12 危機の中で飛び出したもの
(やばい! 本能が告げてる。これは死ぬ。このままだと確実に死ぬーー!)
俺は、急いでステータスを開くとスキルポイントを貯蔵に振る。
しかし、それで得られた余裕もほんの僅かで、すぐに流れ込む魔力で体が悲鳴を上げる。
俺はさらに吸収と消化以外の全てのスキルをフルで使った。
魔力探知を最大にして、粘力を使い体のあちこちを伸ばす。
さらに密や薬液を生産で作り続ける。
全身から複数の触手を伸ばし、先からスライム蜜や薬を撒き散らす。
はたから見れば、どう見ても凶悪な魔物そのものだが背に腹は代えられない。
(落ち着いてー! 具体的には離して、お願い! イエススライムノータッチ!)
そんな懇願も虚しく、ミチミチと体が鳴り始める。
ついに限界が来たかと思ったその時、頭の先の擬似枝が輝き、光の柱が伸びて何かが飛び出した。
(ええぇー、なんか出たんだけどーーーー! あっ、体が楽になった)
途端に体が軽くなり一息つく事が出来た。
必要なくなったスキルを止めると、出てきた光を視界で追う。
飛び出した光に包まれていた物体は、次第に光が弱まっていき、シルエットが鮮明になっていく。
フワフワした癖っ毛に、背中から生えるトンボのような羽。
小さい身体に薄っすらと緑色の透けたベールを纏い、それと同じ色のワンピースに包まれている。
その姿は絵本に出てくる妖精そのものだ。
妖精はスッと目を開くと人懐っこい瞳がキョロキョロ動く。
そして、途端に狼狽え始めた。
「うそ! 契約が書き換えられたの! まさか魔力で強引にテイムするなんて、なんて端ない事するの! 許せないわ!」
頬に手を当てて叫んだ妖精は、怒り出して『キーーーーーッ』と言いながら少女の頭をポコポコと叩き出す。
その衝撃で腕の力が抜けたので、俺は少女の腕から脱出した。
(なんなんだ?)
事態が急変しすぎて理解がまったく追いつかない。
妖精は、そんな事は一切気にもとめずに少女に続けた。
「ちょっと、どうしてくれるのよ! ダーリンが自然スライムじゃ無くなっちゃったじゃないの!」
「えっ? 妖精なの? ダーリン?」
(えっ? 自然スライムじゃ無くなっちゃったの俺?)
俺はあらためてステータスを開いて確認する。
種族:自然スライム(仮)【イリナのティトの苗】
レベル 66
体内魔力量 28480
称号【甘露】
スキル
生産 B
スライム蜜生成 B
スライム万能薬 (序)D
吸収 B
消化 G
貯蔵 A
粘力 A
魔力探知 A
スキルポイント 1
ユニークスキル
現状把握 A
限定スキル
自然物鑑定吸収 A
(うおっ、めっちゃ強くなってるし【】の中が変わってるし! 限定スキルも復活してるし、ちょっ、情報量が多すぎ!)
そんなことを俺が心の中で叫んでいると、少女が反応してこちらに顔を向けた。
「いまの声、スライムなの?」
(えっ、もしかして頭の中の声が聞こえた?)
「聞こえたの。嬉しいの」
少女は再び俺を抱き寄せようとするが、思わず距離を取ってしまう。
拒絶したような形になり、少女が驚いた顔をする。
傷つけたかと思い言い訳をしようとするが、そこでスッと俺と少女の間に妖精が入ってきた。
「会話が出来るに決まってるじゃないの。あんたが無理やりテイムしたんでしょ!」
「テイム? わからないの」
「もー、頭が悪いのかしら!」
ファンタジーで聞いたことのある単語が出た。
妖精は俺にはないこの世界の知識を持っているかもしれない。
(テイムって言うとファンタジーでよくある、モンスターを仲間にする能力だよね。それを使ったってこと?)
「そんなところねー。この娘、テイマーの才能があったみたいで、抱きしめた時に魔力を流し込んで強引にテイムしたのよー。おかげで契約状態だった私が弾き出されたちゃったのよ」
(えっ? 契約なんてした記憶は無いぞ?)
進化した後に、契約書がうんぬんとか考えたが、あれはあくまで例え話だ。
転生してから妖精なんて見たことが無いし、寝ている間に勝手に契約されたのだろうか?
すると妖精は自慢げに胸を張ると説明を始めた。
「ダーリンが進化した自然スライムは、森の魔力との一種のテイム契約のようなものなのよ。そして私は、ゆくゆくは自然と一体化するダーリンの為に使わされた⋯⋯。そう! 将来を共にする伴侶よ!」
突拍子も無い事を言いだした。
誇らしそうに胸を張る妖精の姿は、嘘を言ってるようには見えない。
しかし、その顔がみるみる苦虫を噛み潰した顔に変わり、少女に再び視線を向ける。
「それを無理やり魔力で上書きするなんて! この泥棒猫ー!」
「やめるのー! イリナに魔法はないのー! 村でもイリナだけ使えなかったの⋯⋯」
必死に話しだした少女の言葉は次第に小さくなっていって途切れた。
エルフという種族の事はわからないが、もしかしたら魔法が使えなかったことで、村の中で肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
落ち込む姿を見てか、妖精も少し態度を軟化させて少女に理由を説明した。
「ダーリンが見つけた時、あんたは魔力が暴走している状態だったわ。川に落ちて命の危機が陥ったことで魔力が目覚めたのね。しかも、私の愛するダーリンの奇跡とも言えるスライム万能薬には、潜在能力を引き上げる効果があったのよ。それで、テイマーの力まで覚醒したんだわ」
妖精によると、熱の原因は魔力の暴走によるものだったようだ。
妖精は俺が進化して万能薬を作っていなかったら『あと数日で体が耐え切れなくなって死んでいたわね』と言ったので、我ながらグッジョブだったと思う。
「ちなみに、魔力が目覚めただけで、あんたに魔法は使えないわよ。才能無いもの。ご愁傷さまー」
「ガーンなの!」
妖精は仕返しとばかりに、少女に対し手をひらひらと振る。
しばらくショックを受けたポーズを取っていた少女がハッとした顔でこちらをみる。
「自己紹介するの! イリナはイリナなの!」
(えっ、名前? 俺は⋯⋯)
そこで考える。
俺はなんと名乗ったら良いんだろうか?
守山大樹は前世の名前だが、スライムで大樹を名乗るのはなんだか烏滸がましいし、恥ずかしい。
そもそも転生してしまったのだ。
【名前募集中】が変化したのならば、それが名前だろうか?
イリナは少女の名前なので⋯⋯。
(⋯⋯ティトかな)
「ティト?」
「そうね。私に取ってはダーリンはティトだものいいんじゃない? じゃあ、私の名前はダーリンが決めてね」
妖精にウインクされてお願いされたのだが、俺は悩んだ。
正直、名前をつけるのは苦手なのだ。
名前を自分で付けるゲームでは、よくそれだけで一時間は使ったものだ。
(妖精、よーうせい、よっこらせー)
「ダーリンが付けてくれた名前なら何だって受け入れるわ。でも、そんな名前を付けたら毟っちゃうわよー」
そう言って、妖精は擬似枝にしなだれかかってくる。
俺は寒気を感じて真面目に考える事にする。
(わかってるって。そもそも、この擬似枝から出てきたんだよな。枝に住んでた。エダにステイ。エーステー⋯⋯そうだ! エステルなんてどうだ?)
「エステル! いい響きじゃない。ふふっ、ダーリンが付けてくれた名前なら気に入らないわけないわ!」
自分の名前を繰り返しながら、妖精改めエステルは、嬉しそうに弧を描き飛んだ。
名が決まった事で落ち着いた空気になると、クゥーという可愛らしい音がイリナのお腹からした。
今後の事も考えていかなければならないし、食事をしながら話し合うことにしよう。
スライム蜜で良いのなら、今の俺にはいくらでも出せるからね。
読んでいただきありがとうございます。
毎回感謝、感謝です。
よかったら、ついでに評価もお願いします。
補足
ティトとは古代エルフ語でティ(愛しい)、ト(あなた)です
もっと軽い意味では素敵な人ですね。
主人公は自己紹介で『俺は素敵な人です』と名乗ったことになります。
恥ずかしいね。




