76 ジーズの町の事情
朝になり、ジーズの町のギルドへと向かう。
嵐で馬車の窓が開けられなかったので気が付かなかったが、ジーズの町もまた独特な形をしていた。
山の中腹に向かって建てられた建物は、増築に増築を重ねたような無秩序さで雑然としていて、急ごしらえで作った木造が色あせていて、混沌とした雰囲気を醸し出している。
それとは逆に、山の裾野側は大きな風車に連なるように家が並んでいて、壁同士が繋がった家の一階部分は、雨風の強い気候ゆえか、石作りの回廊になっていて、歴史情緒のある街並みだ。
中腹側にある宿から裾野側にあるギルドへと歩くと、そのあまりの町の違いに別の町だと錯覚しそうになる。
「中腹の町はドキドキしたね」
「アウトローな感じなの」
(宿でもそうだったけど、建物の量のわりに人がないのな)
中腹の町を通り過ぎる時、いくつか建物を覗いてみたが、生活感がなかった。
直されないままの、外れかけた雨戸の不気味な音を思い出す。
宿以外は廃墟一歩手前の印象すら受けた。
「おや、珍しい。お客さんだよ」
「あら、可愛いお客様ね。こっちにいらっしゃい。お茶とお菓子がありますよ」
「おかしなのー」
ギルドに着くと、そこはお年寄りの憩いの場になっていた。
ロッキングチェアに座ったおばあさんの手には、編み掛けの布が握られている。
手招きされたイリナがおばあさんに駆け寄った。
「ここは冒険者ギルドでよろしいですか?」
「そうだよ。ここがギルドさ。まあ、依頼なんてありゃしないけどね。ふぇっへっへ」
「ふぇっへっへなのー」
そんな会話をしていると、誰かの走ってくる音がする。
「鉱山の調査員が来たって本当か! って、なんだよガキじゃねぇか!」
「ガキじゃないの。イリナは立派な冒険者なの」
「冒険者? こんなちっこいのでも冒険者になれんのか? まあ、どっちにしろ鉱山の調査に来た奴じゃないんならどうでもいいか」
突然、駆け込んできた少年が俺たちを見まわしてそう言った。
確かに、一番身長の高いビースナスはメイド服だ。
少なくとも調査のために来た人間には見えない。
少年もイリナと大して変わらない身長なので、イリナが「そっちもちっこいのなの」っと言い返した。
「おっ、俺は良いんだよ! ……すぐに大きくなるから。それよりもばあちゃん、調査官を手配してくれたんじゃないのかよ!」
「そんなもん手配するかぇ。意味ないじゃろ」
「新しい鉱脈が見つかるだろ。まだ鉱脈は枯れてないって、じいちゃん達が言ってるんだ」
「そんなん、お前を喜ばせるための嘘に決まっとろぉーが」
「嘘じゃねぇーって! 鉱脈は絶対にあるんだぁー」
少年は叫ぶとそのままギルドを飛び出していった。
その姿を見送って、おばあさんがため息をつく。
「ここの鉱山が復活するなんてありえん話じゃ。もはやこの町は枯れた鉱山と一緒に、静かに消えていく運命なんじゃよ」
「おばあちゃん、おかしまだなのー?」
「おお、わるかったねぇ。どうぞおあがり」
「今の流れでお菓子を要求するなんて、小娘の図々しさには感心するわね」
呆れるエステルをしり目に、イリナが差し出されたお菓子に目を輝かせると「バリッ!」っといい音とさせて食べた。
音の感じはお煎餅のようだ。
俺も気になったので、一緒に食べるついでに鑑定吸収を使って調べてみた。
鑑定成功
結果:モコシの種
粉にして練って焼くことで生地として食べられる種。
(使われているのはモコシの種か。と言うことはトルティーヤチップスみたいなものだな。ちょっと分厚いけど)
「ごめんねぇ。もっと甘いお菓子があれば良かったんだけどねぇ~」
「いいの。香ばしくて美味しいの」
「私の若いころは、それはもう甘い蜂蜜をたっぷり使ったお菓子があったんだよ」
手を広げて、もう一人のおばあさんが楽しそうに言う。
美味しそうに食べるイリナを見て頬を緩めると、背もたれに体を預けて、遠い目をして話し始める。
「ここらは、昔はゼルトって花が咲き乱れていてねぇ。その花の蜜を求めて集まったビャック蜂の良質な蜂蜜が取れる産地だったんだよ」
ギィーとロッキングチェアが音を立てて揺らされた。
もう一人のおばあさんが話に加わってきて話の続きをする。
「それが、鉱脈が見つかったとかでね、人が大量に押し寄せてたんだ。環境変化に耐えられなかったんだろうね。ゼルトは次々に枯れていっちまって、気が付けば花も蜂も絶滅しちまってた」
「それでも鉱山が活発な時は良かったんだ。でも、十年前にその鉱山も枯れちまって、もうこの町に残ったのは私ら老人だけさ」
ゆっくりと下げられた視線には、どこか諦めのようなものが見える。
「じいさん達も、この町の最後の子供であるメーゲンに、少しでも希望を持たせたかったんだろうね。けど、そんなことせずに別の町に行かせてやればいいんだよ。老人と一緒に枯れていく必要なんてないんだ」
そこで話を区切るとおばあさんは顔を上げて手を振った。
「やだねぇー。年を取ると愚痴ばっかり出ちまう。この話はここまでにしようか」
おばあさんが話を打ち切ったことで俺たちもギルドを後にした。
「どうしますか? 依頼も情報もありませんでしたが」
「じゃあ、ダーリンの自然スライム探しを軽くしたら、この町を離れましょう」
「むー。しかたないのー」
この町の衰退に俺たちが出来る事はない。
天候が安定している今のうちに、自然スライムがいないかを調べることにする。
(魔力探知を広げてっと……んー。これはダメそうかなー)
採掘の影響なのか、この土地の魔力は酷く薄くなっていた。
自然スライムは、空気中の魔力を吸収して生きる。
魔力の極端に少ない土地を永住の場所には選ばないだろう。
「あっ、さっきの子供がいるよ。おーい」
(おばあさんはメーゲンって言ってたっけ)
「なんだ……さっきのガキ達じゃねぇか。鉱脈探しの手伝いにでも来たてくれたのか?」
「それで探すのなの?」
「そうだよ! ほら!」
メーゲンの他にも数人が周辺を歩き回っている。
それぞれの手には曲がった棒が握られていて、おそらくダウジングロットってやつだろう。
あれで新たな鉱脈を探しているようだ。
余っている一セットを渡されたので、ビースナスに魔道具かどうか聞いてみる。
「いいえ、これはただの曲がった棒で、魔術的な要素はまったくありませんね」
「じゃあ、ダメじゃないの。意味ないことしてるわねー」
(エステル、はっきり言い過ぎだよ)
エステルの声が聞こえたかどうかはわからないが、メーゲンが立ち止まる。
「なあ、じいちゃん。やっぱり鉱山の中で探した方がいいんじゃねぇかなー」
「バカもん! 老朽化した鉱山なんて入ろうもんなら、いつ崩れて閉じ込められるか分かったもんじゃないじゃろが! いいか、絶対に入るんじゃないぞ」
(……不謹慎だけど、フラグにしか聞こえないんだよな)
嫌な予感を感じながらメーゲンを見ていると、不安を後押しするように雷鳴が空に響き渡った。




