74 無知と果実
(なんでこんなに薄くなってるんだ? 今にも消えてしまいそうだぞ)
「不味いわね。このスライムは魔力を吸収出来てないわ。弱り過ぎて吸収自体もう出来なくなっているみたいよ」
(お腹が減ってるってことか。自然スライムの蜜なら吸収できるんじゃないか?)
エステルの言葉で、転生時を思い出す。
しかし、数日前までは問題なさそうだった。
なぜ今更になってそんな事態になってしまったんだろうか。
俺は咄嗟にスライム蜜を出して、スライムに与えようとする。
すると、ゼンダの腕の中でスライムがもがき始めた。
「ダメ! 大人しくして!」
「暴れちゃダメなのー」
ゼンダの命令でスライムが大人しくなるが、俺の蜜を警戒して距離を取ろうとしているのは確実だ。
無理に暴れたのが原因か、スライムが少し小さくなった。
(本当にやばいぞ。なんで蜜を警戒しているんだ? 俺が森スライムだから属性の違いとかあるのか?)
目の前のスライムは水色だ。
川辺で生まれなのなら、水の魔力じゃなきゃダメとかあるのだろうか。
「ビースナスはわからないのなの?」
「申し訳ありません。テイムに関しては私も知識がそれほどなるわけではありません」
「ダーリンの蜜を体が拒むことなんてありえないわ。【甘露】はそんな低い次元の物じゃないもの。もしかしたら、量が多すぎるんじゃないかしら? ダーリンの魔力は最上級ですもの」
(量? 魔力濃度が濃すぎるってことか)
レベル差を考えたらありえないことでは無いと思った。
思い出すのは、イリナに魔力を流し込まれた時のこと、確かにあの時は大量の魔力で破裂しかけた。
(いや、待てよ。そもそもテイム状態なら主人であるゼンダの魔力を受け取っているはずじゃないか?)
そこで少し冷静になった俺は、魔力探知でスライムとゼンダの魔力の流れを見る。
ゼンダからスライムへの魔力の流れは、まるでスライムの方が押し返そうとしているように滞っていた。
そして何よりも……。
(ゼンダの総魔力量よりスライムの方が多い? これじゃ、ゼンダの魔力を全部使っても半分にもならないぞ)
「それは不味いわね。自分の魔力を制御できないなら、スライムに娘の魔力を根こそぎ奪われて、命を落とすかもしれないわ」
(なんだって急にそんな……ああー! そうか、俺のせいだ!)
昨日渡したリンゴンをゼンダはスライムと食べていた。
その時にスライムのレベルが跳ね上がってしまったのだ。
まさか、そんな結果になりとは思わなかった。
スライムはゼンダを《《守るため》》に吸収を止めているのだ。
(ぐっ! なんとかしないと)
「それなら簡単よ。ダーリンの蜜を飲ませればいいのよ。そのスライムはお腹いっぱいになるだろうし、力に差が付けばテイム関係も切れて娘の安全も確保されるわ」
(それは……)
テイム関係が切れる。
それは俺が引き裂いたようなものだ。
水辺であんなにも仲良くしていた二人の仲を引き裂くと思うと、胸が苦しくなる。
「大丈夫なの!」
(イリナ?)
「テイムが切れても信頼は残るの!」
ゼンダを見る。
目を瞑り、スライムにそっと頬を寄せている。
今の二人の気持ちは、テイム関係の二人にしかわからない。
そして、静かにゼンダが瞳を開いた時、そこには決意の光が宿っていた。
「ティト、お願いします」
彼女が頭を下げてスライムを差し出す。
スライムももう逃げようとはしなかった。
俺が蜜を差し出すと、それはスライムに吸収されて消えた。
「イリナ! 次に会った時はどっちが最強のスライム使いか勝負だからね! すぐにでもこの子と再契約して、ルーフェンでテイムを極めてやるんだから、楽しみにしてなさい!」
「望むところなの!」
ゼンダは俺たちを責めることなく、そのまま誕生日会に誘ってくれた。
ゼンダが全力で楽しもうとしているのに罪悪感で暗くなるなんてもってのほかだ。
俺も心からゼンダを祝わった。
最後にゼンダにもう一度リンゴンを渡す。
今度はゼンダにだけ食べてもらうリンゴンだ。
そこには『忘れられし太古の葉』の潜在能力を上げる力を入れた。
食べた後に、イリナのような劇的な変化は起きなかったけど、一瞬何かが流れたのか、ゼンダとスライムが見つめ合った。
次の日に、ゼンダとお爺さんが見送ってくれた。
ゼンダの隣には今もスライムがいる。
「みんなー。またこの町の近くに来る機会があったら寄ってよね。まあ、私はいないかもだけど」
「絶対よるの! お魚たべるのー!」
「イリナらしいわね」
ゆっくりと馬車がタウの町を離れる。
街を見続ける俺をイリナの手がそっと撫でた。




