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第二章 11 今堀が死んだ日

放課後の教室は

邦雅には騒がしすぎる

立ち上がってくる言葉の奔流

話し声と、その奥にある言葉のための言葉たち

二重、三重と言葉が積まれて破裂寸前の空間から

逃げるように邦雅は出ていく

しかし

廊下も

溢れ続ける言葉たちで洪水のようにひたひたと浸り

邦雅はかき分けるようにそのなかを進む

せめて

この状況を楽しむために

すれ違う生徒たちの声と言葉に集中する

この人は——今から行きたくもない塾で生き地獄の時間を過ごす

なんて顔をしているのか、と思う

その表情はきっと、誰にも見えていない——だが

邦雅には分かる

あの向かってくる人は——今日の部活を休むかどうか悩んでいる

だから

すれ違いざまに

「駅前のたこ焼きでも食べて帰れば」

と囁いてみる

その反応には——興味などない

そう

人間観察は単なる暇つぶしで、ちょっとした遊びだ

他人に興味などないし、持とうとも思わない


いや、それでも——

横を早足で過ぎていく一人の生徒、それが

渦中の人、今堀拓也ならば

少しだけ気にもなる

とは言っても——と、邦雅は自分に言い直す

これもただの気まぐれ、ちょっとした憂さ晴らしのひとつ、と


昨日の朝から、今堀拓也と荒神潤子の話で学校中が大洪水となっている

それは

邦雅にとってこの上なく迷惑な話だった

人は誰も、人を見ることができないと、邦雅は思う

どうして目の前の人間すら理解できないのかと思う——いや

それは、自分のようにみんなも、どうしてできないのか、ということだ

荒神潤子をひと目見れば、恋愛などしていないとすぐ分かる

そこにあるのは困惑と迷惑、それから——

ひとつだけ、分からない言葉があった

解読できない謎の言葉

だから

結論を出すのは控えたが

教室の空気が馬鹿らしくて、静かに座っていることもできなかった


そして今、自分の目の前には今堀拓也

ああ、緊張している、それから、わずかな諦めと強い思い

荒神潤子のことが本当に好きなのだとすぐ分かるが

ちょっと様子がおかしい

いたずら心ひとつ、邦雅は今堀を追いかける

向かうのは、屋上

部活にも行かず、荒神潤子の元にも行かず

いったい何をしているのか——ああ

たぶんあれは、誰かと会う約束をしている

相手は誰だろうか

荒神潤子か、それとも違う女子だろうか

邦雅は、気まぐれだ

屋上への階段に座り、ギターを持つふりをして

ぽろんぽろんと指を動かす

弾けもしないギターを、弾いているふり

誰がやってくるのか、それを待つのは少し楽しい

少し、して

やってきたのは荒神潤子だった

ああ、そうか、だけどそれは、ちょっと期待外れ


「恋人が、待ってるよ」


と、節を付けて、邦雅はからかう

だが

荒神潤子は気にすることなく——いや

目すら合わせず

邦雅の横を通り過ぎていく

指を、止める

ふりのギターをかき消して

通り過ぎた荒神潤子を振り返る

これは——


よく分からなかった

いや、そんな問題ではない——邦雅は立ち上がる

こんなことは初めてだ

荒神潤子から、何の言葉も立ち上がらず

何の音も聴こえない

まるで、人形が誰かの操縦で動いているように

淡々と、かつ、ぎこちなく、そう、あたかも人ではないかのように

通り過ぎ、そして、屋上へのドアを開け、消えていった

様子がおかしい

人間が、いったいどのようなことになればその言葉の全てを消せるのだろうか

少しだけ開いたままのドアから

今堀拓也の声が聞こえる

荒神潤子の声は聞こえず

言葉が

広い広い空の彼方へと離散していく

今堀拓也は

荒神潤子を掴めない

一段、邦雅は階段を上る——だが

何か

ここにいてはいけない気がして

やはり、静かに階段を下りる

言葉の欠けた荒神潤子が気になる

気にはなるが——


とん——と、階段を下りきると

もうどうでもいい気がして、軽音楽部のことを考え始める

今日の希月は何を弾いているかなと想像し

自分は何をしようかと思いながら

立ち昇り続ける廊下の言葉たちの間を抜けながら部室へと向かう

窓から見える空が曇っていて

ふっと

あの二人は破局するな、と、そう思った

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