第三章 1
指が
落ち着かない
全身の筋肉が重たく沈んでいこうとするなかで
指だけは動きを求め続けている——いや、これは
止まろうとする自分の体に流れを与えようとする無意識だ
——桐登は
後悔し、焦燥し、悲嘆している——だが
そんな自分の動きを把握できるくらいには
冷静でいる
——はずなのに、平静を思い出した筋肉の隙間に
昨日の警察の声が蘇り溢れてくる
「今堀君が屋上に行く前の様子は?」
「どうして屋上に行ったの?」
「最近で変わったことはなかった?」
叩く——拳を握りしめ、思い切り机を叩く
爆発するような衝動を筋肉が受け止め、桐登は
それに抗うことができなかった
なぜ
どうして——と
答えの出ない問いを繰り返しながら
どうすれば全てが変わったのだろうかと無意味なことを考える
そう
その行為の全てが
もはや意味をなさないのだと
そんなことはもちろん理解している
理解しているのに
止めることができない——また
後悔し、焦燥し、悲嘆する繰り返し
警察から聞いたのは
瞬が第一発見者であること
その時には既に息がなかったこと
状況からして、事件の可能性は低いということ
そうだ
それだけだ
辛く重く悲しい事故があり
自分はひとつの何かを喪失し——しかし
いずれ時間がそれを解決し、自分もこの試練を乗り越えていく
そう、それだけのはずなのだ
はずなのに——
桐登の筋肉は
そう考えることに抵抗してくる
はっきりとした力を持って自らの深い場所から振動してくる
止まってはいけない
考えることをやめてはいけない——と
だから
指がずっと動いている
もし、今堀先輩と瞬を引き合わせなければ?
今堀先輩の告白を止めることができていれば?
先輩が屋上に行かなければ?
はっとして、桐登は震える自分の手を見つめる
今、自分は、瞬を疑っている
いや、そんなことはありえない
いくら瞬でも、先輩を殺すなんてありえない——そもそも
外傷がなかったのだ
殺人ということ自体が否定されている——はずなのに
どうして
疑いを消すことができないのか
落ち着かない指が
嵐のなかで休める場所を求めるように
携帯電話を手繰り寄せる
かける先は、瞬
瞬は今、何を考えているだろうか
潤子さんは、大丈夫だろうか
喉が震え、横隔膜が震え、下腹に力が入らない
コール音が鳴り続け
その音が不安という水になって全身の筋肉を濡らしていく
震える、手
「もしもし」
声が、聞こえた
瞬の声がして、でも
心地いいはずの瞬の声が
なぜか、筋肉を凍えさせてくる
「だ、大丈夫かなと思って」
ようやく出せた声
でも、そこから続けることができない
尖った氷柱が筋肉に突き刺さってくるような感触
筋肉は縮こまり、固まり、身を守るように丸くなる
「まさかこんなことになるなんて思わなかったよ
姉さんは塞ぎ込んでるし
僕も最悪な気分だよ
学校が休みになったのは仕方ないけど、正直
学校に行けた方が気も紛れてよかった」
瞬の声が
何か違う——
混乱してくる
筋肉は何かが違うと反応しているのに
それ以上のことが何も分からない
動きの不一致が起こっていて、それが
気持ち悪い——また
後悔と、焦燥と、悲嘆がやってくる
「上手く言えないけど
何だろう、なんか、ええと
どう考えていいかもちょっとよく分かんなくて」
「自分のせいだなんて思ってるんならやめた方がいいよ
僕らには、何もできなかったんだから」
「本当に、どうしようもなかったのかな」
「どうしようもなかったんだよ」
震えは、止まらない
瞬が、遠い
互いの気持ちが一致しないことは分かっている
自分は今堀先輩を慕っていたが
瞬はよく思っていなかったのだ——
いや
そうでは、ないのではないか——
と
桐登の筋肉は一瞬、強く引き締まる
指の無秩序な動きが止まり
だが
やはりそれ以上の何も分からないまま
指は再び迷いはじめ
瞬の
何もかもが分からなくなる
ただ
今、自分の筋肉のなかに瞬はいないということだけは分かる
それが
気持ち悪くて
「また、学校で」
とだけ返して
電話を切った




