがけて投げつける!
「深影忍法!『御来光』!!!」
瞬間、クナイが強烈な光を放つ光球へと変化する!
地面を滑る魔物が悲鳴をあげる! そしてグラリと体勢を崩すと建物に激しくぶち当たった!
「深影忍法!『影縫い』!!!」
間髪を入れず、魔物めがけて次々にクナイを投げつける! クナイは魔物の影に突き刺さり、その動きを封じ込んだ!
「グエエエエエエエエッケエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
魔物が頭を震わせて、怒りの雄叫びをあげる。しかしその身体は『影縫い』の術によって封じられ、微動だにしない! 長い首をくねらせ藻掻く魔物の真っ赤な視線が、憎々しげに輝いている。
大ダメージ攻撃のチャンスだ!!!
しかしディープ・シャドウには、ここでトドメをさせる大技がない!
俺は瞬時に、別のキャラのイメージを思い描いた。頭上で混沌が金切り声をあげて俺の思考に同調する!
「い出よ! 地獄の業火を纏いし『獄炎の刃』!!!!!!」
主人公キャラのジミー・ケンゴーの超巨大必殺剣! 右手に黒い靄が渦巻いたかと思うと、長さ5mはあろうかという巨大な刃が姿を現した!
今朝出せなかったものが、今はこの手の中で唸りをあげて燃え盛っている。
「やれる!!!!」
獄炎の刃を斜めに構えると、怒声もろとも魔物めがけて滑空する!
「うおおおおおおお! ファイナルスラッシュブレイド!!!!!!」
しかし!
「ゥギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
耳の奥までつんざくような酷い雄叫び! 音波が衝撃波となって俺の身体を弾き飛ばす!
「うわっ!」
同時に、まるでロウソクの炎を吹き消したかのように獄炎の刃が掻き消えた。頭上の混沌も情けない声をあげて姿を消してしまう!
「ウソだろ!?」
自分の身体が急速に落下していくのを感じながら、魔物を睨みつける。魔物の頭上にある混沌が、その大きさを増していた。
「混沌が魔物に味方した……!?」
訳も分からず、そんな思いが駆け巡る。
そんなことより、このままだと地上に激突してしまう! それに!
体勢を立て直した魔物が、胸を反らして翼を広げる。閉じた口いっぱいに何かを貯めこむように、喉が大きく膨れ上がっている!!!




