(ニ)発見:2日ぶり2度目の
「まいったまいった……」
滝宮隊長の車を見送ったあと、思わずそう漏らしてしまう。激戦区だと聞かされた直後に、ミストが発生するなんて。
無事にゼノリス第二十六地区には辿り着いたものの、結局、この重いバッグを担いで徒歩であの坂道を行くしか無さそうだ。まあミストに巻き込まれるよりかは遥かにマシだろう。
車道はミスト発生による交通規制のせいで、早くも渋滞を見せ始めている。スマホやカーナビで、迂回先を検索するドライバーの姿も見受けられた。その近辺で漂う精霊プリズムたちも、いつもより動きが慌ただしく、どこか不安げだ。
ふと、空を見上げると、一筋の飛行機雲が真一文字に伸びていた。こういう時、空を飛べたらどんなに楽だろうと思わずにはいられない。建物を避けるように角をくねくね曲がって歩く必要もない。
精霊魔術を使えばそれも可能だろうが……。自分が空を飛ぶ姿を思い描く。今日のような日には、風も心地よさそうだ。
「行くか……」
ここでボヤッと妄想していても仕方ない。帰りのことを考えると、暗くなる前に辿り着いておきたいところだ。
ガラクタ……もとい、お宝の詰まったスポーツバッグを肩に背負うと、停車する車の間をすり抜けるように歩き始めた。
幸い、駅よりもインターチェンジの方が山の近くだった。平坦な道をほんの少し行くと、すぐにあの坂道へと辿り着く。大きな車道の喧騒を尻目に、俺は住宅街の坂道へと足を踏み出した。
「はあ……ふう……精霊魔術で、スーッと登っちゃダメかな……?」
肩の痛さにそんなことを考えずにはいられない。せめて重力に逆らって、荷物を軽くする精霊魔術とか。
「アンナ様がグラビティストーンをスイスイ操るようにさ……」
などと考えていたその時!
ウアアアアアアアアアン────。
「へ?」
再び響き渡るサイレンの音。俺の精霊プリズムが赤色の点滅をしながらせわしなく回り始める!
『ただいま、ミスト発生警報が発令されました。ただいま、ミスト発生警報が……』
ミストがまた発生したのか!? さっき発生してからまだ10分も経っていないのに!?
しかも精霊プリズムが警戒アクションをしてるってことは、今度は発生源が近いってことだ!
慌ててスマホのミスト発生情報アプリを立ち上げる。アクセス中のアニメーションアイコンがもどかしい。周りをキョロキョロ見渡すと、どこからか慌てたような人の声が聞こえていた。
ミストとはいえ、すぐに巻き込まれるわけじゃない。発生地点でもすぐに逃げ出せば問題ないはずだ。
さすがに2度目ともなると、自分を落ち着かせる余裕があった。
「この前は急過ぎて、運が悪かっただけなんだって……!」
アクセス中アニメーションがまだ動いている。
「早く! 早く繋がってくれ!」
祈るようにスマホ画面を見入る。
いざとなったら、他の住人について逃げる手もある……。そう思って、もう一度、周囲を見渡してみる。道路に出てくる人の気配は無く、薄暗い日暮れの中でしんと静まり返っていた。
もしかして、発生地点は少し離れた場所なんだろうか? 日暮れ前に帰りたかったが、もう日が暮れてしまっては……。
「ん……?」
……さっきまで、まだ明るかったはずなのに、薄暗い?
それに俺の精霊プリズムが……あの時と同じように静かになっている。
そしてようやく、スマホ画面に映し出された文字。
『アクセスできません。電波状況を確認して下さい』
「ウソだろ……?」
上空を見上げて、血の気が引いた。空一面を覆い尽くす白い靄。それはゆっくりと舞い降りてきていた。今はもう、周囲の家々の屋根を飲み込もうとしている。
すでに巻き込まれていたんだ……。
「なんてこった……」
俺はスマホをポケットにしまうと、急いでその場から動くことにした。まずは身を隠すべきだ。
自然と足が、あの児童公園に向かう。児童公園のあの低木の茂みに潜んでいれば、きっとやり過ごせるだろう。
巻き込まれた場所が前とほぼ同じ場所で、ある意味助かった。あそこはゼノリスに発見された場所だし、現在地からの位置関係もなんとなく覚えている。
ひとつ気になるとすれば……。
「先に発生した方は、いつ解決するのかな……」
滝宮隊長が向かった先のミストも気がかりだ。あちらの状況次第では、ゼノリスがこっちにやって来るのに時間が掛ることも考えられる。
魔物に見つからなければどうということはないが、救援に時間がかかるようでは心許ない。
いざとなったら……。
「コイツに頼るしか無い」
左手首に巻かれた『絶対運命の枷』に視線を投げかける。あの時ほど、俺は無力じゃないはずだ。
グッと奥歯を噛み締めて、足早に公園を目指す。
その時。
人影が見えた。同時に一瞬だけ、追尾する精霊プリズムも見えた。
間違いない、人がいる。俺以外に巻き込まれた住人がいたんだ!
慌ててその人影を追いかける。ちょうど、俺と同じく公園の方に向かっているようだ。
「(この町の人かな?)」
もしかすると、ここの人はみんな、あの公園に逃げるように教えられているんだろうか?
重い荷物に悪態をつきながら、歩を緩めずに追いかける。山を巻くように下る坂道に出て、公園の方へ向かうと、前を行く人影がはっきりと見えた。
バタバタと足音を立てて近づいていく。すると、人影が足を止めた。
白い靄からゆっくりと姿を現したのは、女子高生だった。
「あ……!」
俺の顔を見て、驚いたように声をあげる。
二人の視線が交錯し、瞬間、俺の胸がドキリと高なった。
……いや、見知らぬ女の子だ。少なくとも俺の知り合いではない。でも……。
この胸の高鳴りは────!
確信めいた感情を胸に、女子高生の前で足を止める。すると、その子は、ちょっと困ったような表情をして、視線を逸らした。
話しかけられたくない……そんな雰囲気を感じる。
その様子に、湧き上がった高揚感が音を立てて崩れ去る。そんな表情をされるなんて、思ってもみなかったから。出会わなければ大丈夫などと思いつつも、再会はきっと楽しいものだろうと期待していたから……。
もしも、この女子高生があの時の少女であるとして、俺との再会は何か迷惑だったろうか?
俺はあの時、成り行きであの子が悪魔だということを知ったが……本当は、あの子はそのことを他人に知られたく無かったのかもしれない。
現に、あの子は俺が戦い終わって気を失った時、何も言わず、何も残さず、その場から立ち去っている。
それは彼女が、俺と長く関わり合いたくないという思いでいたからじゃないだろうか?
彼女は、俺との再会を望んでいなかったのかもしれない……。
そうだ……。どうしてその事に気づかなかったのだろう……!
俯いたままの少女の姿に、心が傷んだ。
でも俺は……それでも俺は……!
俺はキミを守りたいと心の底から願ってる────! だから……。
だから……。
いや……。
自分の左手首に巻き付いている絶対運命の枷の存在が、重く感じられる。
俺は天使の使徒だ。
彼女の生命を奪いかねない危険に導く、死の使い……。
もし今、彼女に俺が天使の使徒になったことを伝えたらどう思うだろう……。
もしかしたらこの再会は、この絶対運命の枷が導いた運命……? だとしたら、彼女はやはり、いつか天使の前に……。
彼女は視線を合わせようとしてくれない。そのことがつらくて仕方がない。
むしろ、この子があの時の少女でなければいいのに、とさえ思った。確証が得られないもどかしさと、今の状況のやるせなさに、胸が張り裂けそうだ。「キミはあの時の?」と尋ねられればどんなに気が楽になるだろう?
渦巻くネガティブな思考が止まらない。考えれば考えるほど、どんどん加速していく。
抑えろ……抑えるんだ。目の前にいるのが、あの子なら尚更に、俺は守らなければならい。そう誓ったんだ!
彼女が望むなら、仕方ない。今は……この場では、知らない人のフリをしよう……。
それが一番と思えた。
心を決めて、目の前の少女を見据える。
「あの……魔物に見つかると大変だから、とりあ……」
言いかけた時、頭上から「ケーーーーーーーン」という鳴き声が響いた。
二人揃って上空を見上げる。
白い靄の向こう、黒い大きな影が上空を旋回していた。
俺達はもう、魔物に見つかってしまったのか────!?
<第ニ章(二)発見 終>
またしても巻き込まれてしまったミストの中。でも、ついにあの子に出会えた? 確信が持てないまま、魔物が迫る! どうするナツト!?
次回より「第二章(三)二刀流」になります!




