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第二章 13

ギターの旋律は

いつも爽やかに甘い匂いを広げて自分たちを包み込んでくれる

希月は

ともかくギターが好きだった

この音と、そこから広がる匂いのなかにいられるならば

少なくとも希月にとって世界は優しく

敵意や悪意など欠片も持っていないと思える

そこに

他の音が加わってくると——

まず、希月は

その音がどんな香りをしているのかを聴く

そしてその香りに合わせて

自分のギターの香りを変える

音の混ざり合いは、香りの混ざり合い

うまくいけば、最高級の香水のように

希月の気分を昂揚させていく


多知花が、おぼつかない指でベースを弾き始めた

音の洗練さや技術は関係ない

それが、どんな香りを立てるか——それが

新鮮で発色のよい甘い香りを立てたので

希月はそこに、自分の香りを乗せる

多知花と自分の香りを残しながら

強い突出を無くしていく

その、誰もが違和感なく嗅げるような香りに

今度は希織の香りが乗せられる

妹ながら、うまいと思う

少し攻撃的で棘のある香りでいながら

反発を生まずに有無を言わせずまとめ上げていく

香りが、芳しさを増し——

次に現岡のぶれない香りが混ざる

彼のギターは、とてもはっきりとした香りをしている

悪い匂いではない

いや、むしろ、希織の香りと衝突しそうでしない

絶妙な距離感と存在感で旋律の深みを増していく

最後に

邦雅のドラム

四人の香りが混ざっても

それでも何か足りないと感じるわずかな穴を埋めるように

彼のドラムはさりげなく匂いを漂わせる

——ああ

この時間が

延々と続けばいいのにと希月はいつも思う

それは例外なく儚い願いで終わる——だから

この一瞬の音と香りに

希月は自分の人生の過去と未来の全てを集中させようと思う

一瞬を、永遠にできるように、と


だが

今日は

予想外の中断で粉々になったガラスのように永遠が砕け散っていった

突然、顧問の先生がやってきて


「悪いが今日はもう下校してくれ」


一言——自分たちの香りを吹き消して

焦げ臭い煙が漂っていく


「何かあったんですか」

と邦雅が尋ね

「ちょっとした事故があって警察が来ている

 生徒は全員帰るようにとのことだ」

と言われる

「警察が来るって、けっこう大きな事故ですよね」

と、希月も邦雅の立てた匂いを煽っていく——だが

「今はまだ詳しいことは言えない

 とりあえず今日は帰ってくれ」

ぴしゃんと戸を閉められ、匂いを遮断される


「まあ、仕方ないか」


現岡が、抜けた匂いを立てる

その、歪むことのない香りに、希月は少しだけ救われる


「ごめんね、今日は僕ばっかり弾いちゃってたね」

「希月はいつだって弾いてるでしょ」


妹の、尖った匂いが自分の罪悪感を赦していく


「続きを深井家の豪邸でしよっか」


そこに、邦雅が異国のような変わった香りを立て

その匂いに惹かれるように


「面白そうだね、全然いいよ」


と、火を焚べる——しかし


「全然よくないわよ!」

と、妹が水をかけてきて

「それはさすがに迷惑でしょ!」

と、現岡も援護してくる

少し、残念だと希月は思う——だが


「ちょっと残念ですけど、また明日がありますよ」


ふっ——と、香る、多知花の、明日、という言葉

それは

すっと光のように香りを広げて、未来へと繋げていく——

永遠なんかなかった

一瞬は一瞬のまま

ゆめまぼろしのように消えていった——それでも

自分たちにはまだ、時間がある

かぐわしい思いに満ちた、希望という、時間が


希月は少しだけ笑い

ぽん、と、邦雅が肩を叩いてくれて


「ま、今日は行こうか」

と、言ってくれた

「そうだね」

と返して

自分たちの作り上げた匂いは

きっとずっと残っていくはずだと、そう思った

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