43時限目・ハワイ海戦
ほーい、授業だー
1941年前半は、アメリカ海軍が半壊した事で日本は楽にはなった。
だが、そう簡単に楽をさせてはもらえない。
ヨーロッパではバトル・オブ・ブリテンが始まり、スペイン空襲も苛烈になっていたからだ。
イギリスは北極海、北海に絶大な勢力を誇るロシア海軍を背景に、北極圏航路によって資源輸入を維持していた。
スペインは、日本からの支援で命脈を繋いでいる状態だった。
この頃のヨーロッパ戦線には、イタリアの参戦もあって地中海での戦いも起きていたが、イタリアとスペインの戦力は伯仲し、さらにイギリスやボルドー政権に与する自由フランス海軍も居た。
イタリアはフランス侵攻やバルカン半島での失地回復こそ成し遂げていたが、そこから先へ進む術を持たなかった。
完全にドイツが単独で他のヨーロッパ諸国と戦う状態にあり、フランスこそ降したが、それ以後は第一次世界大戦の様な膠着を見せ始めていたんだ。
もし、ここにアメリカが現れば形勢は変わるんだが、アメリカにそんな考えは存在しない。
ドイツに対する借款停止を実施して以降、ヨーロッパへの関心を失い、すべてを日本との戦争に傾けている状態だったからな。
この状態なので、イギリスは下手にカナダからの支援をあてに出来ないでいた。
カナダを巻き込むと、アメリカがどう動くか分からないからだ。
そんな状態だったから、日本は気楽にアメリカだけと戦う訳にも行かず、スペインやイギリス、ボルドー政権支援は削れない。
そんな9月、列島に在する中央艦隊によるハワイ奪還計画が実行される事になる。
この計画はまるで隠すことなく遼東半島を経由してアメリカ東海岸へも漏れていた。
作戦を考えた中央艦隊司令部や中央艦隊司令長官となった高野五十六らが会合などの席でばら撒いたからだと言われている。
彼らは漏れている自覚はなかった。
ただ、それでも構わない心境ではあっただろう。
彼らが欲したのは、ハワイ奪還よりもアメリカ機動部隊との決戦だったからだ。
中央艦隊は、6隻の空母を中心とする大艦隊を編成し、先ずは千島へと集結した。
そこからハワイを目指し出撃したんだ。
アメリカ側は、知らされた情報に困惑した。
無線暗号の解読ならともかく、料亭での会話がはたして事実であるかを疑っていた。
さらに、6隻の空母を主力とする艦隊によるハワイ攻略にも疑問を呈したほどだ。
カリフォルニア湾にある海軍司令部からは、迎撃作戦実施の催促が届いたが、東海岸ではその必要性に疑問符が付いていたほどだ。
だが、その考えを覆す事件が起きた。
9月14日未明、突如飛来した飛翔体がサンディエゴ軍港を襲ったんだ。
それは他でもない。飛行水雷による攻撃だった。
被害は軽微だったが、ハワイを日本に奪還されるとこんな散発的な嫌がらせでは済まなくなるという意見が多数を占め、東海岸でも海軍の迎撃作戦を承認する事に繋がった。
こうして、アメリカ機動部隊もハワイへ向かって出撃していく。
世に言うハワイ海戦の始まりだ。
日本側の作戦は、あまりに複雑怪奇だった。
南方艦隊はその作戦に疑問を呈し参加を見合わせ、外周での支援に留める事にしたほどだった。
空母6隻を中心とする機動部隊を前面に展開し、その後ろからは戦艦4隻を中心とする司令部艦隊と上陸船団が続いていた。
アメリカ艦隊はカリフォルニア湾やサンディエゴ軍港を発った段階から捕捉され、次の日にはその陣容がある程度判明していた。
中央艦隊は10月3日にハワイ近傍へと至り、周囲の索敵を実施するが敵の発見には至らず、カメハメハ湾攻撃を決断する。
実際には4個に分散したアメリカ艦隊のうち3つの機動部隊は南方艦隊による追跡が成功しており、居場所が分かっていたのだが、日本機動部隊には、その通信は届いていなかったと言われている。
そのため、日本側の攻撃を受けたハワイ占領軍による偵察で日本側の位置を先に知ったアメリカ機動部隊は、優位な位置から攻撃隊を発進させる事に成功した。
その攻撃隊が日本機動部隊へ到達した時、ちょうど帰還した攻撃隊の着艦が行われている所だった。
不審な飛行隊の接近に気が付いた戦闘機部隊が警告を発し、着艦作業を中断しての迎撃が行われたが、混乱する機動部隊では防空戦闘が中途半端となり、2隻の空母が被弾する事態になった。
ここでようやく、南方艦隊も機動部隊に敵情報告が届いていないと察し、再度の空母情報の伝達を行ったが、それがさらに機動部隊司令部を混乱に陥れてしまった。
機動部隊司令部では、敵空母情報が無いのでハワイ攻撃部隊の編成に注力しており、対艦攻撃の準備をしていなかったんだ。
慌てて兵装転換を行っている最中にさらなる攻撃隊が飛来し、迎撃をすり抜けた急降下爆撃機によって空母1隻が被弾、甲板や格納庫に広げられた爆弾や燃料に引火して大火災を引き起こしてしまった。
無傷の3隻によって何とかアメリカ機動部隊への攻撃を敢行したが、予想外に迎撃戦闘機が多く有効な攻撃は僅かしか行えず、半数の攻撃隊を喪う大損害を出しただけに終わったんだ。
この結果に、中央艦隊司令部も作戦変更を余儀なくされた。
高野五十六ら中央艦隊を率いる面々や空母機動部隊司令部は、空母主兵論者が多数を占めていたんだ。
当時の日本では珍しい部類の思想を持ってる連中だった。
結果は主流派によって導き出された予測をなぞるだけに終わったんだが、ここには異論があるのも確かだ。
ハワイ海戦の前半戦における失敗は、何よりも情報取得の拙さにあった。
せっかく南方艦隊から情報が発信されていたのに、肝心な空母機動部隊にはそれが届いておらず、無線封止を優先する司令部艦隊も空母機動部隊に受信有無の確認を取らなかった。
結果、空母機動部隊は敵情報告がないままで作戦遂行となった訳だ。
さらに、偵察においても敵を発見出来ない中で、当初計画通りにハワイ攻撃と空母迎撃の二正面作戦が実行に移され、挙句、奇襲攻撃を受けて作戦は破綻という惨状となったんだ。
もし敵情報告が届いていれば、結果は変わったと言われる事も多い。
と言っても、攻撃隊が損害なく敵空母を撃沈できたって話にはならないんだがな。
そんな訳で、作戦変更した中央艦隊は、戦艦を中心とする司令部艦隊を前進させ、空母を防空に専念させる形をとる。
こうしてアメリカ艦隊を迎え撃つ体勢を整え、向かい来る攻撃隊をバッタバッタと叩き落としてアメリカ空母を空にした。
攻め手を失ったアメリカ艦隊は、随伴する巡洋艦によって攻撃隊を編成して艦隊戦を挑んで来たのだが、それは日本側の思う壺だった。
防御の薄い巡洋艦では飛行水雷のダメージを受け流せず、またたく間に艦隊は崩壊し、残された空母はただ逃げるしかなくなったんだ。
後は南方艦隊の仕事だ。潜水艦や巡洋艦による襲撃によって空母を全て沈める事に成功したんだ。
日本側も空母2隻を沈められ1隻も再起不能で処分となったから完勝とはいかなかったが、アメリカは太平洋で活動する空母を失い、ハワイを手放す以外なくなったんだ。
日本はハワイ奪還に何とか成功し、戦線を押し戻すことには成功したが、空母の有効性には大きな疑問符が付いてしまった。
おっと、時間だ。




