28.娘/恋愛の自由
今日は秋の味覚、ナシのジャム作りの日だ。厨房の者達だけでは大変なので、クレアも手伝うと言う。今年も沢山収穫出来たので、籠一杯のナシを皆で皮をむいてカットしていく。
私はそれを眺めていた。本当は手伝いたいけれど、手を怪我したら大変だからと手伝わせて貰えないのだ。
「このままじゃあ、私、結婚出来ない」
「そんなの、分かりきってた事じゃない」
社交界デビューして早一ヶ月。そこそこな頻度で夜会に参加しているのに、殿方と会話をした記憶が無い。その愚痴をこの厨房でぶち撒けていた。
「何の為に夜会に出てるのよ」
「アイリーンの結婚相手を探す為でしょ?」
「パパのせいで誰とも親しくなれないのに、どうやって結婚相手を見つけるのよ」
「多分、アイリーンの結婚相手を探すのはアイリーンじゃなくて旦那様って事ね」
「じゃあ私の甘酸っぱい恋は!?」
このままでは私は夢に見る恋を知らぬままに結婚させられてしまう。いや、正直結婚すら出来るのか怪しい。パパが納得する相手が居るとは思えない。
「甘酸っぱい恋なんて、夢のまた夢だな。アイリーンにはこの侯爵家を継ぐ男と結婚するという定めがあるから」
冷静につっこんで来たのはクレアの二歳下の弟ノア。
「それくらい分かってるわ。でもその結婚の前に恋くらい経験してみたいの」
「危険だな。恋に本気になったら諦められなくなって、辛くなるのはアイリーンだぞ」
「何よ、子どものくせに一丁前な事言って」
「アイリーンは好きな人がいるのに別の人と結婚出来る訳?」
「あらぁ。恋をしている人は違うのねぇ」
「なっ!何だよ!?」
「チーズ屋のナナリーちゃん、可愛いらしいね〜」
「何で知ってんだよ!?」
「チーズ屋へのお遣い、喜んで行くんでしょ?」
「誰だよー!誰がアイリーンに言ったんだよ!アイリーンには絶対知られたくなかったのに!!」
ノアは顔を真っ赤にして厨房の中を隅々睨み付けていた。
邸の使用人達は皆仲が良いから、そういう情報は筒抜けなのだ。特にノアはからかいがいがあるので聞かなくても皆が教えてくれる。失敗してコンスタンに叱られたとか、果物を盗み食いして腹を壊したとか。
「と、とにかく!アイリーンの夫となるのなら俺らの主人となる人なんだから、変な人を連れて来られても困る訳。旦那様が認めた男に恋をして結婚すればいいんだよ!」
ノアの言葉に思わずムスッとしてしまう。
決められた人生。貴族の令嬢なんてそんなものなのだろうけれど、納得しきれない自分がいる。パパが認めた男に恋なんて出来るのか分からないじゃないか。
身近なノアは自由に恋をしている。まだ子どもだけれど、胸をドキドキさせて会いに行ってる。お遣いでチーズを買いに行ってるんだけど。会いたいからこそ自分が行くと言って機会を得ている。そんな風に会いたい人がいるのが羨ましい。
それにパパだってママに恋をした。平民のママに、だ。
「パパだって、身分差があるのにママに恋をしたんだよ?」
「でも結婚はしなかったじゃないか」
「それは……詳しくは知らないけど、普通貴族と平民との婚姻は認められないから、出来なかったんじゃないの?」
「だからアイリーンには同じ様な辛い思いをさせたくないんじゃないの?」
「……」
だからって、恋愛の自由が全く無くなるのも寂しい。
「……パパとママは、辛い恋をしていたの?」
昔から厨房で働いている使用人に聞いた。使用人は少し悲しげに微笑んだ。
「私共は旦那様の恋愛事情には詳しくはありません。でも、お嬢様の母親であるガブリエルは、真面目に働くとても素敵な女性でしたよ。体の細かった彼女を旦那様が気に掛けて様々な動物を猟って来てくれました。彼女がこの邸の奥様になっていたとしたら、私達は喜んで受け入れていたと思いますよ」
ママがこんなにも他の使用人からの好感度が高いとは思わなかった。平民のママがこの邸の奥様に?それでも良い?
ノアがついさっき“変な人を連れて来られても”と言ったばかり。それを否定するように、ママはそんな事無かったと言って貰った様だった。
「……旦那様は、アイリーンの母親に動物を貢いでいたんすか……?」
「……言い方の問題だな。健康的にさせたかったんだと思う」
ノアの言葉に使用人が補足した。
その後、「あの頃はガブリエルのお陰でジビエ料理三昧だったな」とか、「美味かったよなぁ」等、昔話で盛り上がっていた。私とクレアとノア以外。
そしてまた私は夜会に参加していた。今日は王宮で行われる舞踏会。これまで参加していた夜会とは規模が全然違った。パパが騎士という事もあり、軍関係の人の夜会に出ていたから初めて会う貴族ばかりだった。それも友好的で無い冷めた視線も沢山感じた。
王宮は始めて来た。遠くから見た事はあっても、間近で、そして中に入ると豪華さや歴史の重みを感じる荘厳さがあり、圧倒されてしまった。
パパにエスコートされるままに国王陛下に謁見をした。国王陛下は二年前に継承されたばかり。前王はかなり好戦的な性格だったそうだが、体の不調もあり王位を譲った。新王は比較的穏和で、今の所戦争は一度もしていない。
我が侯爵領は爵位が返上された男爵領を新しく賜ったが、あまり特色や名物も無かった。畜産業や農業で暮らしている領民が殆どだった。そこで馬の育成を始めたところ、パパが騎兵隊の連隊長という事もあり、軍馬として採用された。権力使って大儲け……。そして二年前に国王陛下が即位した時に我が領地の馬を献上した所、大変喜ばれたそうだ。それによってさらに我が領地の馬は有名になった。
今日もこの謁見で私が社交界デビューをした事を伝えると、直ぐに馬の話に変わった。相当馬が気に入っているらしい。
国王陛下への謁見に緊張していたのに、あっという間に馬の話になり拍子抜けしてしまった。終わってパパに、「喉乾いたから何か飲みたい」と言ったら、「……お前はなかなか肝が座っているな」と言われた。“お前は”と言う事は、誰かと比べたのだろう。まあ、どうせママだろうけれど。
喉を潤してから舞踏会らしくパパと一曲踊った。ぶっちゃけダンスは私の方が上手い。
踊り終わってからパパはちょっと偉い人に捕まった。いくらパパでも無下に出来ない人は居る。これは好機と思い、パパから「あまり離れるな」と言われていたけれど自然さを装って距離を取った。そうしたらあら不思議。殿方から声を掛けられた。そして数名とダンスを踊った。パパの鋭い視線を背中に感じたけれど、さすがに王宮舞踏会で割って入って台無しにする様な振る舞いは出来なかったらしく、邪魔されずにダンスを楽しんだ。
私と踊った人の中には興味本位が大半で残りは侯爵位が目当てっぽかった。私と結婚すれば侯爵になれるのだ。爵位の継承権の無い子息であればそれは欲しい事だろう。申し訳無いがそんな方とは一曲でおさらばした。「テラスでお話でも」なんて誘われたけれど、お断りさせて貰った。簡単に諦めてくれない方には、「お父様が見ておりますので」なんて言ってちらっとパパの方を見やれば、大体の方が顔を青くして去って行く。パパの殺気を感じたんだろう。こういう時あのパパは便利である。
そろそろ疲れたから休憩でもと思った所に、またお誘いを受けた。格好良い方だったので、この方と踊った後に休憩する事にした。
暫く踊ってから彼が柔らかに笑った。
「皆が貴女と踊った後に顔を青くしていた理由が分かりました」
思ってもみなかった事を言われてちょっと驚いた。大体ダンスをしている時に話し掛けられるのは、定型的な内容ばかりだったからだ。
「まあ、何でしょう」
「貴女のお父上ですね。とても愛されているのですね」
「そのようです」
私も社交デビューして驚いた位だ。ママの影響もあって過保護だと感じる事はあったけれど、こうも他所の男性を寄せ付けない様にするとは思わなかった。パパは私を結婚させる気が無いのだろうかと思ってしまう。
「……貴方は父が怖く無いのですか?」
「とても怖いです」
「……そうですよね」
この方も興味本位で私に近付いたのだろう。
「でもそれ以上にエッケンベルク侯爵に憧れております」
「父に?」
「はい。とても素晴らしい騎士だと思っています。私も剣を握る者として尊敬しております」
パパをこうして褒められ悪い気はしなかった。
でも何だかパパに近付く為に私を利用しているのではと思ってしまう自分がいた。
その後彼はリューゲン伯爵家の三男で騎士団に所属している事、今は歩兵部隊にいるがパパの騎兵隊に入りたいと思っている事を話してくれた。
ダンスが終わってから、「お疲れの様ですね、飲み物をお持ちしましょう」と、とてもスマートに対応してくれた。
その後も私をパパの所まで連れて行ってくれ、パパの睨みに負けずに挨拶をして、「お嬢様のお相手をさせて頂きありがとうございました」と頭を下げて行った。
とても感じの良い人だった。
でもきっとパパに取り入りたいから私に良くしてくれたのだろうと思う。
興味本位、侯爵位目当て、パパ目当て。
やっぱり恋なんてそう簡単には出来ないらしい。




