75 ジーズの町まで
馬車馬のフロントが道草を食べるために立ち止まり、ビースナスが振り返った。
「これから向かうジーズの町は、天候があまり良くありません。ここで一度休憩をしましょう」
「本当なの。空が真っ黒なのー」
イリナが遠くに見える雷雲を指さす。
雷雲の主は、天を貫くようにそびえる山、霊峰ファナだ。
「霊峰ファナも魔力スポットなので、常に雷雲に覆われているんです。風向きの関係で影響を受けるこちら側も天候が変わりやすいんですよ」
「エリス大森林もスポットだよね。スポットによって結構違いがあるんだね」
「ええ、エリス大森林は穏やかなスポットですから。そのおかげでこの周辺は、冬でも雪が積もらないんです。これから東側へ行けば行くほど影響が薄れて、寒くなっていきますから防寒は重要になりますね」
いわゆる魔力だまりであるスポットの強力な魔力は、天候だけではなく季節にも影響する。
場所によっては、スポットと季節の相乗効果によって、一季節の間、人がいっさい立ち入れなくなるような地域もあると言う。
「ジーズの町はファナの雷雲の影響をもろに受ける土地ですから、天気が安定しないんです。町に近づく前に貴重な晴れ間を堪能しましょう」
(そうだね)
「ティト、ニニブが食べたいの!」
ビースナスの愛馬のフロントが美味しそうに道草を食べている姿に触発されたのか、イリナが野菜を食べたいと言い出した。
「甘くなの! 甘くしてなの!」
「ボクも甘くしてほしいな」
(はいはい、ちょっと待ってねー)
見た目は太いワラビだが、ニニブは甘さを上げるとメロンのような味になる。
二人に渡すとひっくり返して、茎の部分を豪快に齧った。
シャクっ言う軽快な音とともに、独特な甘い香りがあたりに広がる。
ゴクリ
唾を飲みこむ音に目を向けると、ビースナスだけではなくフロントも羨ましそうにイリナ達を見ていた。
(フロントも欲しいのか? 馬にあげてもいいものなのかな?)
念のために二つ生産して渡す。
ビースナスがフロントを見て一瞬だけ迷う。
「ダーリンからの特別な報酬なんだから、感謝して食べなさい」
「お心遣い感謝いたしますティト様。フロントお疲れさま。さあ、おあがり」
ビースナスが鼻先に持って行ってやりると、フロストが美味しそうに食べた。
二人にはしっかりとした絆があるように感じる。
出発前に、フロントは馬車用の馬ではないと言っていた。
(冒険者になる前からの仲なのかな? あんな毛並みの綺麗な馬を、愛馬として所有していたとしたら、ビースナスはどこかのお嬢様だったりするのかな?)
休憩も済んで、再びジーズの町へ向かい始めるとビースナスの予想通りに、近づくにつれ天候が悪くなり風も強くなった。
「もうすぐ着きます。風が強いので窓は閉めてください」
遠くに風によって回る風車が見えるた。
イリナが窓を閉めると「ゴー」という風の音と共に、雨音の叩きつける音が聞こえる。
風の勢いで馬車が横に揺れると、イリナ達が興奮したようにはしゃぎ出した。
「ふわあー。凄い風だねー。エステルなんて飛ばされちゃいそう」
「小娘じゃあるまいし、私はそんなにドジじゃないわー」
「イリナも飛ばされないの!」
(台風の前の日のような高揚感があるね)
「着きました。宿に入りましょう」
雨の中、扉を開けて急いで宿に向かう。
前回の教訓を活かして、あらかじめティトマークⅡの状態になっているので、水たまりを華麗に避けて宿に入る。
「荒れた天気の中、大変だったでしょう? 何にもない所ですが、ゆっくりしていってくださいね」
ビースナスが受付をしている間に周囲を見る。
玄関はかなり広々としているし、調度品も良いものだ。
受付の横の共用スペースのような場所には、木製で出来たピンが複数立っている。
「あれはなんなの?」
「あれは室内遊具です。この地域は天候が悪くなりやすいので、室内で遊べるように施設を充実させているのですよ」
説明によると、イリナが指さしていた木製で出来たピンは、モルックのような遊具だ。
他にも、部屋の奥には輪投げや、ハンガーラックに輪っかが付いたものが置いてある。
「本日のお泊りのお客様はビースナス様方のみなので、ご自由にお遊びくださって結構です」
「あとでやるのー」
部屋まで案内された感じでは、宿自体もかなり広そうだ。
これだけの施設に自分たちだけだと言われると、贅沢な気分になる。
お待ちかねの夕食だが、なんと偶然にもデザートがニニブだった。
美味しかったのだが、事前に食べてしまったのでイリナは物足りない様子だった。
「あはは、気分を変えて遊戯室で遊ぼうよ」
「いくのー。勝負なのー」
ノエルの提案で遊戯室で遊んだが、モルックは予想以上に白熱した。
そして、見事に俺が優勝した。
「さすがはダーリン! 惚れ直したわー」
「ティト、強いの! すごいの」
(ありがとうー)
よく考えたら、この世界での初めてスポーツと呼べる娯楽だった。
心からみんなに褒められて、照れくさくも嬉しい時間だった。




