第二章 14
六月の雨は
粗末な雨避けの下で食べるわらび餅の味
今日はそこに
酸味のある辛さが振り掛けられ
足取りが、少し重い
校門を出るとすぐ邦雅と別れ
現岡と郁葉も二人で先に帰っていった
希織は、希月と一緒にバス停に向かう
しかし
校舎のすぐ側にあるバス停は
突然の下校で生徒たちにあふれ
まるで砂抜きをしていないアサリのように
じゃりじゃりとした舌触りで気持ちを滅入らせていく
溜め息をついて
さっきまで味わっていた部活の味を思い出す
余韻に浸ることもできず、部室を出ることになってしまった
それが
悔しい
明日もまた、みんなで演奏をするだろう
だが
明日は明日の味
今日の味は、もう二度と再現できない
「機嫌悪いね」
希月の
淡白な味のする声が、雨のなかにぽつんと置かれる
だが
傘に当たる雨音の方が強く漂い
世界全体が
水浸しになって薄味になっていく
それはそれで、嫌いではない——でも
薄味の料理に強烈な味が入ってくるのは苦手だ
バス停の人だかりにもう一度溜め息をつき
「次のバス停まで歩かない?」
と、希織は提案する——提案しながら
兄が断ることはないと確信し
そんな
自分の意見を押し付けるような言い方に
少しだけ、苦い味を感じる
だが——
希月はすぐに答えず
その間の、抜けた味に思わず希織は振り返る
「家まで歩くのもありだね」
いつもの、淡白な味
「ば、馬鹿じゃないの
一人で帰れば」
背中を向けて、希織は足を早める
少しだけ酸っぱくて、少しだけ甘い
自分がどんなに鋭い味をかけても
希月の味が変わることはない
兄は——自分がないようでいて、でも
何にも流されない
だから
希織は希月に甘えてしまう
自分がどんな味を出したとしても
それが希月を困らせることはない
「冷たいなあ」
背中に、希月の柔らかな味が触れる
すぐに兄は希織の側まで追いついてきて
傘と傘が、こんっ、と、ぶつかる
希織のなかいっぱいに、温かくて優しいスープの味が広がっていく
「それにしても、いったい何だったんだろうね」
同じ歩調で進みながら、ふっと——
消えそうな味の声で、希月が言う
それは特に何の意味も持たない味で
放っておけば、この雨に流されてすぐ無くなっていくだろう
だが
希織は、校門前に停まっていたパトカーを思い出してしまう
そしてその
回っていた赤いランプが
世界をプラスチックのような味にしていく
「事故じゃなくて、事件かも」
思わず、言ってしまった——言ってしまって
はっと口を押さえる
口のなかがねばねばと不快な味になってきて
体全体が、固まっていくような気がする
それは
嫌な予感の味
郁葉は、「また明日」と言ってくれた——でも
明日もまた、自分たちは今日のように演奏できるだろうか
思わず
希織は希月の顔を見る——そこには
いつもの表情で、いつもの淡白な味の希月がいた
でも
ゆっくりと、兄は微笑んでくれて
少しだけ、それが塩辛かった
「大丈夫だよ、そんな心配そうな顔しなくても」
はっ、として、希織は顔を逸らす
「し、心配なんかしてないわよ」
雨の音が、澄んだミネラルウォーターのように
二人の間に流れていく
ねばねばの不安な味と、後に残る苦味が消えていく
「ありがと」
希織は、つぶやく
また
優しく二人の傘が、ぶつかった




