104 冬が終わるまで
「ああ、なんて素晴らしい。あのヒダ状の部位にはなんの意味が……」
「先輩、あのビンゼブルの幼虫には腹脚がありません。まさかルーパー型? いや、しかし……」
ヘケから引き離したが、研究員たちは遠目から見ては独自の見解を述べあっているようだ。
研究熱心なのは良いが、それでヘケを実験動物にされてはたまらない。
ビースナスがギルドの立会人となり、ブリゼがヘケの待遇について所長と話を詰めている所だ。
「まず、ビンゼブル……ヘケ様には快適で広いスペースと食事の提供。病気や脱皮などのケアをお約束します」
「それと、レゴラとの自由な面会の権利。さらには研究する時は、ヘケに考慮すること、その内容をオラに開示して最終決定権ももらうべな」
「……本来なら、そこまで譲歩は致しません。しかし、ビンゼブルを預けていただけるのなら、その条件は全て飲みます」
(完全降伏宣言かー。どれだけヘケって貴重な存在なんだ?)
「それから、そちらのスライムですが……」
所長が俺を見る。
その眼には好奇が含まれている。
「ティトはダメなの!」
「おや、残念です。まぁ、今はビンゼブルに全集中なのですが……私どもの研究所のある町を渡しておきます。もし気が向いたら尋ねてみてください」
(絶対行かないからね!)
粘っこい視線を感じてか、イリナが俺を隠すように持ち上げた。
契約も済んだことで、ヘケの過ごす部屋を見学することにした。
案内された部屋は、四部屋分はあるんじゃないかと言う広さで、天井までの高さも倍近くある。
中央には植物も植わっていて、地面は土が敷き詰められている。
「ここがヘケ様の家?」
「出してあげるの」
檻から出したヘケはレゴラの方を何度か振り返ったが、中央の緑のある場所に歩いて行った。
どうやら問題なさそうだ。
「レゴラ様はいつでもいらしてください。なんならここに住んでもよろしいですよ?」
「ここに? ううん、私もお兄ちゃんと暮らして色々な事を学びたいから」
最後に別れの挨拶をヘケとレゴラでしていた。
ヘケは自分の状況を理解しているのか、レゴラに縋りついたりはしなかった。
(意外と頭が良いのかもな)
その後、俺たちも冬の間は吹雪くことも考えて、コムトの町に留まりレゴラとヘケの様子を見守る事にした。
「よーし、いくなのー!」
パコーン!
「いいね。ジャンジャン行ってくれ!」
ティトマークⅡの状態のイリナが勢いよくマサカリを振り下ろすと良い音を鳴らして薪が二つに割れる。
イリナの選んだ仕事は木こりの手伝いだった。
冬は木こりにとっては最盛期。
雪の滑りを利用して倒された木材がどんどん運ばれてくる。
イリナの仕事はそれを薪のサイズにすることだ。
指輪を持ってきた木こりのキコルの指導の下で日夜、薪を作っていた。
ノエルはビースナスと森で狩りと危険な魔物の討伐を受け持っている。
討伐数もなかなかの物で、そろそろイリナとノエルも次のランクに上がりそうだ。
推薦するのはビースナスがやるだろうから、イリナ達のカードの紋章は翼になるだろう。
「おーい。今日も大量だよー」
「迎えに上がりました。屋敷に戻りましょう」
冬の長期間、町に留まる事が決定すると、それを聞きつけたヴァネッサが屋敷に滞
在することを提案してくれた。
イリナも乗り気だったのでその話を受け、今はヴァネッサの屋敷でお世話になっている。
実はジュラとレゴラもヴァネッサの屋敷で行儀見習いや商いの勉強をしているので、結構一緒にいる。
「ジーノ……はい、あーん」
「お嬢様……」
「お嬢様じゃなくてヴァネッサでしょ」
「……ヴァネッサ」
(うーん。ちょっと愛情オーラが過食気味なんだよなー)
新婚だから仕方ないのだが、食事の時には甘いオーラが充満している。
イリナは気にしていないが、ノエルが照れて顔を真っ赤にしている。
(雪も落ち着いてきたし、そろそろこの町ともお別れだな)
滞在してから一か月以上が過ぎ、雪のピークも終わったようなので、そろそろ町を出ることになった。
その間にヴァネッサの妊娠が発覚したが、さすがに生まれるまで留まるわけにはいかない。
「イリナちゃん、絶対また来てね! ヘケ様と待ってるから」
「旅先であったら商品は安くするだよー」
「わたくし達も、御恩は忘れませんわ! お元気で」
「嬢ちゃん! 良い木こり魂だったぜー」
コムトの町を出る時は、滞在期間が長かったこともあり沢山の人に見送られた。
「またねなのー」
「またいつかねー」
俺たちも見えなくなるまで手を振って別れる。
別れがあれば出会いもある。
さぁ、次はどんな出会いが待っているか楽しみだ。




