70 スパイスの力は予想を超える
「騙されたの! でも食べるの!」
「勝手に小娘が騙されたんでしょ。まったく」
「あはは、これはかなり癖があるね。好きな人は好きだと思うな」
「ノエル様、無理に褒めなくてもよろしいのでは?」
食堂で出された、焼かれたバーバリヴルの肉を皆が悪戦苦闘しながら食べている。
他の席で食べる村の人達も、同じようになんとも言えない顔だ。
肉はギルドが買い取って無料で提供されている。
みんなの顔を見ればわかる通り、バーバリヴルの肉は食用には適していない。
「がんばれみんな! これも使徒様の思し召し。意味がある行為だ」
「俺は食べるぞ! お代わりだ!」
「俺も! 俺も!」
「イリナもなの!」
(しょうがないなー。少し俺のスパイスで何とかしてみるよ)
食い意地が張ってると言うより、言い出した手前もあるのか、イリナもお代わりをしたので、臭みだけでも取れないかと試みる。
っといっても、パーブラと言う生胡椒と山椒の中間のようなスパイスを掛けるだけだが。
「おいしい。臭みはするにはするけど、パーブラに包まれて遠くに感じるよ。肉の旨味が前に出てきたみたい」
「なるほど、これはおいしいですね。肉より遥かに高価な香辛料を使っているのは何とも言えませんが……」
「おいしいは正義なの! ティト大好きなの!」
そう言うと、イリナが俺を抱き上げてビースナスに内緒話をする。
「みんなにも上げたいの! 手伝ってなの!」
「それは……はい。わかりました」
「エステルお願いなの!」
「仕方ないわねー」
バレないように一度、全員でこっそりと食堂から外に出ると、ビースナスが周りを確認し始める。
俺も魔力探知で見るが、村人のほとんどが食堂の中に居た。
来ていないのは子供と、その面倒をみる母親くらいだ。
イリナが認識阻害の魔道具を付けて準備をすると、入り口から姿を現す。
すぐに村人が反応して近づいてくるが、ビースナスが魔道具でイリナの前に囲むように説教壇を出して、近づきすぎるのを防ぐ。
「村人よ! 試練に耐えているようですね。しかし、食とは幸福でもあるべきです。さあ、皿を持ってきなさい。……美味しくしてやるわー」
またしてもエステルの口調が乱れるが、村人は気が付いていないようだ。
認識の魔道具の効果なんだろうか?
イリナの手のひらに隠すようにしてスパイスを出すと、順番に持ってきた肉に掛けていく。
「おお、空中からスパイスが!」
「奇跡だ!」
『こいつら信用しすぎじゃないかしら? 毒だったら終わりよねー』
エステルは村人の反応に呆れ気味だ。
その辺が気になったので、ビースナスに聞くために、ノエルの腕輪に触れてもらう。
この村に来る途中でわかった事なのだが、腕輪に触れるだけでも俺の声を聞く事が出来るようだ。
(認識阻害の魔道具って、興味を持たれないようになるんじゃないの? なんでこんなに使徒騒ぎになっちゃったんだ?)
「こちらからの呼びかけと、相手が強く意識する事で無関心の効果は弱まります。そうしなければ、買い物もできませんから。それと、認識を変える効果が悪い方向に働いたようです」
(悪い方って?)
「あの認識阻害の魔道具は決まった形を見せるのではなく、見た者の想像力を利用しているのです。最初に誰かの発言で、聖獣や聖女と言ったイメージの方向性を持たせてしまうと、それぞれの中のイメージも引っ張られてしまうのです」
(見たい姿に見えてしまうわけか)
それで納得した。
最初の冒険者は苦戦している所を救われたことで、本人の納得できる味方のイメージで見てしまい、その発言に後から来た人たちのイメージが引っ張られてしまったのだ。
しかも、その姿は本人が「これぞ聖女!」と思って姿になる。
妄信してしまうのも頷ける。
「悪いイメージの姿にならないように、好意的な姿になるようにしているのも、影響したと思いますね」
(なるほどね。おっと、配り終わったみたいだ)
最後にイリナの姿を覆い隠して、入り口から少ししたところに女神像をビースナスの土魔法で作ってもらう。
入り口の魔道具を消して回収したところで、女神像の後ろでエステルに光ってもらえば、村人が食堂から出てきて、女神像に集まる。
俺たちは素知らぬ顔で出てきた村人の後ろに並び、食堂に戻った。
(これで一件落着だね)
しかし、俺たちは気が付かなかった。
そこに居合わせた商人と冒険者のリーダーが敬虔な女神信仰の信者だったことを。
そして、俺たちの予想を遥かに超えた形で聖女伝説が広がって行く事を。




