30.娘/そっくり
展覧会に出掛けた日以降、ジェイデンから邸に花が届く様になった。お陰でパパは不機嫌だ。
「あの若造が!」
送られて来た花を見る度に眉間に皺を寄せて悪態をつく。花をへし折ってしまいそうな雰囲気に、コンスタンやクレアに花の避難に協力して貰っていた。
花には罪は無い。なので花瓶に生けられ私の部屋のフラワースタンドの上に飾られた。週に一回位の頻度で送られてくる花は冬と言う事もありあまり枯れずに残り、徐々にフラワースタンドの上が華やかになった。
花だけで無くジェイデンにも別に罪は無いのだけれど、パパにしてみれば憎らしいのだろう。
お陰でジェイデンの参加する夜会の情報を何処ぞやで掴んで来て、それには私を参加させなかった。
なのでお出掛けしたあの日以降、ジェイデンとは会えていない。
ジェイデンから貰った絵は暖炉の上の壁に飾っている。その絵を見てはあの日のジェイデンを思い出してしまう。
『私は貴女と共に過ごす時間の方が嬉しい』
『私がお近付きになりたいのはアイリーン嬢です』
『一目惚れだと言ったら信じて貰えますか?』
『とても可愛らしいじゃないですか』
『今度は是非宝飾品をお贈りさせて欲しい』
思い出しては顔を熱くしてしまう。暖炉の前に座っているからで無く、勝手に発熱しているからだ。
人間の感情とは何とも不思議な物で、誰かに意図的に会わせない様にされると反対に会いたくなるものらしい。そして会えない事に寂しさを感じ、想いを募らせてしまう。
これって、つまり、所謂……恋、なのだろうか。
はっきりと愛を囁かれた訳では無い。ほのめかされただけ。それでも好意を示されたせいで完全に彼の事が気になってしまっていた。
もう一度会ったらこれが恋なのかそうでは無いのか分かるだろうか。私はジェイデンが好きなのか、それとも示された好意に浮かれているだけなのか。
でもパパは会わせない様にしている。どうやらパパにとってジェイデンは認められない相手なのだろう。
雪の日が続き邸の周辺が銀世界になった。ジェイデンと出掛けたあの日に見た黄色い世界はすっかり姿を変えてしまった。そして年が明け、邸に招待状が届いた。
「いいか。絶対に俺から離れるなよ」
パパが厳しい目で忠告してくる。
「いつもみたいに勝手に離れようものなら直ぐに連れて帰るからな」
この抑えつけるような態度にムスッとしてしまう。
今日は王族主催のパーティーだ。国王陛下からの招待なのだから断る事は出来ない。パパは私を連れて行きたく無くても連れて行かない訳にもいかないのだ。
そしてジェイデンは優秀な騎士らしく、既に騎士爵を得ているらしいので、今日のパーティーにも参加する。ジェイデンは伯爵家の子息なのもあり、騎士の中でも優遇もされるのだとか。ルーイの様な平民が騎士爵を得るのには相当な功績が無ければ無理で、ルーイはパパの副官だとしても未だに爵位を得ていない。でも貴族の子息であれば騎士爵も比較的直ぐに得られるらしい。身分によってこんなにも違うものかと思ってしまう。
それでもジェイデン程若い者が既に騎士爵を得ているのは珍しく、優秀である証拠なのだ。
と、ルーイがこっそり教えてくれた。
その時にルーイに、「どうしてパパはジェイデンが気に入らないの?」と聞いてみた所、「宝物の娘に近付く輩が気に食わないだけですよ。あと、あの人の良い笑顔が嘘臭くて気に入らないみたいですよ」と言っていた。
人を疑ってしまうのは仕方の無い事だ。確かにジェイデンはいつも完璧な笑顔を浮かべて紳士的なエスコートをしてくれる。だから私もジェイデンはパパに近付く為に私に良く振る舞っているのだと思っていた。
でもジェイデンは違うと言った。私の食事会の誘いを断って近付きたいのは私だと言った。それが嘘だとは思えない。パパに近付く事が目的ならば食事会を断る必要は無い筈だ。
まあ、侯爵という地位が目的で先ず私を懐柔させそれからパパを落とす作戦だとしたら、私からの信用を得る為に言った嘘の可能性はあるけれど。
……あれが嘘だったら、悲しいな。
そんな事を考えながらパパの厳しい目を無視して馬車の窓の外を眺めていた。今日も雪が降っている。はらはらと雪が降る外は寒いのだろう。窓が曇って外が見えなくなってしまうので、手で拭いてまた外を眺めた。夕闇が迫る王都の町は外灯の明かりがぼんやりと浮かび、とても美しかった。
けれどそれより美しくそして厳かにそびえ立つのが今日の会場である離宮だ。王宮も迫力があり圧倒されてしまったけれど、この離宮も豪華だ。この国の権力の象徴と言って良い程、細部まで拘った装飾芸術に、数多くの美術品が飾られている。新年の最初の王族主催のパーティーをここで行う位、王の権威を示すのに相応しい場所と言う事なのだろう。
パパと共に離宮に入場し、国王陛下に謁見をした。私なんかが口を開く事は許されず、ただ頭を下げて国王陛下とパパが会話するのを聞いて終わった。
広間に移動すると直ぐに貴族達がパパに挨拶にやって来た。ここ最近は参加する夜会を絞っていたせいか、いつにもまして人が集まって来た。
毎年春になると侯爵領の馬をお披露目する会を開催するので、それの情報を得たい人が多いのだろうと思う。私はパパから離れるなと言われているので、側で笑顔の仮面を付けて立っていた。
正直退屈だ。
私にはよく分からない馬の話や軍の話を聞いているだけ。
と、そこへ意外な方が現れた。
「エッケンベルク侯爵、アイリーン嬢、お久し振りです」
「これはお嬢様。お久し振りです」
伯爵のご令嬢で、現在は宮中伯夫人だ。お会いするのは本当に久し振りだ。数年前に我が青の邸を見に来てくれた時以来で、私がデビューした伯爵家の夜会の時はまだ産後から日が経っておらず不参加だった。宮中伯夫人は四人目のお子さんを産んだと聞いた。とてもそうは見えない程美しく体型も変わらない。ジャネットはクレアとレオ、それに年の離れた三人目の妹を生んで中々貫禄があるけれど。
「もうお嬢様ではないですわ」
「それは大変失礼致しました、宮中伯夫人」
「侯爵、アイリーン嬢とお話ししても宜しいかしら?」
「ええ、構いません」
あら、まさかのパパでは無く私だった。
宮中伯夫人は馬の話の和から連れ出してくれた。ちょっとホッとしたけれど、今度は夫人からじっと見つめられて緊張してきてしまう。私から話し掛けられず、軽く首を傾げてみせた。
「ごめんなさい。よく似て来たなって思って」
宮中伯夫人は扇で口元を隠しながらも、柔らかく笑った。
「この癖っ毛、そっくりですから」
今日は毛先を下ろしている髪型なのもあり、うねる癖毛がとても存在を主張している。
「侯爵じゃないわ。貴女の母君よ」
母……君……?ママの、こと?
「母を、ご存知なのですか?」
「ええ。一度だけお会いした事があるわ。確かこの新年のパーティーだった筈よ」
「ここにですか?」
驚いた。こんなにも規模の大きなパーティーに参加していたとは。ママは平民だった。それなのにこのパーティーに参加して大丈夫だったのだろうか。国王陛下にも謁見をしたのだろうか。多くの貴族に囲まれたりしなかったのだろうか。私でも圧倒されてしまうこの豪華絢爛な離宮に、物怖じしなかったのだろうか。
確かにこのパーティーは同伴者としてなら平民でも参加出来るらしいが、大抵は有力商人の娘とか、高級娼婦とかだと聞いた事がある。
パパが、ママも一度だけ着飾った事があると言っていたけれど、このパーティーに連れて来た時なのだろうか。
「小柄で細くって侯爵とは真反対の体格で。でもとても綺麗な水色の瞳だったわ。そして可愛らしい顔立ちで。アイリーン嬢は髪の毛以外は母君に似たのね」
そうなんだ。パパが私にママを重ねて見る位だから似ているのかなとは思っていたけれど、髪の毛以外似ているんだ。どうせなら髪もママに似て欲しかったけど。
「私は侯爵と結婚して欲しいといった父からのプレッシャーが凄くて。でも私も侯爵もそんな気にはならなくて。だから侯爵がパーティーに母君を連れて現れた時、嬉しかったのよね」
もしパパと夫人が結婚していたら、私は生まれていなかっただろうか。それとも夫人が私の義理の母になる未来があったかもしれない。
でも、現実はそうはならなかった。
「夫人は父と結婚しなかったから、宮中伯と結婚されたんですよね」
「そうね。母君を見て父はやっと諦めてくれたの。そして夫と出会って求婚されたのよ。あの日、母君と会えたお陰よね」
社交界デビューをしてから、貴族の噂話も耳にするようになった。どこの家の夫婦仲は良いかもしくは悪いかや、外に女を作っているとか、若い男に熱を上げてる等など。宮中伯夫妻はとても仲が良いと聞く。夫人はきっと宮中伯と結婚をして幸せなんだろうなと思った。
「そう言えば、貴女の噂を聞いたわよ。リューゲン伯爵の三男にアプローチされているそうね」
突然出て来た名前にドキリとしてしまう。
「そして侯爵が会わせない様にしているとか、なんとか」
ずっと社交の場に出ていなかった筈の夫人がそこまで知っているなんて、本当に貴族って噂好きであっという間に広まるらしい。
恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。
「あら、その反応は彼からのアプローチが満更でも無いのかしら?」
更に顔が熱くなってしまった。顔は真っ赤かもしれない。
「よく、分からなくて……」
「まあ、可愛らしいこと。でも、分からないままでいるより、分かるまで彼と向き合ってみても良いのではなくて?」
「向き合うにも、父に会わせて貰えないのです」
「そこはひと肌脱ぎましょう」
「え?」
「このパーティー、騎士への労いとお見合いの意味合いが強いの。だから逢い引きしやすい場所が多いのよ」
……知らなかった。
夫人はにっこり笑って、その後私をパパのそばから連れ出してくれた。




