第三章 2
桐登の色が、はっきりしない
今堀先輩のことで不安定になっているのだろうが
たぶん
それだけじゃない、と、瞬は思う
自分が広げる白い色に、恐る恐る近付いてくる桐登の色
だが、いつものように混ざり合うことはなく
触れた部分がはっきりと目を覚まして反発し
桐登の色は遠ざかっていく
また、近付いてくるが、やはり反発して遠ざかる
その、繰り返し
そして最後には一方的に電話を切られてしまった──
溜め息がひとつ
ちょっと、冷たすぎたかもしれない、と思う
桐登の大切なものに
共感することができなかった
こうやってある日突然、友情の終わりが来るのだろうかと思い
景色の色が、わずかに歪む
それは
抵抗している自分の気持ち──だが
たぶん
自分は今、桐登に疑われている
今堀先輩を殺したのではないかと、疑われている
もうひとつ、溜め息
いや、でも
そのほうがまだいい
きっと今堀先輩は病死ではなく──
姉が殺している
その事実は、徹底的に塗り潰さなくてはならない
黒く、ではなく、完全に白くなるまで
事実のどんなわずかな跡も見えなくなるまで
完全に白く塗りつぶさなくてはならない
そもそも何もなかったのだと
今堀先輩は突然の心臓麻痺による急死なのだと──
それ以外のどんな可能性も、消し去らなければならない
瞬は、思い立ったように立ち上がる
突然、姉が心配になり
静かな姉の部屋に向かう
電気も点けず
姉はベッドの上でうずくまるように伏せている
朝から、ずっとこのまま
学校が休みにならなくなても、きっと
姉は今日、動くことができなかっただろう
「まだ、気にしてるの?」
声を、かける
するとわずかに聞こえてくる、姉の、か細くも重たくなった青い声
ごめんなさい、ごめんなさい──と
固くてぐちゃぐちゃしたものに潰されたような
透明感のまったくない、姉の、青色
「記憶がないのなら証明することなんてできないよ
姉さんじゃない、考えすぎだよ」
ともかく、瞬は否定する
姉の持つ疑念を
姉の色を侵食している淀んだ色を
だが──
「こんな偶然、あるわけじゃないじゃない」
姉は、自分を蝕んでいく汚れた色の方を、肯定する
その色は瞬まで飲み込もうとして大きくなり
でも
瞬の白い色に触れる直前に動きを止める──そして
かすかに聞こえる、ごめんなさい、と言う姉の声
姉の優しさが、今は辛い
透明で包み込むような柔らかさはなく
固くこわばった錆び鉄のような色の優しさ
いや
優しさ、というより、それは……
瞬の白い色が、揺れて影を見せ始める
ところどころに赤茶色の染みが浮かび上がり
必死にそれらを白く上塗りしていくが
それでも
気持ちを抑えられない
姉の色が見る影もなくなり
自分の白い大地を歩かないどころか
近付いてさえこない
手を──伸ばしたい
姉の腕を掴んで、無理矢理引き寄せたい
でも
それはしない──だから
「じゃあ姉さんはどうやって先輩を殺したの?
どうやって荒神の毒を飲ませたの?」
少しずつ、自分の声が荒くなっていくのが分かる
姉を責めたいわけではない
そうじゃなくて──ただ、その色をもとに戻したい
だから姉に大声を出したいわけじゃない──わけじゃないのに
止められない
「記憶のない時間に先輩とキスでもした?
したとしてもキスの一回くらいで死ぬと思う?」
「記憶がないの!
何をやったか分からないから恐いの!」
姉が、声を荒げて色を投げつけてきた
瞬は何も返せず黙り込む
白い色のなかに
姉がぶつけた青い色は鋭く突き刺さり
訪れた静寂のなかで
ゆっくりと
溶けるように消えていく
瞬は
ゆっくりと深呼吸をする
「ごめん、言い過ぎたよ」
伏せたままの姉から
かすかに、ごめんなさい、と聞こえる
「とりあえず、大鳥医院に行こう
先生なら、もっと冷静に判断してくれるよ」
薄暗い部屋の色が、少しだけ透明さを取り返してくる
自分も姉も
まったく、冷静ではなかった
自分の白い色も、ただ塗り潰しているだけだった
でも
姉の色が薄青色に戻ろうとしている──早く
姉の声が聴きたいと
そう思った




