82 潜入捜査
捜査に協力すると言うことで、俺たちは醸造所の中に来ていた。
詳しい説明は、実際に調査するビースナスにしかされていないので、イリナ達は従業員のお手伝いとして中に入っている。
本来なら秘匿のため部外者が入るなどありえないことだが、ガーガル辺境伯の手紙が効いたのか、それともビースナスの脅しが効いたのか、男爵はやけくそ気味に俺たちの入場を許可してくれた。
今はビースナスと俺だけが調査のために、酵母が盗まれていた現場の部屋に案内されている。
そこは、俺が外から魔力探知で見た、砂時計のような魔道具のある部屋だった。
「この魔道具にセットしていた酵母の塊が盗まれていたと?」
「はい。昨日この魔道具に酵母を乗せて置いたのですが、時間になって取りに来た時には、台座の上からなくなっていたのです」
ビースナスの質問にシスターような恰好をした女性が答える。
秘密を守る場所だけあって、働いている人間は全員が孤児であり修道女のようだ。
そして、秘密保持のためにその一生をほぼ醸造所で終えると言う。
淡々とビースナスが質問をしていく。
「部屋は施錠されていたのですよね?」
「はい。戻ってきた時に鍵を開けて入りましたので、鍵はかかっていたはずです」
「鍵はあなたが管理を?」
「いいえ。鍵は作業時以外は厳重に鍵のかかった箱に保管されていて、触れられるのは作業時だけです。箱の鍵は三つに分かれていて、管理をしている三人が別々に持っています」
「この部屋の鍵の存在を知っているのはあなた以外に誰ですか?」
「まずは、この醸造所を管理している男爵様と男爵様の執事様です。酵母は醸造所の中でも特に秘匿されている物なので、あとは酵母の管理を任されている箱の鍵を持つ私とアンとアナの三人です」
「そうですか、ありがとうございました」
ビースナスはそこで話を終わらせて、懐から小さな魔道具を取り出して掲げる。
キューブ型の魔道具が光って部屋を照らし、収まると台座の魔道具に紫の点が付いていた。
「これは人の痕跡を探る魔道具です。反応があると言うことは、ここ数日で魔道具のこの部分に誰かが触れたと言う事。作業の途中で魔道具のこの部分に手が触れることはありますか?」
砂時計型の魔道具には右上と左下に紫で手の跡が付いている。
誰かが魔道具を持ち上げたような跡の付き方だ。
「――っいいえ! そもそも酵母を魔道具に乗せるだけですので、魔道具に触れること自体がありません。……いったい誰がそんなことを……」
(うーん。変ではあるけど、無くなったのは乗せられていた酵母の方だよな? 台座の魔道具に手の跡があっても手掛かりじゃないんじゃないのか?)
俺が疑問に思っていると、ビースナスがさらに尋ねる。
「この魔道具はなんの魔道具なんですか?」
「そっ、それは……。男爵様の許しを貰わなければ、さすがにお話しできません」
この魔道具は、かなり酵母の秘密にかかわっているようだ。
その後も、不自然な足跡はあったものの、鍵に細工をされたていたり、無理やり開錠したような後は見つけられなかった。
「困りましたね。ティト様の探知で何かわかりませんか?」
部屋を後にして戻っていくシスターを見送っていると、ビースナスが効いてきた。
そこで魔力探知を使って見る。
しかし、あの時に魔道具の上にあった酵母の魔力は周囲には感じられなかった。
範囲を広げてみてもあるようには思えない。
「ダーリンが言うには、周囲数キロに酵母の魔力は無いみたいね」
「それは……もう持ち出された後と言うことですか……」
結局、進展しないままイリナ達と合流する。
「ザザーンなのー!」
「凄い早いよイリナちゃん」
イリナに合流するとモップ掛けをしている所だった。
服を借りたのかイリナもノエルも修道女の服を着ていた。
イリナと同じくらいの見た目の歳の女の子が、モップ掛けをしているイリナを、手を叩いて褒めていた。
「あっ、ティトなのー。こっちなのー」
「うわー。スライムだ。イリナちゃんと仲良しなの?」
「ティトとイリナはずっと一緒なの」
「いいなー。私もスライムと仲良くなるにはどうしたら良いんだろう」
「ティトなら簡単なの!」
(間違ってないけど、チョロイって言われたみたいでヤダなー)
そこで「グー」と可愛らしい音がした。
「小娘はいつも腹ペコねー」
「今のはイリナじゃないの!」
「わー。妖精だ! 凄いね! イリナちゃん! あっ!」
はしゃぐ女の子のお腹がグーとなった。
少女が恥ずかしそうにお腹を押さえた。




