66 肉の理由
部屋は魔石によって低い温度が保たれていた。
ぶら下げられた三頭分の肉には保存のためか、油のようなものが塗られているのがわかる。
「シリカよぉ、これは一体どういうことだ? 腰を痛めてたんじゃないのか?」
「ちゃんと痛めてるさね。この肉は腰を痛める前に獲っていた肉の残りだよ」
「仮にそうだったとしても、肉があるならなぜ市場に出さない。これじゃあ、肉の高騰を狙ってわざと出さないでいるって言われても、言い訳できないぜ?」
「おばあちゃんは悪くないの!」
シリカさんを見るサムさんの鋭い視線をイリナが遮る。
シリカさんは言い訳をするでもなく肩を竦めた。
「ありがとうねイリナちゃん。悪いけどサム、その肉の使い道はもう決まっているのさ」
「それはどういうことだ?」
「これ以上は話す気はないよ。アタシが自分の肉をどう扱おうと、文句を言われる筋合いはないさ。ほら、肉が悪くなっちまう、部屋から出ておくれ」
そう言って俺たちを部屋から出るように促す。
これ以上はシリカさんも答えるつもりはないようだ。
そこで俺の魔力探知が大きな魔力を捉えた。
(ん? 何か大きな魔力が近づいて来てる?)
「カシカがいるのなの?」
(いや、たぶんもっとデカい魔物だよ)
「大きな魔物がこの小屋に向かっているってこと?」
「なに! 魔物が来てる? どっちだ!」
「ちょっと、待ちな!」
ノエルの言葉をに反応したサムさんが、シリカさんの制止を無視して小屋から飛び出した。
すると、魔力の元の魔物がこちらの動きに気付いたのように離れ始める。
(離れていくみたいだ)
「どっちだ獣人の嬢ちゃん!」
「ええっとー」
「そうですね。姿が確認できるのなら向かいましょう。そのままと言うのも良くないと思います」
サムさんの質問を受けてノエルが俺を見た。
一瞬、俺も深追いするべきか迷ったが、ビースナスが見た方が良いと言った。
そこで、エステルが感知したことにして言ってもらう。
「あっちの方角よ。木々たちがそう言っているわ」
「相手がどんな魔物かもわからん。嬢ちゃん達は小屋に残った方が良い」
「心配はいりません。自分の身もイリナ様達も守り抜く自身はあります」
ビースナスが自分のギルドカードをサムさんに見せる。
サムさんは目を丸くした後に「こりゃあ、心強いのう」と前を向いた。
俺の魔力探知では、相手は逃げているのではなく、ゆっくりと移動してだけなので、ノエルに焦る必要がないことを伝えてもらい、慎重に距離を詰める。
「あれか。……レオントラだな。しかも、相当にデカい個体だぞありゃ」
「迫力あるのー」
「敵意はなさそうね」
レオントラと呼ばれた魔物は白銀の狛犬のような姿だった。
崖の上をゆっくりと歩いている。
その歩く姿は、あえて自らの姿を晒しているようにも見えた。
よく見れば、後ろ足に怪我をしている。
包帯が巻かれているので、誰かが治療したということだ。
「大きな魔物だね。あの子がここいらのカシカを全部食べちゃったのかな?」
「こりゃ、シリカに説明してもらわなきゃならんな」
ここからレオントラに何かすることは出来そうもない。
向こうもこちらに攻撃する意思は無さそうなので、サムさんと小屋に戻ることにする。
レオントラの存在がバレた事を悟ったのか、シリカさんは観念したように俺たちを迎え入れた。
「あの肉はレオントラの分って訳か? 治療した形跡があった。シリカ、お前知ってるんだろ?」
「仕方ないねぇ。一週間ほど前かね、怪我をしたレオントラを見つけたのさ。最初は私も警戒したんだけどねぇ。あんまりにも堂々としてるから毒気が抜けちまって、怪我の治療をしてやったのさ」
「気まぐれにしても危ない事をしたもんじゃ」
サムさんの言葉を聞いてシリカさんは鼻を鳴らした。
「はん! 何が危ないもんかい。こちとら何年狩人やってると思ってんだい。……まあ、アイツにとってここは獲物が多い場所でもないんでね、すぐに居なくなるかと思ってたんだ。 しかし、今度はアタシがドジしちまって、アイツに助けられたのさ」
「恩返しなの。いい子なの」
「まあ、アイツも怪我してるし、お互いの怪我が治るまでの関係って思って、ちょいと肉を食わしてやってるのさ」
(確かに、頭が良いというか、お互いの領域をわきまえているような感じはしたな)
「獲れる草食の魔獣は減っちまったが、怪我さえなおりゃいなくなるし、しばらくはそっとしておいてくんないかね?」
そこで不意に「ぐぅー」と言う音がする。
音の主はイリナだ。
「お肉で手をうつの!」
「はっはっはっ! いいさ。口止め料の代わりに肉を振舞ってやろうじゃないか。サム! あんたは帰んな! 爺に肉は贅沢だよ」
「なんじゃと! ふん! 婆の施しなんざこっちから願い下げじゃ! そもそもワシは若いもんの面倒も見なきゃならんから忙しいんじゃ」
そう言って後ろ手に手を振ってサムは小屋から出ていった。
俺たちに向かって親指を立てていたので、おそらくサムさんの方で若者の動きを調節してくれるのだろう。
(なんだか素敵な二人だな)
「仲良しなの」
「なんだい、老人を揶揄うんじゃないよ」
その後、シリカさんに夕食をごちそうになり、ついでに小屋にまで泊めてもらうことになった。
明日もカシカを獲ろうと思っている事を伝えたら、それなら小屋に泊まれば良いと言ってくれたからだ。
明日には別の狩猟場所を教えてくれると言っていた。
その後、イリナが歯を磨いたら、小屋で久しぶりのスライム寝袋になる。
お腹いっぱいのイリナは、横になるとすぐに寝てしまった。
今回はビースナスだけではなくシリカさんも一緒に入れる大きさの寝袋になっている。
あえてこちらの秘密を見せたのは俺なりの誠意だ。
この姿を見てもシリカさんは狼狽えないかった。
そこら辺は、ベテラン狩人と言うよりシリカさんの性格なんだろう。
興味深げに俺を見ていた。
カシカを獲る夢でも見ているのか、イリナが楽しそうな寝言を漏らしたのを聞いて、ビースナスとシリカさんと俺で笑いあった。
明日こそカシカを獲ろう、そう思って俺もそのまま眠りについた。




