29.娘/プレゼントと初雪
王宮舞踏会からも数度夜会に参加した。高い確率でリューゲン伯爵の子息と顔を合わせ、そしてダンスを踊った。
私はパパも参加する夜会にしか参加させて貰えなかったから、毎回パパの監視が付いた。上手い事パパから離れられる日もあれば、パパから離れられない日もあった。そんな日でもリューゲン伯爵子息はちゃんとパパに挨拶をして、パパの目の前で私をダンスに誘ってくれた。さすがに無下に出来ないので手を取って踊ったけれど、パパは多分断って欲しそうだった。何だったら誘ってくるなと思っていただろう。そんな圧をいつも横から感じた。彼はそれを物ともせず笑顔で手を差し出してくるけれど。
彼とはそのダンスと前後の僅かな時間の会話しか無いけれど、色々と知った事もある。彼の名はジェイデンと言った。是非名前で呼んで欲しいと言われて、なら私もと名を名乗った。
リューゲン伯爵家の三男のジェイデンは爵位継承権が無いので騎士として身を立てる為に幼少期から剣術を習ってきたそうだ。父親は広い視野を持てと言って剣術以外にも商売事も教えてくれたらしい。父親の商品の買付けや交渉事にも三兄弟を同席させて学ばせていたのだとか。だから国内だけでなく外国にも数度訪れた事があると言う。
彼から聞く外国の美味しい料理や伝統的な習慣等の話はとても面白かった。
夜会では基本的にパパがそばにいるせいで、殿方以外にも令嬢との交流も殆ど出来ていない為に、貴族の令嬢の友人も居ない。なのでこうして気安く話が出来るのが嬉しかった。
ある夜会でジェイデンに一緒に出掛けないかと誘いを受けた。海外の画家の作品を集めた展覧会を、ジェイデンの二番目の兄が企画に携わっていたのだとかで、それを見に行こうとの話だった。
展覧会なんて行った事が無かったのでパパに直ぐに行っても良いか聞いたら、「駄目だ」と言われた。
「なんで駄目なの!?」
「男と二人は駄目だ」
この石頭め……!私は社会勉強だったりこれまで殆ど関わりの無かった芸術分野の知識を学べる機会かと思っただけなのに、男だから駄目だなんて何だか納得がいかない。
「ではエッケンベルク侯爵もご一緒に如何ですか?」
「……いつだ?」
「現在既に開催中で、今週末までです」
「隊の演習があるから無理だな」
「えー!」
その後ブーブー文句を言い続けた。夜会の会場で少しみっともなかったかもしれない。でもそれだけ行ってみたかったのだ。初めは「芸術の勉強になる」とか、「新しい分野の視野を」なんて真面目に説得しようとしたけれど、だんだん適当になって「ケチ」、「分からず屋」みたいな悪口になっていた。
最終的にはパパが折れてくれた。クレアと護衛を伴う条件付きで。「パパありがとう!」と抱きつけば、パパは盛大な溜め息をついた。
そんな私達親子を見てジェイデンは笑顔を浮かべていた。かなり素の状態だったけれど、引かれはしなかった様だ。
そんなこんなでジェイデンと出掛ける日、ワクワクしながら準備をした。
「初デートね、アイリーン」
クレアに言われて複雑な気持ちになった。
「デートなのかしら。ただ展覧会に出掛けるだけよ?」
「男女が一緒に出掛けるのなら、それはデートじゃないかしら」
「うーん……」
「普通は婚約者でもなければ一緒に出掛けはしないわ。若い男女が一緒に居るだけで破廉恥だなんて言われるのが貴族社会なんだから、噂されるのを覚悟してよ。それから近付き過ぎないで、私からも離れないでね」
「はぁい」
そんなに心配する必要は無いのにと思う。だってジェイデンは私を利用しているだけだろうから。ジェイデンはパパに近付きたいだけだ。本当はパパも一緒に来る事を見越して私を誘ったに過ぎない。そのアテが外れてしまっただけ。でも私が行ってみたかったから押し通したのだ。
パパ以外の人と出掛けた事はこれまで無かった。勿論守って貰っているのだと分かってはいるが、やはり開放感を感じずにはいられなかった。まあ、クレアや護衛は居るのだけれど。
それに展覧会なんて初めてなのだ。どんな所なのか楽しみで仕方が無い。
数度ダンスを踊っただけではあるけれど、ジェイデンは良い人だと思う。話しやすいし、とても丁寧に接してくれる。本当に危険な人ならばパパは絶対に何があっても私がどんなに縋ってお願いをしても、断固として反対して行かせてはくれなかっただろう。まあ、相当ジェイデンに脅しは掛けていたけれど。騎士の序列でも圧倒的にパパが上だし。何かあれば騎士を辞めさせられる位には権力を持っているだろう。
だからジェイデンは護衛の一人といった位置付けだ。貴族の子息とデートと言う感じでは無い。
約束の時間にジェイデンが邸まで迎えに来てくれた。どんな男かと興味津々にノアや邸の使用人が陰から覗き見ていた。
ジェイデンは玄関で挨拶をすると、コンスタンに「夕刻までにお送りします」と伝え、乗って来た馬車にエスコートしてくれた。
馬車の中でも今日の画家についての情報を沢山話してくれた。それに二番目の兄についてもどんな人かを話してくれた。
クレアは使用人なので同じ馬車に乗らず、御者台に座った。なので馬車の中には私とジェイデンだけだった。だから少し緊張はしていたけれど、ジェイデンのお陰で緊張も解け退屈する事も無く展覧会会場に到着した。
展覧会会場に着くと先ずジェイデンの兄を紹介された。そして一緒に展覧会の企画に携わった貴族や商人にも挨拶をした。私がエッケンベルク侯爵の娘と知って慌てる人も居たけれど、比較的好意的な態度だった。
ジェイデンの兄はジェイデンに似て格好良かった。こういった芸術の分野が好きな為、ジェイデンとは違い騎士にはならなかったそうで、服装等はとてもお洒落で多少遊び人の様な雰囲気があったけれど、紳士的な対応をしてくれた。服装だけで人を判断出来ないなと思った。
会場の中は素敵な絵が並んでいた。外国で人気の画家で、外国の町や自然の風景画ばかりだった。時々人も風景の中に描かれてはいたが、人が主役では無い様だった。日常風景に人が当たり前に溶け込んでいて、柔らかな温かさを感じる作品ばかりだった。
「初めての展覧会ですし、こういった物の方が楽しみやすいかと思いまして」
なんてジェイデンが話してくれた。
もっと違う雰囲気の作品の展覧会を行う事もあるのだとか。奇抜な作品を並べると賛否が別れ、会場内でも討論が始まる事もあるらしい。敢えてそれを狙って話題にさせたりもするんだとか。
私の知らなかった商売の世界だった。
作品を見ながらジェイデンが時々解説をしてくれた。兄が企画した展覧会なのにジェイデンも詳しくて驚いた。クレアと一緒に真剣に話を聞きながら感心していた。
「どれか気に入った作品はありました?」
「どれも素晴らしくて」
「気に入った作品がございましたら、そちらをプレゼント致しましょう」
「えっ!?」
貴族令嬢らしからぬ驚き方をしてしまったので、慌てて扇子を開いて口元を隠した。
「さすがに、それは……」
「構いませんよ。幸いにも高額な作品はもう売約済みの様ですので、若輩の私でも買える物ばかりです。なのでどれでもお好きなのを仰ってください」
そうは言ってもそこそこの値はする。本当に良いのかしらと思ってしまう。
でもここで断るのは紳士のプライドを傷付ける事になる様な気がする。
それに賄賂的な感じもする。パパへの印象を良くする為?
宝飾品を贈るのは意味があると聞いた事はあるけれど、絵なら問題無いのかな?
良いのか悪いのか分からずぐるぐると考えていたら、余計に分からなくなってしまった。
ジェイデンはそんな私に気が付いたのか、申し訳無さそうに笑って、「警戒しないでください。これは今日展覧会に来てくれたお礼と記念だと思ってください」と言った。
私はクレアと顔を見合わせて、この好意を受け止めるべきなんだと判断した。
そして小さめの絵画を選んだ。
「これで良いのですか?私に遠慮して安い物を選ばれました?」
「そんな事ありませんわ!とても心の安らぐ温かい絵だからです」
まあ、多少は遠慮する気持ちも無かった訳では無いが、気に入った絵である事は本当だ。
私の選んだ絵は小さい事もあり直ぐに持ち帰っても良いと言われた。大きな絵や人気のある絵は買い手が付いても展覧会の最終日まで展示されるらしい。
帰りの馬車の中、ジェイデンが購入してくれた絵を渡して貰った。「ありがとうございます」とお礼を伝えると、とても柔らかい笑顔を向けられた。
「瞳と同じ色の花ですね」
「……はい」
そうだ。水色の花が一面に咲く風景画だった。
邸の庭には春になると青の花が咲く。毎年見る見慣れた景色。だけれどこの絵は懐かしさを感じた。温かな記憶を呼び起こす、でもどこかで悲しさも感じる。
「部屋に飾らせて頂きます」
「光栄です」
楽しいお出掛けの最後にこんな素敵なプレゼントを貰った。私にお返し出来る事はなんだろうかと思った。
「もし宜しければ今度邸に来てください。本日のお礼に父とも一緒にお食事は如何でしょう」
ジェイデンの望みはパパだ。それを分かった上で私も彼と接して来た。懐柔させられた感はあるけれど、それでも良いかと思える程彼には好感を持っていた。
今手元にある絵だけでも、私にとってはかけがえのない贈り物だった。
「とても嬉しいお誘いです。ですが……」
ですが……?
「私は貴女と共に過ごす時間の方が嬉しい。貴女の心を得られたら自分で貴女のお父上へ食事の同席を許して貰える様に説得したいと思います」
「え……」
何を言われているのか理解が追い付かなかった。分からずにただ彼を見つめてしまった。きっと呆けた顔をしていた事だろう。
「……貴方は、父に、近付きたいのでは……?」
「いえ。私がお近付きになりたいのはアイリーン嬢です」
「なんで……」
「一目惚れだと言ったら信じて貰えますか?」
「あり得ないです。私、父に似て凄い癖っ毛ですよ?」
「とても可愛らしいじゃないですか」
「……」
この髪が可愛らしい?パパの髪を見ても全くそうは思わないけど!?
「今日は絵画をプレゼントさせて頂きましたが、今度は是非宝飾品をお贈りさせて欲しい」
宝飾品は物によって贈る意味が違うが、全て恋愛的な意味を持つ。それを受け取る事は異性の愛を受け取る事でもある。
それを自覚した途端顔がぶわっと熱くなった。ジェイデンの顔を見られなくなって俯いてしまった。髪の毛が逆立つ様な感覚がした。顔の熱気で癖が制御不能になったのかもしれない。
顔が熱い。こんな反応をしてしまった事に恥ずかしくなって、さらに顔が熱くなる。男の人からそんな風な台詞を言われた事が無かったので、免疫の無い私には刺激が強すぎる。胸のドキドキが収まらなかった。
ジェイデンは、「困らせてしまいましたね」と言ってから邸に着くまで何も言わなかった。
気がつけば馬車はもうポプラ並木を進んでいた。地面にもポプラの葉が落ちて、馬車の窓からの視界には黄色が広がっていた。
邸に着いて馬車を降りるのにエスコートをしてくれたので、ジェイデンの手に手を重ねた。その重ねた手の甲に冷たい物が落ちた。
「雪が降って来ましたね」
空を見上げると、どんよりとした雲が空を覆い隠そうとしていた。そしてちらちらと粉雪が落ちて来ていた。初雪だ。
「風邪を引かれない様に温かくしてお過ごしください」
邸を去る前にそう声を掛けてくれた。
この切ない様な胸を締め付けられる感覚は何なのだろうか。粉雪が舞う中、邸の門を通り過ぎて行く馬車を見送りながら、今日が終わってしまったのが寂しく思えて仕方が無かった。




