83 醸造所の仕事
「あと少ししたら昼食だから、それまでに掃除を終わらせちゃおう」
「おーなの」
「ノエル、ちょっと手伝ってくれる」
「いいよ。何すればいい?」
イリナともう一人の子がモップ掛けに戻る。
ノエルは、別の修道女に呼ばれ、そちらにいった。
「はあーーー。修道女の服も素敵ですね。エステル様にも来ていただきたい」
「着ないわよ。まあ、ダーリンが見たいって言うなら喜んで着るけどね」
(俺たちも何か手伝うべきかな?)
「私はアンとアナでしたか、鍵を持つ二人に話を聞いてみたいと思いますが、ティト様も来られますか?」
そう聞かれて考えた。
謎は気になるが、俺は俺で動いた方が情報は集まるかもしれない。
ビースナスに残る事をジェスチャーで伝えて、ノエルの方に行ってみる事にした。
この醸造所は、中央が広場になっていて、それを二階建ての建物がグルっと囲んでいる形だ。
ノエルたちは、扉から中に入り、そのまま反対側の扉から出て、菜園の中を真っすぐ歩いているようだ。
「あっ、ティトこっちに来たんだ」
「あっ、スライム! 噛みついたりしないかな?」
「あはは、スライムに歯は無いよ。それにティトは凄く優しいから大丈夫だよ」
「本当? ティトさん、私はケイトよ。よろしくね」
「私はエステル、ダーリンの伴侶よ」
「うわぁー、妖精様だー。凄いね。本で読んだことあるけど、会えるなんて思わなかった。よろしくね」
「まあ、よろしくしてあげるわ」
ケイトが屈んで俺の頭を撫でると、それに反応してエステルが出てきたが、エステルに対しても、目をキラキラさせている。
「みんな優しいけど、外の世界にも出てみたいなー。ノエルちゃん、あとでいろいろ教えてね」
「なんでも聞いて、でもボクも旅をするようになったのは、ついこの間だけどね」
菜園から守衛の人に挨拶して、裏口のような小さな扉から外に出る。
簡素な階段を下りていくと川が流れていて、そこで桶に水を汲んで持っていくようだ。
(ここから外に出られるのか。醸造所は町の外れだから、ここから森に入れば見つけられないな)
川沿いに道があり、道は森の中へと続いている。
もし盗んだものが裏口から出てしまえば、どこにでも行けそうだ。
(ノエル、守衛さんは常に見張っているのか聞いてみて)
「うん。いいよ」
「えっ、ノエル、スライムさんの言葉がわかるの?」
「えへへー。凄いでしょ」
「凄いよ! 凄い! わぁー」
ノエルが守衛に話を聞いてみたが、離れる時も交代がいるので、必ず人が立っているようだ。
他の扉も常に人がいるらしい。
(まぁ、水汲みで外に出られるし、誰かに渡すことは簡単か)
調べれば調べるほど、盗まれているならもう酵母はここには無い気がしてくる。
水を汲み終わって戻ると、昼食の時間になっていた。
ゾロゾロと食堂へ向かう列の中でイリナを探して合流する。
その間もスライムの珍しさから撫でまわされた。
食堂に入るとお盆を渡される。
それに次々に料理が乗せられていって、席に戻って食べる様だ。
席は決まっているようで、イリナがモップ掛けを一緒にしていた娘に呼ばれる。
「こっちだよイリナちゃん」
「ありがとうなの」
みんなが席に着くと、食べ始める前に祈りがあるようだ。
すぐに食べ始めようとして、イリナが止められていた。
「やっとご飯が食べられるよー。お腹すいた」
「ビビがお腹すいているのは好き嫌いして食べてないからでしょ!」
「好き嫌いなんてしてないよジュジュ」
(あの娘はビビって言うのか)
モップ掃除で一緒だったビビがイリナの反対に居たジュジュという少女に、からまれている。釣り目で気が強そうな女の子だ。
「隠れて捨ててるんでしょ。初めから私に寄こせば食べてあげるわよ」
「やめてよ。ジュジュ」
「人のご飯を取っちゃだめなのー」
「こら。そこ! 何を揉めているの。こちらに来なさい」
呼ばれたイリナとビビとジュジュがシスターのところに歩いていく。
シスターは酵母に案内してくれた人だ。
捜査の事情を知っている人なので、イリナを怒っていいかわからない素振りを一瞬見せたが、ちゃんとイリナも一緒になって怒られた。
「もう! 私は悪くないのになんで怒られなきゃならないのよ」
ジュジュが怒りながら午後の仕事に戻っていった。
イリナとビビの午後の仕事はヤーマの実を潰す作業だ。
昔のワイン作りでよく見る足で踏みつぶす、あの作業だ。
倉庫から袋に詰められたヤーマの実を運ぶ。
「ぶにゅぶにゅなのー」
「最初は楽しいけど、結構疲れるんだよー」
スカートが汚れないように手で引き揚げながら、一生懸命に踏んでいく。
ビビの言う通り、結構な時間踏まなければならないようだ。
途中で休憩したイリナがヤーマの実をつまみ食いする。
「うー。すっぱ渋いの!」
「私もこの前お腹すいて食べたことあるけど、残念だけど、ヤーマの実は美味しくないんだよね。スライムも嫌がると思うんだ」
「ティト、どうなの?」
そう言われて食べてみる。
スライムも味覚は普通にあるのだが、感じ方が違うのは確かだ。
魔力で味は変わるし、まず言って感覚も違う気がする。
体に害になるものは不味いと拒絶するだろうが、人ほど繊細ではない気がする。
普通にヤーマも美味いと思った。
(普通に美味しいんじゃないかな? これはこれで癖になると言うか)
「美味しくかんじるなの? うらやましいの」
「へー。じゃあ、持って行ってあげようかなー」
そこで俺は気が付いた。
ビビの言っているスライムが俺ではないことに。
(だから初めて会った時に、友達になりたいと言いながらも触ってこなかったのか)
思い返してみれば、他の修道女は俺の事をすぐに触ってきたがビビは「仲良くなりたい」と言いながらも触ってはこなかった。
「スライムなの?」
「イリナちゃんも会ってみたい? 皆にはまだ内緒だけどイリナちゃんならいいよ。もしかしたら、ティトと会ったら喜ぶかもしれないし」
実を踏みつぶし終わり、次の作業の人に任せた後、足を洗い終わると、ビビがスライムの元に案内してくれた。




