62 荒れる自己紹介
「きのう会ったの!」
「しーーーーー!」
イリナの言葉にビースナスは唇の前に指を一本あてて「静かに!」っと言うジェスチャーをした。
それを見たヴァルタの目が鋭くなる。
「マルス共和国からは、可及的速やかに護衛を送るとを連絡を受けましたが⋯⋯」
「私は昨日の夜にカイトに到着しましたが?」
「ではビースナス殿の本国に確認いたしましょう」
「一週間前に着いていました。申し訳ありません」
バレバレの嘘を付いたかと思えば、問い詰められてあっさりと自供した。
それに対してヴァルタが非難の目を向ける。
「何故一週間も館に来ずに放置したのですか。自分の仕事を何だと思っているのです?」
「可愛いを優先しましたが何か?」
「その台詞と共にクレームを出させて頂きますね?」
「私が愚かでした。申し訳ありません」
またしてもビースナスが頭を下げる。
一体この人は何なのだろうか。
クールな表情と行動がいまいち噛み合わない。
ある意味でミニスカートのメイド服と言う、この世界では奇抜な格好が、その性格をそのまま表していそうだと納得してしまいそうになる。
「もう一度言います。何故一週間も館に来ずに放置したのですか?」
「ええーとですねー。普段、贔屓にしているナール商会に立ち寄ったら、妖精の為に可愛い服を作っていると言うじゃないですか。これは錬金術師として手伝わない手は無いなと思いまして」
「そのために一週間遅れたと?」
「仕方ないじゃないですか! 護衛対象がこんなに可愛いと先に言ってくれていれば私だってすぐに来ました! 情報の伝達ミスです! むしろ、それを知らずにイリナちゃんやノエルちゃんやエステル様に早く会えなかった私の方が被害者です!」
「では解任としましょう」
「イリナちゃんの靴を舐めるので許してください! 踏んでくれてもいいです。むしろ踏んでください!」
もう駄目だこの人。
ヴァルタから伝わってくる感覚に俺の意見が一致した瞬間だった。
気を取り直すようにヴァルタが背筋を伸ばして言う。
「⋯⋯冒険者カードの方を拝見してもよろしいですか」
「はい、どうぞ」
ビースナスがポケットから無造作にカードを出して見せる。
それを見たヴァルタが目を見開くと、それまで黙っていたダレンさんが思わず口を開いた。
「なっ! 紫の最上級狼だと! 密偵ですって言ってるもんじゃねぇか」
「逆ですよ? 密偵がそんなあからさまなカードにはしません」
(えっ? どういう事?)
「説明をようきゅうするの!」
「わかりましたー。イリナちゃん」
イリナの質問に、言葉の後ろにハートが付きそうな勢いでビースナスが説明を開始した。
ギルドカードの紋章は推薦人によって変わる。
その中でも狼の紋章の推薦人は領主が担う。
それは言い換えれば、領主がその冒険者を囲い込みたいと言う意思表示で、それを受け入れた証でもある。
「紫の最上級狼⋯⋯そうか、あんた石柩の掃除屋か」
「その名は可愛くないので嫌いです」
「そうなのか? 俺はてっきり⋯⋯」
ダレンが言うには、狼の紋章持ちは紋章とそれを囲む輪になぞらえて『飼い犬』などと嘲笑する冒険者が多いらしい。
そのため、そんな中傷を払拭する為か、狼の紋章持ちの仕事への姿勢は苛烈であり、二つ名持ちが非常に多いらしい。
(紫は犯罪者よ賞金首の対応だったっけ。トッティーンにとっては天敵を送ってきていたんだね)
「とてもそうは見えないけどねー」
「ああ、エステル様、なんて心地よいお声⋯⋯そして、おみ足」
「見るんじゃないわよ!」
「ああ、エステル様!」
エステルが視線から逃げるように擬似枝に入ってしまった。
「トッティーンいないの。ビースナスいらないの」
「いいえイリナ様。トッティーンがイリナ様の情報を他の信徒に伝えている可能性があります。私は絶対に必要です。絶対です。馬車も用意しています。行者もやります」
「ティト⋯⋯こわいの」
急にデレデレした顔を無表情に戻してビースナスが力説する。
目的が透けて見えるが、優秀なのは間違いないし、護衛をしてくれた方が安心できるのも事実だ。
すると、ビースナスが片膝をついてしゃがみ込んだ。
「我が身命にかけてお守りすることを誓います」
「近づきすぎるのもダメなの!」
「うっ、適切な距離感で接することを⋯⋯⋯⋯⋯⋯誓います」
「それなら良いの!」
凄まじい葛藤が伝わってきた。
それだけ誓いは本物ということだ。
ヴァルタを見るが使用がないと言った感じで話し出す。
「それではビースナス殿にはダレン殿の護衛の任意を引き継いで頂きます。ダレン殿、今までの護衛ご苦労様でした」
「俺らにはお礼を言われる権利なんかねぇが、ありがとうございます。ビースナスさん、後はお願いします」
「お任せください」
こうして、引き継いだビースナスは俺達について部屋に戻った。
「何でもお言いつけください。お風呂にしますか? それとも私?」
「メイド娘、離れなさい。適度な距離感でしょ?」
「うっ、わかっています」
エステルまでがイリナの守りに回ってのが面白かった。
ビースナスが来たことで街に縛られる必要はなくなった。
そろそろこの街を出るのも良いだろう。
俺は、今後の方針を部屋で話し合うことにした。




